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    <title>横浜市の美容外科・形成外科は横浜FCクリニック形成外科へ</title>
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    <updated>2011-06-30T04:49:44Z</updated>
    <subtitle>神奈川県横浜市の美容外科なら横浜FCクリニック形成外科。シミ，シワ，くすみ，二重まぶた，にきび，肌質改善，アンチエイジング、プラセンタの治療を行っております。</subtitle>
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    <title>カウンセリングという「応病与薬」の入り口</title>
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    <published>2011-06-30T04:44:17Z</published>
    <updated>2011-06-30T04:49:44Z</updated>

    <summary>「応病与薬」は文字通り、病気に応じて薬を処方することです。 形成外科、美容外科領...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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        <![CDATA[「応病与薬」は文字通り、病気に応じて薬を処方することです。 形成外科、美容外科領域でもこの方針が必要となります。<br />
<br />
たとえば、お肌を改善したいというご希望に対しては、そのお肌の状況を見た上で適切と思う手段を選び行っていきます。<br />
<br />
私の場合は、カウンセリングの段階で治療を希望される部分の治療法が複数ありうる場合は、そのことを説明の上で、患者様の方で選んでいただくというようにしていただいています。<br />
<br />
もちろん、患者様の方ではなかなか決められない場合もありますが、その場合は費用やお越しいただく日数などその方のご都合もお聞きした上で、ご提案しながら方法を絞っていくという順序になります。<br />
<br />
そして、初回のカウンセリングでは、原則的に方針を決めるということに重きを置き時間を取っていますので、施術内容によってはカウンセリング当日には難しい場合もあります。<br />
<br />
当日難しい施術というのは、施術に時間がかかるか、もしくは何らかの準備を要する場合です。<br />
<br />
ピアスなど施術自体が即目的になっている場合は、その手順や経過、問題点などを説明の上、ほとんどの場合当日の施術で行っています。<br />
<br />
私の場合、カウンセリングには大きく二つに分けて考えています。<br />
<br />
１　施術する内容が決まっていて、即施術可能な場合のカウンセリング<br />
<br />
２　症状などが多様であるため、治療法としていくつかの手段が考えられるので、どの方法を行っていくかを患者様と考えていかなければいけない場合のカウンセリング<br />
<br />
<br />
後者の場合は、初診でお取りしている時間を丸々使ってしまうことがほとんどですので、施術は次回にしていただくという場合が多くなります。<br />
<br />
当院で治療数が多いものに「ホクロ治療」があります。 このホクロ治療は、前述の二通りのカウンセリングのどちらの場合もありうる治療であり、そういう意味では特殊なケースなのです。<br />
<br />
お電話でのご予約段階では「ホクロ」という言葉でその手順を進めておりますが、実際に拝見させていただいて、レーザー治療が可能であると判断した場合に、色に反応するレーザーが使用できる場合は、当日でも数個程度であれば施術が可能な場合があります。<br />
<br />
ホクロがほぼ同じ大きさの黒い「かさぶた」になるのでアフターケアも比較的楽で、レーザー治療自体もさほど時間がかかりません。<br />
<br />
<br />
一方、盛り上がっているホクロやたとえ色があってもレーザーが反応しないような薄い色のホクロでは、CO2レーザーを使用します。<br />
<br />
この場合は局所麻酔が必要になりますし、ちょっとずつレーザーで削りながら、どこまで削るかを決めていきますので、時間がかかります。 また施術後の経過でも軟膏処置が必要ですし、患者様によるアフターケアも重要です。<br />
<br />
時間がかかり、より慎重さを必要とするこの治療の場合には、原則としてあらためてお越しいただき施術させていただく方針にしております。<br />
<br />
皆さまも一刻も早く治療を始めたいというお気持ちは重々承知しておりますが、まずは方針を決めるということがその後の経過を決める重大なことであるが故、しっかりとお時間を取らせていただいているわけなのです。<br />
<br />
なにとぞ、ご理解のほどをよろしくお願いいたします。 ]]>
        
    </content>
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    <title>私の複数個所に手術を行なう美容医療に対する考え方</title>
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    <published>2011-05-14T06:44:03Z</published>
    <updated>2011-05-14T07:26:34Z</updated>

