院長の日記
2007.09.20 現在の重い、じゃなくて思い
今回は長いですよ。f^_^;
一寸ヘビーなネタです。
私は、医者になって25年、形成外科医として21年、開業して7年になります。今の時点での自分の考えを書きます。
これは将来修正していくかもしれませんし、しないかもしれません。
形成外科というか美容外科では、例えば二重まぶたとかフェイスリフトなどの手術を扱っています。
これらの手術は直接的には生命の危機が及んでいる状況で行うことはないです。 ではこのような手術の意味はどこにあるのでしょうか。「生まれてきた体に必要もないのにメスを入れることは良くない」と考えられる方もおられると思います。
その考え方はもっともだと思うのです。
私はスピリチュアルな世界のことも好きで本もよく読んでいます。
多くの方が書かれている本にだいたい共通している考え方があります。
「あるがままでいいんだよ」という考え方です。
ですから、その考え方に沿ってエイジングも受け入れることができていればそれで問題ないのですが、それを受け止めることができない方々がおられることも事実なのです。
それを否定することはできないと思いました。
私個人は「美容目的で体にメスを入れることはよくない」という考え方は、少し偏っていると思っています。
「あるがまま」という考え方だけでなく「世間体」、「プライド」、「ホントはやりたいけど怖い」などいろいろな観点からコメントがなされているように感じます。
人間のことを考えるなら、心身のことを両方の面から考えないと真実は見えてこないと思います。
つまり「心」の側の訴えも聞かないとと公正ではないのです。
心のあり方が重要なのです。
心が例えば「二重になりたい」と思ったとしたら、まずは「なりたいと思った理由」について考えるべきなのです。
「どうして、二重になりたいのだろう?」や「どうしてそう考えたのだろう?」から始めるわけです。
そして答えが「周りがそれを可愛いといってくれるから。」であれば、それを認識することが大切です。決して否定しないでください。
そういう気持ちがあるならそれで良いのです。少なくとも「今の自分はそれを重要視している。」と分かることが、その後の人生にも参考になっていくと思います。
将来、自分を見つめる時に役立ちます。
それから、手始めにインターネットで情報を仕入れてもいいでしょう。
ただ、自分の状態とその情報が合致するかどうかは別ですが。
そしてそれでも気になるなら、どこかクリニックへ相談に行くとよいと思います。
(余談ですが、このクリニックによってもストーリーは全然違ってくると思います。そして選んだクリニックとの縁ができるわけです)
そして、現状をある程度知ったその時点でまた考えるのです。
治療内容にもよりますが、直ぐその場で行うよりもいったん帰られて考えた方が良いでしょう。
もちろん非常に簡単な施術であれば、その限りではありませんが。
もしも自分の思っていたこととかなりのギャップがあるようなら、いったん考え直せばいいと思います。自分の予想より値段が高かったり、術後経過が大変そうかもしれないしと、いろいろ考えてみることが重要です。
そして納得できれば治療に進めばよいのです。
どの段階でやめたにしろ、治療を受けたにしろ、必ず学べたことがあると思います。
自分には二重の手術が難しいと考えてやめた場合は、二重にはなれませんでしたが自分の現状を知ることができました。
これはとっても大きなことだと思います。
今の社会は物質社会ですから、これに即した行動は否定できることではありません。
ただ、単に治療を受けたというだけではなく、そこから何かを考える、感じるということもしてほしいと思います。
「たかが美容でしょ。」という方もおられると思いますが、それを認識することで今世を生きていく目的がわかるヒントになるかもしれないのです。
決して侮れないと思いますよ。
お悩みがあってご相談される方にとっても、また診療を行う医師側にとっても、美容外科はもっと心の問題を含めて考えるべきだと思うのです。
でも、こんなことを言う医者ってウザイですかね。
題名以外はまじめな内容でした。(^_^;)
2007.09.13 気を使うことも立派な仕事です
感情労働という言葉を知りました。
http://www.asahi.com/job/special/TKY200706050068.html
感情労働というのは、肉体労働と頭脳労働という区分で分類される範疇のものでなく、どんな相手にも、どういう状況であっても穏やかに平然と笑顔で対応できる能力を要求される労働です。
当然接客業などのサービス業ではこの能力が要求されます。
私は、サービス業の場合は必要不可欠な能力と思っていましたが、これも労働だったのですね。 あらためて認識させてもらいました。
景気が悪い頃には、どうしても差別化を図るためにサービスアップが要求されます。そのため、現場の労働者にはある意味過酷な労働が要求されています。
