院長の日記
2005.11.26 風邪対策
先月に水でうがいをすると、京都大学の研究で、風邪になる確率が40%近く減少するとの報告がありました。
水道水に含まれる微量の塩素が消毒効果を出したのではないかと考えられています。
ちなみにヨード液を使用してのうがいの効果は確認できなかったそうです。
私は、ヨード液のたっぷり入った濃い色の水でうがいをすると良く効いた気がしていました。
ちょっとショックです。
ちなみにこの実験でのうがいの方法は、1日3回以上行い、外出から帰った後は必ずすぐする事が大切とのことです。
最初は口の中のゴミを取る程度で軽くすすぎ、その後のどの奥まで水を入れてのうがいを2回繰り返すという方法だったそうです。
今は鳥インフルエンザのことも含めて物騒な報道が続いています。
水道水ですむなら経済的にも助かりますね。
2005.11.18 三年峠?
子供の宿題のひとつに音読というのがあります。
小学生のお子さまがおられる方は分ると思いますが、国語の教科書にある文章を親に聞かせるのです。
現在聞いているのが「三年峠」という話で、非常に面白いのです。
ストーリーは、ある村に三年峠という坂があり、「ここで転ぶと三年しか生きられぬ。」という言い伝えがありました。
その坂で転んだおじいさんが3年後に死ぬと思い、悲しみで寝込んでいたら、同じ村の人が「その坂で転んだら3年生きられるんだから、2回転べば6年、3回転べば9年、10回転べば30年生きられるよ」と行ってくれたので、そのおじいさんはもう一度坂へ行ってころころと何回も転んだそうです。
そのおかげか、そのおじいさんは長生きをされたというお話です。
私が感心したのは、その逆転の発想です。
あるひとつの事象を別の面から見ることで苦しみを取り除けたのです。
「人生、楽あれば苦あり」といいますが、これは楽と苦が交互に来るという意味ではないそうです。
人生は同じひとつですが、それを苦と思うか楽と思うかで全然人生が変わってくるのです。
「考え方ひとつで楽になるよ」という意味だそうです。
同じ意味ではありませんが、似たようなテーマとして「人間、万事塞翁が馬」というお話があります。
中国の古い話ですが、塞というおじいさんの所に馬が来ました。
周りの者は馬が来たといって喜びましたが、おじいさんは喜びませんでした。
その後、息子がその馬に乗っているときに落馬して足を怪我してしまいました。周りの者は心配しましたが、おじいさんは今度は心配しませんでした。
するとその国が隣の国と戦争になり、多くの若者が出兵して戦死しました。
しかし、おじいさんの息子は足が悪かったために戦争に行かずにすんで、死ぬことはありませんでした。
結局何が良くて何が悪いかは、後にならないと分らないということです。
実際、宝くじにあったって大もうけができた人が、その大金をめぐって醜い争いに巻き込まれたということを聞きましたし、逆に病気になったために出張に行けなくなった人が、出張でその人が乗るはずだった飛行機が墜落してしまったのに、病気のおかげで命拾いしたという事も聞いたことがあります。
どうせ生きるのなら、苦よりは楽が良いですよね。
でも、「良い悪い」や「苦楽」のように比べることを意識し、片方の「楽しみ」ばかりを望んでいると、結局その反対の「苦しみ」からも逃れられていないと思います。
「楽」を考えると「苦」も消えません。
本当は、比べてばかりいるではなく、自分の現在の人生の状況と面と向かい合う事が大切なのだと思います。
子供の音読から、人生の勉強ができました。
2005.11.12 言葉って何?
言葉とはなんでしょう?
人同士のコミュニケーションに利用する、一定の約束性、規則性を持った単なる音、波動なのでしょうか。
「言霊」ということばがあります。
これは言葉には何らかのエネルギーがあるという事をいっていますが、いわゆる仏教で使われる念仏やマントラもこれにはいると思います。
何らかのパワーを持った言葉があるということは、分るような気がします。
しかし、言葉が伝えた相手に正確な情報として伝わっているかというと、疑問があります。
その言葉に対して持っているイメージが人によって微妙に違う場合があるからです。
ある言葉や単語を聞く前に、事前にその言葉や単語についての情報が入っているから理解できるのですが、その情報に食い違いがあれば正確には伝わらない事になります。
誤解を生じることになります。
たとえば「他力本願」という言葉は一般的には自分は何もせずに人をあてにしている事を意味します。
しかし、仏教でいう「他力本願」は、たとえ人間が1人で独力で、自力で生きていこうとしても、それはそう見えるだけであって本当は自分の力を越えた阿弥陀仏の計らいによって生かされているという考えです。
逆に世間でいう「自力」は、自分の力でやるという意味で肯定的に理解されていますが、仏教ではたとえ自力と思っていても、そうさせている仏の計らいがあるのだという所まで見つめています。
つまり、一般的な意味とは全然違っているのです。
また、「無学」という言葉があります。
これは一般的には勉強していない、智恵がないというような意味に取られますが、仏教では無学というと、「もう学ぶことがないほどのすぐれている事」を意味します。
これも全く逆の解釈になっています。
さらに、「天上天下唯我独尊」という言葉があります。
これは、お釈迦様が生まれてすぐにしゃべった言葉とされていますが、この言葉も、一般的には自分だけが偉くて、自分のことだけしか考えない独善的な人のように解釈されています。
しかし本当は、この「我」は自分と他人という対立する「我」のような自分一人のことではなく、自他を含めた「我」なので、唯我独尊の意味は「1人1人、みんな尊い」という意味になります。(?_?)
