院長の日記
2008.11.29 見えりゃあいいってもんでも
桂米朝の落語に「犬の目」というのがあります。 その話のマクラにこういうものがあります。
ある人が、「目は二つあるので、もったいないから一つずつ使おう」と言って、片目で物を見ていたそうです。
そして年をとって目が見えなくなってきたときに「俺にはこういうときのために、ひとつ目を取っておいたんだ。今こそ使おう」といって、使わなかった目を開けました。
すると、周りのものは、嫁さんをはじめ、誰も知らなかった人ばっかりだった。
この小話が、あながちまったくの嘘というわけでもないということを知りました。
以前にも、チャップリンの「街の灯」のことを書きましたが、実際に子どもの頃から目が見えない人が目が見えるようになっても、実際にすぐわかるわけではないのです。
映画のラストシーンのようにはいかないのですね。(-.-;)
目から入った光情報を大脳皮質で処理しないと「見えない」のです。
その時に、生まれてからそれまでに目に入ったものの情報を判断し記録して、それと比較しなければわからないのです。
ですから、まずは脳細胞及びその神経伝達路が確立されていないと、何かはわからない。
まあ、徐々に学習していくことになりますから、時間と共にある程度「見えて」いくでしょう。
ヘレン・ケラーは見えない・聞こえない・しゃべれないという三重苦でありながら、障害を通して世界中の人たちに勇気や希望を与えてくれました。
しかし、ヘレン・ケラーはサリバン先生という「媒体」を通して、外界の情報を理解し、コミュニケーションを持つことができました。
ですので、実際に見たり聞いたりしている私たちの物の理解の仕方とは当然違うと思います。
しかし、どのように違うのかはわかりません。
これは伝えることができないからです。
「この世が現実の世界ではない」というと、映画「マトリックス」の世界のようですが、少なくともそれぞれが把握している世界は、おそらく違うと思います。
見る立場が違えば勿論当然ですが、たとえ同じものを見ていても全然違っているかもしれません。
極端な表現をすれば、私の見ている「赤」は、Aさんのイメージでは「青」かもしれないし、Bさんの「緑」かもしれないのです。
当然、色によって波長が決まってきますから、この場合その「色の感じ方」というべきでしょうか。
でも、それはそれぞれの人の大脳の脳細胞の反応なので証明できないのです。
全てのものが、解明できるというわけではないということですね。
2008.11.18 人間、万事塞翁が馬
「2008.10.25 人生はペナントレース?」と似たようなテーマとして「人間、万事塞翁が馬」というお話があります。
「人間」は「にんげん」ではなく「じんかん」と読みます。
「世間」を意味しています。
(今、色々と話題の)中国の古い話ですが、塞というおじいさんの所に馬が来ました。
周りの者は馬が来たといって喜びましたが、おじいさんは喜びませんでした。
その後、息子がその馬に乗っているときに落馬して足を怪我してしまいました。
周りの者は心配しましたが、おじいさんは今度は心配しませんでした。
するとその国が隣の国と戦争になり、多くの若者が出兵して戦死しました。
しかし、おじいさんの息子は足が悪かったために戦争に行かずにすんで、死ぬことはありませんでした。
結局何が良くて何が悪いかは、後にならないと分らないということです。
実際、宝くじにあったって2億円手に入った人が、その大金をめぐって殺害されたという事件が最近ありましたし、逆に病気になったために出張に行けなくなった人が、出張でその人が乗るはずだった飛行機が墜落してしまったのに、病気のおかげで命拾いしたという事も聞いたことがあります。
どうせ生きるのなら、苦よりは楽が良いですよね。
でも、「良い悪い」や「苦楽」のように比べることを意識し、片方の「楽しみ」ばかりを望んでいると、結局その反対の「苦しみ」からも逃れられていないと思います。
「楽」を考えると「苦」も消えません。
本当は、比べてばかりいるではなく、自分の現在の人生の状況と面と向かい合う事が大切なのだと思います。
って、これ書いてて思いましたが、昔このネタがらみを書いていました。
