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2008.03.10  アンチ・エイジング治療を望みたくなる理由

 

 アクセプタブル・エイジングはまずは自分の「加齢」を容認することです。

 

少なくとも否定したり、逃避してはいけないのです。できれば楽しむくらいの境地である方がいいと思います。

しかし、そんなことを言うと、「年を取ることを楽しめるわけがないじゃないの!」という声が聞こえてきます。

そもそも何故アンチ・エイジングを望みたくなるのでしょうか?

「綺麗でいたい、または維持したい」、「体力を維持もしくは増進したい」という欲望も理由の一つでしょう。

他には、現時点で結構ご自身の「美」に自信、満足感がある方もおられるでしょう。その方たちの場合は、「今の優越感やプライド、自己満足感を維持したい」をいう気持ちもあると思います。しかしその結果、際限なく続く欲求から「あせり」などを感じて、その状況に対抗しようとします。そして、さらなる焦りを生じます。

これらの状況の根源はなんでしょうか。私は、そのキーワードは「何かと比べる」だと思います。

何と比べているかというと、「昔の自分」であったり「今、自分の周りにいる自分より若い人たち」であったりするのです。

「比べる」ことは「基準を作る」ということになります。その基準から判断しているのです。

でも、その基準って絶対的な、普遍的なものでしょうか?

「昔の自分」といってもいつごろの自分を基準にされるのかで違ってくるでしょう。また、周りの人と比べる場合も、その周りの人たちの年齢層が違えば、当然比較した結果も違ってきます。

そして一番大事なポイントになることは、その「判断」自体を、その人自身が行うということです。ですから、これも人によって違ってくるのです。

私の外来にも、顔のシワを治したいという希望で来られる方もたくさんおられますが、皆さんそれぞれ治したいといわれる部分が違っています。

額のシワを気にされる方もおられれば、いわゆる法令線を気にされていたり、目じりのシワであったりします。

今度は「それぞれ顔が違うのだから当たり前じゃないの!」と言われるかもしれませんね。(^_^;)

だとしたら、「比べること」はどうなのでしょうか。やっぱり無理があるとは思いませんか?

自分自身も時間と共に変わっていく存在なのです。と、同時に周りの他人とも考え方が違うのです。

そうだとしたら、客観的に比べることができる基準はどこにもないとは思えませんか? 

結局「比べる」ことは、「今の自分」を否定していることと同じなのです。

 

「比べてはいけないのだったら、今のままでいいんじゃないの?治そうとする事もいけないのじゃないの?」 という方もおられるでしょう。

確かに、「人間はあるがままでよい」という考え方があります。

書店で、宗教や思想に関する書籍をおいてあるところには、 そのような考え方について書かれている本がたくさんあります。私も何冊か読んだことがあります。

それで私も悩んだことがあります。「あるがままでよい」という考え方からいうと、私が行っている形成外科、美容外科の領域の治療は間違っていることにはならないか?という疑問です。 

これについては、次回にしましょう。 

投稿者 横浜FCクリニック形成外科 (09:55) | PermaLink
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