逆に消費者側も、どんどんエスカレートして、「サービスされて当たり前」という感覚があることも否定できません。
上記のホームページで書かれていることで、納得と思ったことを抜粋します。
「例えばコンビニでは立ち読みだけして出ていく客にも、店員が『ありがとうございます』と言いますし、ファミレスでは小さな子供が1人で来ても『いらっしゃいませ』『何になさいますか』と声をかける。本来なら『立ち読みやめんかい』『キミ1人で来たらあかんで』でしょう。こういう奇怪なコミュニケーションの積み重ねが、消費者サイドに間違った権利意識を植え付けてしまっている」
確かにその通りと思います。また、物を売るにしても、売る側も買う側も「お互い様」の気持ちがあれば、スムースにことが運ぶと思うのですが、そうじゃない場合も多いのです。
それから、この感情労働に疲れちゃった人たちのことですが、 職場での奉仕のストレスに負けてしまって燃え尽きないようにするには、オフを充実させることが良いそうです。
仕事を家に持ち帰らないということはどうも正解のようですね。
5時になったら、さっと職場を出て自分の余暇を楽しむ。
これって、上手にやらないと職場の上司に反感食らうかもしれません・・・なんて、気にしているから結局ストレスをためちゃうのでしょうね。f^_^;
2007.09.12 「人生には意味がある」という考えと「人生に意味はない」という考え
このような考え方があるということをご紹介したいのです。
「人生に意味がある」という考えは、この世に生まれてきたことからして意味があるといいます。
人生全体を学びに捉えています。私が今まで読んできた本は、一部の仏教に関する本を除いて、ほとんどがこの「人生には意味がある」ことを前提にしているように感じます。
一方で「人生に意味はない」という考えもあるのです。
人生に意味はないという考えは、例えばサマセット・モームが小説「人間の絆」で書いています。
彼は、人生には何の意味もなく、「ペルシャ絨毯」の織匠が自己の審美感の満足のために模様を織るのと同じように、人は自分の好みによって人生模様を織っていけばよいと書いています。
「人生に意味はない」といっても完全にないという意味ではないと思っています。
その瞬間にはそれ相当に「ある」と思いますよ。
ただ、モームは人生を貫くような意味での「意味」はないといっているのだと思います。
人生に意味などないと考えれば、あせる必要はないし、人と比べることも無意味になります。
道元禅師は、座禅に目的を持たせることを否定しました。ただ座ることだけとしたのです。
これも似ているように思います。
「人生には意味がある」という考えと「人生に意味はない」という考えの違いは、人生を先まで考えながら今のペースを作っていくという生き方と、今を考えて納得の上でこの瞬間のペースを決め生きていくという考え方の違いに繋がるように思います。
ある一点における関数を考える「微分」とある関数のある一点までの面積について考える「積分」の違いかな?
結局は見方の違いでしょうか。
そういえば、私は昔、「人生を微分すれば思い出になる。人生を積分すれば経験になる。」なんて偉そうに考えていました。
脱線して余計にわからなくなりましたか。
また、彼の回想録「サミング・アップ」では「人間について、もっとも私を驚かせたのは、彼らが矛盾に満ちているということだ。首尾一貫した人間など、ただの一人もお目にかかったことはない。まったく相容れない諸性質が同一人物の中に存在し、それでいて、もっともらしい調和を生んでいるのには驚かざるをえない。」と書いています。
この表現からもわかるように、考えも感情もコロコロ変化する人間を相手にするのだから、自分のやり方で、その時その時に対応していくということでしょうか。
まさに仏教でいう「諸行無常」です。
人生に意味があるとすると、そこから価値が生じないか、そこから目的が生じないか。
価値を持たせると、価値を高めようとする欲に繋がる。
これはおそらく永久に続く欲です。
まあ人生いろいろですから、自分が納得できるように認識しておけばよいと思います。
誰彼に言われるから、と信じるのではなく、自分で行き方を見つめたいものですね。
またまた、徒然なるままにダラダラと書いてしまいました。
2007.09.08
ホームページを変えるといいながら、遅れております。
誠に申し訳ありません。m(_ _)m
ホームページの切り替えですが、解約手続きを行ったところ、10月末の解約ということになりましたので、もう少しこのホームページが続きます。
解約したら直ぐに変更できると思っていた私の誤りでした。(-.-;)
このホームページが名残惜しんでいるのかもしれません。
というか、諦めが悪いのか?(^_^;)
2007.09.05 知識ってないと駄目なの?