てなわけで、今アメリカ映画界で流行っている?リメーク版や、アーティストのカバー曲と同じとお考えください。f^_^;
2008.11.07 健康という奇跡
病気を考える時に、地球全体または国、地域レベルで考えると理解しやすいかもしれません。
細菌やウィルスの感染はいわば外敵の侵入です。
また、癌はある地域に蔓延っているテロリストなどの人たちといえるでしょう。
実は癌などの悪性化は、私たちの体で日々起こっていますが、癌が組織として成り立つためにはある程度の数が1箇所に集まらないとできないのです。
数個のがん細胞ができたとしても、それらは巡回する白血球という警察官が倒してしまいます。
そういう意味では白血球はアメリカっぽい警察でしょうね。日本だと銃を発砲するだけで、問題になりますから。しかし、体レベルで考えるとそれだと手遅れです。
銃の発砲を極力しないようにする日本の警察のような対応は、どちらかというと免疫力低下の状態に相当します。
そのような時期が続くことによって癌が組織として機能してしまうことになります。
ある本には1ミリ立方の大きさの癌組織ができるためには7年かかることもあるそうです。
局所の組織の機能不全、いわば中央からの指令に対して言うことを聞かない人たちの一時的な暴走状態は、アトピーやアレルギー、自己免疫疾患です。
アレルギーは、日ごろから港や空港に出入りする者を誤認逮捕する現象といえます。
アレルギー性鼻炎の鼻水は、城や砦の戦いに例えると良いでしょう。侵入できないようにいわば水攻めをしているのです。
アレルギー性結膜炎の涙も同じです。
リューマチなどの自己免疫疾患は、日ごろの身内、仲間を誤認逮捕する現象です。
自律神経失調症というのは、交感神経の機能亢進といういわば「非常事態宣言」を行なった国のようなものです。
戦争や内乱が起こっている国や地域は、治安が悪くなります。
同じように治安が悪くなった状態で、悪事を働こうとする人間が増える状態が癌といえます。
また、警察が手薄になりますから、外敵が来ても対抗できません。疲れているときやストレスが強い時に、出来物や吹き出物が出やすいのはこういう理由です。
ドサクサで間違えて民間人を捕まえるのが自己免疫疾患で、間違えて外国人を捕まえるのがアレルギーです。
逆に、自律神経失調症ではない普通の状態は、 副交感神経が優位になった「平和宣言」の状態です。
平和な時には、警察も機能しますし、ちゃんと巡回していますので悪事をはたらこうとする者たちも身動きが取れません。だから炎症が起きないのです。それから経済などの物流も支障がありません。だから、胃腸の動きが良くなり消化吸収が速やかになり ます。
人間が文明を持ってからという条件付ですが、過去の歴史で地球全体の国や地域がまったく平和であったという時代があったでしょうか。
私の印象ではほとんどないと思います。
地球上のどこかで何か戦争があるのが、この日常でしょうね。
だとすると、同じことが人間一人の体の中にも起こっているとすると、ある意味では無理もないかもしれません。
逆に言えば、「健康」といえる状態は、地球全体で見れば大きな戦争や紛争がないということですから、本当に素晴らしいこと、有難いこととは思えませんか。
「健康である」ということは、それだけでいわば「奇跡」なんです。
2008.11.05 うちの子いい子だもん
昔私が勤めていた病院での話です。
外来にいた看護師の方は、同僚との会話で息子さんの話になると、いつも「うちの子、いい子だもん」と言われていました。
でも、その息子さんですが同僚の看護師さんたちの話では評価はイマイチなところもあったみたいで、暴力事件など警察沙汰もあったそうです。
ただ、その一件も友人を助けるためだったそうで、正義感の強いお子さんだったともお聞きしました。
私は、むしろその方が母親として子供を信じているその態度に感心したのです。
私から見ていても、別に子離れできていないとか、お互いの依存がつよいというわけでも決してないのです。
「私は母親として、最後の最後まで子供を信じてる」でした。
私も、今ではこの言葉を心の中でよく使います。
決して「私にとって都合の良いことをするだけの子供」、「世間的に良い子」という意味ではありませんよ。
