横浜FCクリニック形成外科

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院長の日記

2005.06.13  すべての道はローマに通ず

早いもので、もう今年も半年近くになっています。このごろは時が過ぎるのを早く感じます。
それって年を取ったということでしょうか。(^^;)
まあそれはそれでいいでしょう。
ところで、先日大学の同僚の先生と話をする機会がありました。
学会が横浜であったので、食事をしながら楽しい時間を過ごしたのです。
私はここ数年大学の方へは行っていないので、色々な人事など全然知りませんでした。だから、「○○先生が○○へ行った。」という情報は驚きの連続でした。

でも、そんな話の中で一つ気になったことがあります。
それは「最近の若い先生は、先輩の先生方とあまり行動を共にしたがらない。」ということです。
私が下っ端だった頃は、先輩の先生が色々飲みに連れて行ってくれました。
そういうときは気楽な話をよくしますが、同時に結構大事なこともさらっと言ってくれます。たとえば、ある手術や処置のコツなどです。しかも、そんな内容は教科書には載っていないものなので、貴重な時間でもありました。
もっとも医学以外の話がほとんどですが、その中でそのようなことを聞けるのはたくさんの石の中から玉を見つける楽しみでもありました。

私は手術でも盗む気持ちで望んでいましたが、微妙な部分は見てもわかりにくいので、こういう時に聞いたりもしました。
結局役立つことも役に立たないこともありましたが、この「付き人」的つきあい方は私にとっては大切と思っています。
この付き人的つきあい方は、上の先生の性格も影響しますが、そこからも人生勉強につながります(その時は、そう思えない場合もありますが)。
通っている弟子関係よりも、身に付く様な気がしています。
でも、別のやり方で独学をしているのだと思いますから、色々な学び方があっても良いのでしょう。
東京-大阪間を行く手段でも、徒歩から自転車、バス、タクシー、電車、新幹線まで色々可能性があるのですから、それぞれの生き方にあわせて行けばよいのだと感じました(題名よりスケール小さい表現かな?)。

投稿者 Tdf4g | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2005.06.02  階段があるのはそこに立ち止まるためではない。踏んで越えるためである。

もう6月です。5月は1回だけの書き込みでした。(^^;)

突然本題にはいりますが、今読んでいる本の名前は「病気が教えてくれる病気の治し方」といい、なかなか面白いのです。
著者は、トアヴァルト・デトレフセンとリューディガー・ダールケという、舌を噛みそうな名前のドイツの精神科の先生です。

スピリチュアルな面から病気をアプローチしています。その本の中に、面白い一節がありました。

「階段があるのはそこに立ち止まるためではない。踏んで越えるためである。」

「体が病気である、という表現は誤解を招きやすい。病気なのは人間である。ただし、病気は症状となって体にでる。悲劇が上演される場合、悲惨なのは舞台ではなく、劇である。」
これは読んでいるときに、なるほどと思いました。

身体的に不自由な方にとっでは、バリアフリーは重要なことですが、精神的にもバリアフリーが良いかというと、必ずしもそうではないように思います。

人生にとっての難所は誰にでもありますが、そのトラブルの意味を知ることは大切なことであり、それを理解することによって前進できるのだと思います。

まだ勉強の途中ですが、この本は私にとって非常に影響力のある本であることは間違いないです。

投稿者 Tdf4g | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)