横浜FCクリニック形成外科

院長の日記

2007.11.08  慈光

『人の世に道は一つということはない。 道は百も千も万もある』

坂本竜馬  「竜馬がゆく」(司馬遼太郎)より

 

『どんな人だってその人の人生という舞台では主役である』

遠藤周作

 

この二つの言葉を見ていると お釈迦様が亡くなる時にいわれたという 「自灯明 法灯明」を思い出します。

人生はその人だけの人生。

だから自分が灯りとならなければ進めません。

だけど、自分だけではないのです。

周りが自分を盛り立ててくれるからこそ、今の自分がある。

そのことへの感謝。

自らを灯りとして生きる 法を灯りとして生きる このペアが大切。

どちらか一つではいけません。

「法」は難しく考えなくても、自分以外の周りすべてへの慈悲(愛)、そのことへの気付きというか、気付く方向に持っていく考え方と思えればよいのではないかと思っています。

私はこの「自灯明 法灯明」か「明珠在掌」を墓石に彫ってほしかったのですが、字数が多いといわれてボツになりました。 (-.-;)

その代わりにといっては申し訳ありませんが、「慈光」と入れてもらいました。

これは檀家になっているお寺の住職に教えてもらいました。

慈しみの光、スピリチュアルにもビビッときました。

今は非常に素晴らしい言葉だと、この言葉で良かったと思っています。(^_^)

 

いつもの?余談ですが、墓地を歩くと面白いのです。

最近は和式以外に洋式が増えました。

私のところも洋式です。(ここだけ読むと便器みたい)

周りのお墓にもいろいろな言葉が書いてあります。

これを観るのがいいんです。

 

「ありがとう」 これはシンプルで素晴らしいと思いました。

「和」

「敬天知楽」 これは興味があります。

他にも「家族」「愛」などなど・・・ そういえば、「バカの壁」の養老 孟司さんも著書で「墓地の散歩」が好きと書かれていました。

 

私もこれがわかる年になっちゃったということですかね。

投稿者 横浜FCクリニック形成外科 (13:34) | PermaLink
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