休みの日はダラダラと寝ていますが、「うちの子いい子だもん」
ゲームばっかやっていても、「うちの子いい子だもん」
兄弟喧嘩ばっかりやっていても、「うちの子いい子だもん」
禅で「日々是好日」という言葉があります。
これは単に「毎日が良い日なのだ」というだけではないと思っています。
「たとえ何が起ころうともそれを受け止めなさい、災難があってもね」という決意なんだと思っています。
良寛さんはこう言っていたそうです。
「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。」
災難にあわないためには、災難の渦中にいればよいというのです。
ここまでの決意を持つのはすごいですね。
まあ、微々たるレベルですがそれにちょっとだけ近いかなって感じです。
何とかなりますよ、と思いたいです。
誰でも苦しい時はある、もしくは来ると思います。
その時に、その苦しみすら味わうことができるとなると、おそらく「苦しみ」ではなくなるのでしょうね。
私はまだまだそれすらわかりませんが、最近のニュースでの小室さんのことを聞くと、なんかそう思うのです。
2008.11.01 死者のベル
昨日はハロウィーンでしたね。
それにちなんで、それっぽいネタです。
「死者のベル」について、ある本で読みました。
先にお詫びしておきます。m(_ _)m 理由はそのうちわかります。
おそらく私だけでなく、火葬をおこなう風習である日本人にはちょっと気味の悪い話になります。
「死者」、「棺」、「ベル」と聞いただけで嫌な人はスルーしてください。
でも、「愛」も出てきますから。
もう通信が発達してからのことですが、イギリスで「死者のベル」という商売があったそうです。
棺の中にベルが備えられていて、コードで家の中につながっています。 これは死者が蘇った時にこのベルを押してもらえれば、残った家族がわかるので墓地に行って棺を開けるという手順になるのだそうです。
これは実際にあった商売だそうですが、本当にベルがなったのかどうかまでは知りません、というか知りたくないですね。(^_^;)
やはり土葬を行なう風習だからこそ、ありえるのですね。
私はその気持ちはわかりますが、愛する人が亡くなっても、葬儀も終わったあとで何日もたってから、蘇ってほしいとまでは思わないのです。
冷たいでしょうか。
でもね、神話にもあるじゃないですか。 イザナギノミコトは、死んだイザナミノミコトに会いに黄泉の国に行きます。 そこでイザナミノミコトの姿を見たときに、その死んで腐敗した体をみてしまい、怖くなって逃げ帰ります。
私にとって、このエピソードは、たとえ愛する人であっても、亡くなったらそれを受け止めて、悲しみを乗り越えてしっかりと生きていきなさい。
その亡くなった人のことばかり引きずって生きるのは、自分にとっても、なくなった方のためにもよくありませんよという解釈です。
死因は何であれ、亡くなった以上はそこからは戻れないのです。
そういう自然の掟があるのですから、それは侵してはいけないのです。
所で、ちょっとだけ想像してみてください。
たとえば土葬だと仮定してですが、亡くなった方の棺の中にベルが備えてあるとして、それが深夜3時ごろに鳴った!・・・・
ひっそりと静まり返った家の中で、その音が響いている・・・
(・_・;)
シャベルを担いで、エッさ・ホッさとお墓のほうへ・・・・・
迎えに行きますか?
「鉄腕アトム」に出てくる天馬博士なら行くのでしょうね。アトムを作ったくらいだし。
外国でもホラーの短編小説でWWジェイコブズの「猿の手」という物語があります。
ご興味があればお読みください。創元推理文庫の怪奇小説傑作集1に入っています。
ここでネタばらしはしませんが、すっご~く面白い?ですよ。
そういえば、他にもこのジャンルの小説としてスティーブン・キングの「ペットセメタリー」がありますね。
これは映画にもなったし有名ですね。
ホラーの好きな人には、たまらないでしょうけど・・・・
私はね~ (-.-;)
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