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2008.03.17  心と体の関係(妄想編)

心と体についての係わり合いを考える時に、私にはある一連のイメージがあります。

「体」を「車」にたとえると、「心」は「ドライバー」に該当すると思っているのです。

もう少し厳密に言えば、ドライバーは車における視力であり、聴覚でもあるわけです。

車も最初は新車ですが、走り続けているうちに徐々に各部品に消耗による劣化が起こります。まさに体と同じですね。「車検」はいわば「定期健診」であり「人間ドッグ」でもあるのです。

 

また、車との接し方も様々です。

車を単なる移動する道具としてしか見ない人もいれば、運転技術を上げようとする人、車の装飾にこだわる人、単に目立ちたい人など、車との接し方で性格も見えてきます。

美容的なことを好まれる方は、この分類でいうと車の装飾にこだわる方と言えます。

「美しさ」というこだわり方にもいろいろありそうです。こまめに拭いてきれいにすることにこだわる人と、ボディの色や模様にこだわる人、ホイールベースなどパーツの個性を向上させようとする人などです。

逆に車よりも自分の運転マナーや技術を上げようとする方は、人間でいいますと、いわば精神修行の好きな方といえるでしょう。

ドライバーのマナーと技術のみの向上を目指し、どんな車であろうがそれは二の次という方は、精神論を重視される方と言えそうです。

 

さらに妄想?を進めていきます。

普通、人の性格は単純には見えないわけですから、車でいいますと車の窓ガラスがいわばスモークのようになっているということでしょうね。もっとも、運転手にとっても、助手席や後部座席との間に見えない仕切りがあるのでしょう。

となると、スピリチュアルにいろいろ見える人というのは、窓ガラスが透明に見えて中の人が見える人なのでしょうか。

では車の後部座席や助手席に座っている人がいるとしたら、その人は誰なのでしょう?

ひょっとしたらグループソウルなのかもしれませんね。

文字通り「後ろの人」ですね。(^_^;)

たとえ、運転手は見えなくても、走行中の車の 様子を見ていると、性格がわかるということがあるものです。こんなことを考えると、車の運転も面白いですね。

投稿者 横浜FCクリニック形成外科 (13:05) | PermaLink
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