    <summary>美容手術でその方の顔をほとんど全体的に変えるような内容が、しばしばテレビで特集さ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[美容手術でその方の顔をほとんど全体的に変えるような内容が、しばしばテレビで特集されたりします。<br />
<br />
私は、その様な手術を行なうことに対しての是非を問うという気持ちはありません。<br />
<br />
やはり、必要であると考えられる場合もあると思うからです。<br />
<br />
ただ、このような治療を行う際には、アフターケアとしてのカウンセリングは必要であろうと考えています。<br />
<br />
これはテレビでは見えない部分ですから、どのようなシステムでフォローされているのか、私もよくわかりません。<br />
<br />
その方が手術で自分の顔を変えたいと思われた切欠、動機についてですが、色々な理由があろうと思います。<br />
<br />
それほどの決意をされるわけですから、よほどのことだと思います。<br />
<br />
まあ、どのような理由があるにせよ、顔の複数個所を手術するなどの場合は、その術後の顔に対して当事者であるその方自身が術後経過を受容できるのかどうかも含めて心のケアをしていく必要があるでしょう。<br />
<br />
そう思う理由ですが、テレビでも術後の顔の具合は紹介されますが、そのときにはきれいなお化粧が施され、きれいな服をコーディネートされての紹介ですから、予想以上に映える結果になります。<br />
<br />
だから、出演したゲストからも驚きと称賛の声が上がります。<br />
そして「よかった、よかった、シャンシャン」で終わるとしたら、その後はどうなるのか、私はそういう事を考えてしまいます。<br />
<br />
その方が家に帰られて、お風呂から出られてふと鏡を見た時には、もうきれいな服もないし、お化粧も取れています。<br />
<br />
自らの意思によって手術で意図的に顔を変えたにしても、変化した自分の顔を受容できるかどうかということは、やはり時間のかかることではないかと思います。<br />
<br />
100％自分の思い通りだったとはいかない場合も、中にはあるのではないかと思うのです。<br />
<br />
比較的に早く心理状態が落ち着く人もおられるかもしれませんが、そうでない方もおられる可能性を考えてしまいます。<br />
<br />
又、顔自体の受容と共に、重要なのが周囲の変化に対応することです。<br />
<br />
そもそも、この世が自分ひとりだけならおそらく手術には踏み切らなかったでしょう。<br />
<br />
やっぱり、周囲の自分を見る目が気になったからでしょうし、ご自身でも周りと自分とを比較しての悩みがあったからこそ、決心されたと思うのです。<br />
<br />
まして、テレビで公開して変えたとなると、周囲の目には「美容手術をした」という新たなレッテルが加わるのです。<br />
<br />
その様な環境でこれから暮らしていかねばならないのです。<br />
<br />
私ならこちらの問題をカウンセリングでは重視しますね。<br />
<br />
顔の複数個所を手術するという場合は、アフターケアとしてのカウンセリングが必要であると思うのはこのような理由からです。<br />
<br />
私は、これは手術を施した医師が行なうべきことではないかと思っています。<br />
<br />
別のカウンセラーがされる場合も、チームとして行なうべきでしょう。<br />
<br />
そこまでケアをしてこそ、初めて治療といえるのではないかと思います。 ]]>
        
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    <title>イチロー選手のコメントから</title>
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    <published>2011-05-14T06:37:09Z</published>
    <updated>2011-05-14T06:42:35Z</updated>

    <summary>イチロー選手のコメントには、非常に共感できる部分があります。 というと、なんと偉...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[イチロー選手のコメントには、非常に共感できる部分があります。<br />
というと、なんと偉そうなと思われるかもしれませんが、そういう意味では全くありません。<br />
まあ、実績とかは度外視しての業種は違えど、プロとしての意識についての共感と思ってください。<br />
<br />
<br />
バットがボールに当たる瞬間で打てるかとうかが決まるわけじゃないんです。<br />
ピッチャーが投げている途中で、もう打っている。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<br />
<br />
イチロー そういえば、いままで診察のことについては一度も書いたことがなかったと思います。<br />
ニュアンスがなかなかうまく伝わらないかもしれませんが、できるだけ書いてみましょう。<br />
<br />
私も日頃の診療の中では、皆さんが考えておられるよりもかなり早くから、意識的に診察段階に入っています。<br />
<br />
こちらにお越しになった方はご存じでしょうが、私は待合室まで行ってお呼びするようにしています。<br />
<br />
実はその時の状況をちらっとでも見せていただくことからも所見を頂いているのです。<br />
具体的には書きませんが、そうなんです。<br />
<br />
特に初診の方ですと、情報がまだ何もないわけですので、貴重な情報なのです。<br />
それから診察室に入ってこられる時も、椅子に座られる時も同じです。<br />
すべてが情報を含んでいます。<br />
<br />
またホクロの治療に来られたとしますと、「このホクロを取ってほしい」といわれた時に瞬時にある程度のことは判断がすんでいます。<br />
多くの場合、私は口には出しませんがまず悪性かどうかをみます。<br />
<br />
それで問題ないと判断して次の段階に進みます。 次はどのような取り方が良いのかです。<br />
<br />
まあ、数秒である程度方法も狭めているのです。<br />
<br />
そして、あとはその方がどの程度通院できるのか、接客のお仕事か、ご予算は、ご結婚などなにか治るまでの時期に制限があるのか、などなどをお聞きしながら、方法を決めます。<br />
<br />
私は複数の手段があり得る場合もすべてお話しますので、ご一緒に考えるということになります。<br />
<br />
つまり、実際のホクロ治療を開始するまでに、このようなことを頭の中で細胞に汗をかかせているのです。<br />
<br />
もちろん、判断が難しい場合もあります。 その時はその時で、次の対応をいろいろ考えていくことになります。<br />
<br />
というわけで、イチロー選手のコメントが非常によくわかると書いた次第です。 ]]>
        