子供たちが見ている番組ですが、いわゆるクイズ番組です。
しかし、気になることはその出演者で、あまり答えられない人たちを司会者が、クソミソにこき下ろすことです。
私は、そこまで言わなくてもよいと思うのですが、他の出演者たちもそれをみて笑っています。
この番組を見ていて、子供たちに聞きました。
「見ていて楽しいの?」
最初は私の質問の意味がわからなかったようですが、そのあと私が人の失敗やわからないこと見て笑うというのはどうか、と聞き直したらわかってくれました。
「やっぱり、よくないと思う。」と言ってくれましたが、まだ見続けているのは気になります。(-.-;)
自分が意識してバカをやって、みんなから笑いを取るのはいいと思うのですが、一生懸命答えようとしているけど、ピントはずれの答えをしてしまった時に、司会者からはバカにされ、回りからは失笑をかっているその人が少し気の毒に思えてしまうのです。
もっとも、あまりに基本的なことを知らないということは問題ですが、それをつっ込むにしてもそのツッコミ方にそれなりの配慮があってもいいんじゃないかと。
テレビというのは、日本全国の視聴者が見ているのです。
知らず知らずのうちにこれを肯定していくのは、一寸怖い気がします。
最近のタレントが出ているクイズ番組は総じてそのような傾向があると思います。
こんな考えは社会的にはやはりおかしい方なのでしょうか。
やっぱり、お人好しすぎますかね。
でもこの風潮をみていると、その根源に「いじめ」がなくならない原因が隠れているような気がしてなりません。
最近のテレビ番組を見ていると、私のような感じ方は珍しい方なのかと思ってしまいます。(^_^;)
2007.09.03 ビリー!ばんばんザイ?
ビリーズ・ブートキャンプが日本全体で話題になりましたが、少し下火になりかけているような気がします。
直ぐに飛びつくけど、飽きるのも早いという方は結構いるんじゃないでしょうか。
所で、あのエクササイズで体力はつくのでしょうか。
当然つくとは思いますが、私は最終的には一部の人にしか効果がなかったのではないかと思っています。
そもそも、あのようなトレーニングが好きな人は、ビリーズ・ブートキャンプを買う以前から体力づくりに励んでいたはずですから、逆にあれだけで体力がアップしたとは認識していないと思うのです。
あれも含めて今までのトレーニングで体力を増進・維持されているということになります。
一方、まったく体力づくりをしていなかった人たちは、あのエクササイズは相当きついですから、おそらく一緒にはできないと思います。
あれに付いていく為にはかなり根気というか努力が必要になります。
ですから、ここら辺でドロップアウトしてしまう人たちもかなりいるはずです。
それから、あのDVDをもらったという方もおられるようですが、やはりお金を出さないと続かないと思いますよ。
やっぱ、「これだけのお金を出したのだから、本を取らないと」と思う力も持続する原動力になりますし。
そう考えると、しばらくやったけど続かなくて結局お蔵入りになるという運命が一番多いのではないかと想像するに難くはありません。
そして、いままで余りトレーニングを意識していなかったけれど、今回をキッカケにして体力づくりを始められ、続けることができているという方たちが、このビリーズ・ブートキャンプの恩恵を一番受けることになります。
でも、私の推測ですが、このような根気のある方たちは少ないと考えています。
というわけで、あれも今年の話題になったということでおしまいかと考えている次第です。
でも、年末恒例の「流行語大賞」で、少なくとも10位以内には入るでしょうね。 あれだけのブームを巻き起こしたのですから。
まあ、ビリーは笑が止まらないでしょう。
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ||||||
| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
| 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
| 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
| 30 |
カテゴリアーカイブ
最新の記事
月次アーカイブ
- 2008年11月
- 2008年10月
- 2008年09月
- 2008年08月
- 2008年07月
- 2008年06月
- 2008年05月
- 2008年04月
- 2008年03月
- 2008年02月
- 2008年01月
- 2007年12月
- 2007年11月
- 2007年10月
- 2007年09月
- 2007年08月
- 2007年07月
- 2007年06月
- 2007年05月
- 2007年04月
- 2007年03月
- 2007年02月
- 2007年01月
- 2006年12月
- 2006年11月
- 2006年10月
- 2006年09月
- 2006年08月
- 2006年07月
- 2006年06月
- 2006年05月
- 2006年04月
- 2006年03月
- 2006年02月
- 2006年01月
- 2005年12月
- 2005年11月
- 2005年10月
- 2005年09月
- 2005年08月
- 2005年07月
- 2005年06月
- 2005年05月
- 2005年04月
- 2005年03月
- 2005年01月
- 2004年12月
- 2004年11月
- 2004年10月
- 2004年09月
- 2004年08月
- 2004年07月
- 2004年06月
- 2004年05月
- 2004年04月
- 2004年03月
- 2004年02月
- 2004年01月
- 2003年12月
- 2003年11月
- 2003年10月
- 2003年09月
- 2003年08月
- 2003年07月
- 2003年06月
- 2003年05月
- 2003年04月
- 2003年03月
- 2003年02月
- 2003年01月
- 2002年12月
- 2002年11月
- 2002年10月
- 2002年09月
- 2002年08月
- 2002年07月
- 2002年06月
- 2002年05月
- 2002年04月
- 2002年03月
- 2002年02月
- 2002年01月
- 2001年12月
- 2001年11月
- 2001年10月
- 2001年09月
- 2001年08月
- 2001年07月
- 2001年06月
- 2001年05月
- 2001年04月
- 2001年03月
- 2001年02月
- 2001年01月
- 2000年12月
- 2000年11月
- 2000年10月
- 2000年09月
- 2000年08月
- 2000年07月
- 1999年12月