いや~、言葉って難しいですね。
言葉だけにとらわれすぎてもいけないし、いい加減でもいけません。
でも、言葉ひとつに一喜一憂せず、その時その時を生ききりましょう。(^_^)v
100%の内容が伝わらなくても、今日も地球は回っています?(^^;)
今日も長くなってしまいした。
長けりゃ良いってもんでもないのですが、くどくてすいません。
2005.11.01 希望は持つべきか、持たざるべきか
朝夕の冷え込みが強くなってきました。
日が暮れるのも早くなり、クリスマスソングもちらほらと聞こえてきます。
所で、私は今、読書が一番の趣味になっています。
中でも宗教や精神世界の本を読むことが好きなのですが、多くの方が色々な表現を使って書いています。
でも突き詰めると、どの本も結局同じような内容というか方向性になっているように思います。
実は、今日の話は長いのですが、秋の夜長にふと哲学するのも一考ではないでしょうか。(^^;)
多くの書物に書かれていることのひとつに「積極思想」「プラス思考」があります。
確かに前向きに生きていくことは理解しやすく、自分の考え方として取り入れやすい思想なのですが、人生にはこの思想だけではなかなか乗り切れない時もあります。
そのような時には「やっぱ嘘じゃん!」と言いたくなる人もいることでしょう。
なぜなら、元々人間はベースに「マイナス思考」的な考え方があるからです。
だから完全には「プラス思考」に染まりきっていないのです。
それでも何とか乗り切っていくことはできるでしょう。
それぞれの方が心理的に固有の時間を持ち、その中で問題を溶かしていくからです。
医療の世界で言われている、いわゆる「日にち薬」もこれに該当します。
このような「思想」に関しては、ほとんどの場合前向き思考を基本にしてあると思いますが、他にもひとつ大きな違いがあるのです。
それは、「希望を持て」という考え方と、「希望を持つな」という考え方の違いです。
「希望を持て」というのは、マーフィの法則や多くの思想書があるので理解しやすいでしょう。
また、キリスト教も新約聖書を読みますと積極思想に溢れていますし、希望や祈りが大切にされています。
では、逆に「希望を持つな」というのはどういう意味でしょうか。
実は、仏教では「希望を持つな」と書いてあるものが多いのです。
曹洞宗の道元師が書かれた正法眼蔵の中にも、
「ほとけになるいとやすき道あり。
もろもろの悪をつくらず、
生死にじゃくする心なく、
一切衆生のためにあわれむ心をもち、
上をうやまい、下をあわれみ、
よろずをいとう心なく、願う心なくて、
心に思うことなく、うれうることなき。
これを仏となづく。
また、ほかにたずぬることなかれ。」
とあります。
意訳すると、色々な悪いことをせず、生きていることと死ぬことにも執着せず、周りの人みんなに優しく慈悲の心を持ち、目上を敬い、年下には優しくし、自分が行うべきことを面倒くさがらずに行う。
そして未来への願いを持たず、雑念を持たず、くよくよすることがない。
このような人を仏と呼ぶ。
これ以外の道を求めてはならない、ということになります。
ここでいう「仏」とは死者の事ではなく、ブッダ、目覚めた人、悟っている人のことです。
「願いを持つな」の意味ですが、正直なところまだわかっていません。
強いて私なりの浅~い理解で言いますと、「希望を持つ」ということは、未来に依存している状態を作ることになります。
あまり未来を期待しすぎると、「今」を大切にしなくなります。
つまり今の状態が良くないと感じる心があるから、未来への希望がでてくるのです。「今」を否定的に扱えば、たとえ希望を抱いても幸運はやって来ません。
だからこそ、今を大切にして生きていくことが必要なのです。
また、私たちは自分の過去のデータを土台にしてそこから今の現状を理解しています。
さらに今の状態を基にして、その人なりに楽観的か悲観的な未来を予想しているのです。
しかし、自分が記憶している「過去の記憶」は過去の真実ではなく、自分から見た自分なりの解釈によるデータです。おそらく其れは自分にとって有利なように解釈されており、それは真実、実際にあったことの一面ではあっても、全体像ではないと考えます。たとえば裁判でいうと、争っている二者の言い分が同じ事実を基にしていても全然違う内容に解釈されているという現象と同じです。
このように「過去」を重視するから、今の問題が解決しないのです。
それで今の事が心配であり、先行きが不安なのです。
つまり「過去」を基にしているのが原因なのだから、過去を重視せず、未来に期待をすることなく、「今この瞬間」に生きろと言うのです。
「一夜賢者の偈」という古いお経があります。それの一部を訳しますと、
過去を追うな
未来を願うな
過去はすでに捨てられた
そして未来はまだやってこない
だから現在の事柄を其れがあるところにおいて観察し
揺らぐことなく動ずることなく
良く見極めて実践せよ
とあります。
一夜賢者というのは、仏というほど悟りを永く持っておれない人でも、一晩、一日くらいは賢者でいる事ができるだろうという意味です。ですから質的には「悟っている人」と同じ意味です。
私にとっては、希望を持つなといわれても、正直なところそれには抵抗があるくらいの煩悩があります。
私は希望については持っていいと感じていますが、「今」の評価を落とす事のない程度に留めて、今を生ききることが大切なのではないかと考えています。
「希望」の真摯な形が「祈り」だと思います。
「祈り」は、真剣に心から行えば通じると言われています。
私なんかの祈りが通じないのは、真剣さが足りないからでしょう。(^^;)
結局、「希望を持て」という考え方と、「希望を持つな」という考え方の違いはあるのでしょうか。
おそらく行き着くところは同じなのだと感じています。
まだ、理由は人に云えるほどのものではありませんが。
私の考えもまだこれからもどんどん変化すると思います。
当分の間、サボっていましたので一気に書いてしまいました。
これからはもっと分散させるよう努力します。
ここまで読んでいただきありがとうございました。m(_^_)m
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