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院長の日記

2008.01.31  観察者の存在

今日はネタは新鮮ですが、屁理屈のような話です。 f^_^;

発端はルドルフ・シュタイナーの「病気と治療」という著書を読んでいて、興味深いことを見つけたことでした。

シュタイナーによると「血液は自我の本質を表現するものだ」ということです。 さらに、それだけでなく「血管の中を流れている血と注射器で採取した血はまったく別物である」とまで言うのです。 血液は、体外に出るともはや「血」ではなく、外的な残照に過ぎないということです。

これを読んで、量子物理学の世界を連想しました。

つまり「観測者が見た時点で、対象となる事象は変化してしまう」ということです。 確かに、実際に体内で血管の中を流れている血液をそのまま完全に自然の状態で観察することはできません。 どうしても、特殊な状態に置く必要があるからです。

そして、「観察者の存在が事象を変える」ということは、昨日も起きました。

日本対韓国のハンドボールの試合です。

日ごろはハンドボールの社会人の試合は、観客が700人程度だそうです。 それが、昨日は1万人を優に越える観客がいたのです。 ですから選手も熱くなり、いつもよりも力が入るという「変化」を起こしたのです。

残念ながら、男子も韓国に負けましたが、あのプレーは好感がもてますし、これからもファンは残ると思いますよ。

結果的にですが、ごたごたは続きますがある意味で「中東の笛」にも感謝しないとね。

まだ、ごたごたの途中経過ですが、何が吉で何が凶かはわかりません。

それにしても「観察者」の存在が大きく影響するとつくづく思いました。

なんだか、私の中では、学ぶべきことが頻繁にシンクロします。

でも、逆に誰も観ていないからといって、手抜きをしてはいけません。 いわゆる「天知る 地知る 子知る 我知る」です。

お天道様がしっかりと観ていますよ。 観音菩薩様も、音まで観られるのですから。

結局、観ている人に関係なく「生きれ」ということですね。

なんだか取り留めのないままにエンド。(^_^;)

投稿者 横浜FCクリニック形成外科 (11:36) | PermaLink
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