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院長の日記

2008.08.04  いち、にい、サン! 死

お盆が近づいてきました。

 そう思うと「死」について考えてしまいました。

私は浄土真宗の檀家に入っておりますが、 浄土経典の一つである「大無量寿経」に 「人、世間の愛欲の中にありて、独り生まれ、独り死に、独り去り、独り来る」とあります。

みんな死ぬときには独りなんですね。 確かにそうだと思います。

たとえ臨終の場で、周りに家族がおられたとしても、今回の「自分の人生」を終わろうとしているのは、本人である「自分」だけなんです。 

しかし、最後が「独り来る」で終わるところが、さすが仏教ですね。

 

また、これは一休さんのエピソードだそうですが、正月にある人から何か書いてくれと頼まれた時に、 一休さんは「父死 子死 孫死」と書いたそうです。

「正月からなんと縁起の悪い」と文句を言われたそうですが、一休さんは「人はみんな死ぬんだ。だから父から順に死んでいくことが自然だし、一番悲しみが少ないんだ。先に孫が死んだら一番悲しみが大きいだろう」と言ったそうです。

 

そういえば、あの有名な「門松や 冥途のたびの一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」と歌ったのも一休さんでした。

 

読んでいて気がめいりますか。

最近は「死」というものをあんまり言うのはタブーのような風潮がありますし、みんな「自分はすぐには死なない」とか「自分は病気にはならない」なんて心のどこかに思っていたりすることも影響していると思います。

かくいう私もそう感じる時があります。

 

 でもね こういう歌もあるのですよ。

 

明日ありと 思う心の あだ桜

夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは

 

現代人は、スケジュールに浸りきってしまっていますから、明日が当然存在すると思い込んでいます。

 

でも、いつも100%そうなるとは限らないんじゃないか?っていうこともふと考えてもいいんじゃないかと思うのです。

私も、実家が阪神大震災にあいましたし、私が生まれた実家は震災の時の全壊でもうありません。

 

「いつ、何が起こるかわからない」という気持ちは、もてるようになりました。

ホント 諸行無常なんです(無情ではありません!)

 

それから、逆に「死」を安易にというか簡単に考えている輩が、今の無差別殺人を考えるのかもしれません。
ちょっとこれは蛇足ですが。

投稿者 横浜FCクリニック形成外科 (15:56) | PermaLink
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