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院長の日記

2005.08.17  「芋虫にとってのこの世の終りを、主人は蝶と呼ぶ」

近読んだ本にあった言葉です。
読んだときにちょっとした不思議な感動がありました。
芋虫は、蝶になることを分っていて「さなぎ」になるのでしょうか。
ただ、DNAの指令通りに「さなぎ」になるだけなのでしょうか。
このことは虫にも意思があるのかどうか、という疑問にもつながります。

私は、芋虫は目的を知ることなくただ「さなぎ」になるのだと思います。
宇宙の法則に従っているだけです。
その意味では意思のあるなしにかかわらずと言えます。

仏教ではどんな生き物にも仏性があると言っています。
仏性とは、「存在すること」と言えないでしょうか。
そこに芋虫として存在するからこそ、さなぎとなり、蝶に変われるのだと思います。
蝶になりたいという自分の意思に動かされているのではなく、自然の大きな流れに沿って生きているように思えるのです。

世の中がお盆休みだったので、命についてシュールに考えてしまいました。
(^^;)

投稿者 Tdf4g (23:54) | PermaLink
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