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    <title>他のクリニックにないもの</title>
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    <published>2011-05-07T05:30:14Z</published>
    <updated>2011-05-07T06:29:02Z</updated>

    <summary>いつも人と違うことをしたい。 人と同じ方向は見ない。 人が変わるなら僕は変わらな...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[いつも人と違うことをしたい。<br />
<br />
人と同じ方向は見ない。<br />
<br />
人が変わるなら僕は変わらない。<br />
<br />
人が変わらないなら、僕は変わる。<br />
<br />
<br />
イチロー<br />
<br />
<br />
私のクリニックを象徴しているような治療は何かというと、二つあると思っています。<br />
<br />
それはマイクロクリスタルピーリングとソフトレーザーです。<br />
<br />
まずマイクロクリスタルピーリングですが、細かい金属の粉を噴出させて角質を削るピーリングの一方法です。<br />
<br />
｢かさぶた｣にはなりませんし、出血もありません。すぐにお化粧ができます。<br />
<br />
実は、この機械はいまだ横浜には無いのです。<br />
<br />
使用している私自身、この機械は非常に有効と思っているのですが、どうも他のクリニックの先生は、現在はレーザー、光治療、高周波、超音波などを利用した医療器械に目が向いておられるようです。<br />
<br />
別に私としましては悲観することではなく、むしろ希少価値を利用できると思っています。<br />
<br />
ソフトレーザーは、私が以前は整形外科で星状神経節ブロックなどペインクリニックなどの処置をしていたということと、ツボなど経絡の勉強をしているために入りやすいレーザーなのですが、他のクリニックではあまり利用されていないようですね。<br />
<br />
検索しても他は歯科がヒットする程度でした。<br />
<br />
それから当クリニックの特徴としましては、2年前から行っている訪問診療もあります。<br />
<br />
訪問診療は、後期高齢者を主に診療する純粋な保険診療です。<br />
<br />
同時にデイサービスにも顔を出して、体操やったり、お話しています。<br />
<br />
この美容医療と訪問診療の組み合わせは、あまり類を見ないかと思っていますが、実は訪問診療は他にもやられている先生がおられます。 私は、私とおなじ横浜市で開業しておられます。<br />
<br />
その先生にはいつも敬意を表しており、同じ方向が見えておられる先生なのではないかと思っております。<br />
<br />
それから、これはまだ利用できるという状況ではありませんが、これからという分野として、「サプリメント・アドバイザー」のライセンス取得を行う予定です。<br />
<br />
もう勉強はしているのですが、年内に試験を受けに行く予定です。<br />
<br />
&nbsp;このサプリメント・アドバイザーの知識は、外来診療や訪問診療などにも活かしていこうと思っております。<br />
<br />
タイトルの「他のクリニックにないもの」ですが、一番はやっぱり「私」でしょうか。<br />
<br />
こんな奴は、あんまりというか他では見ないでしょうね、きっと。(^_^;)<br />
<br />
ちなみにイチロー選手のコメントですが、私の場合は<br />
<br />
<br />
よく人と違うことを考えてしまっている。<br />
<br />
人と同じ方向を見ても距離感が違うようだ。<br />
<br />
また、人も変わるし、僕も変わる。<br />
<br />
ただ、いつも違う方向を見ているようで、同じには変われないみたい。<br />
<br />
<br />
こんな奴です。(^_^;) ]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>自分の心に問いかける医療</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2011/05/post-3-84151.html" />
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    <published>2011-05-07T05:25:38Z</published>
    <updated>2011-05-07T05:29:36Z</updated>

    <summary>私は美容医療も扱っていますが、医療としては保険診療とおなじ考えです。 ただ世の中...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私は美容医療も扱っていますが、医療としては保険診療とおなじ考えです。<br />
<br />
ただ世の中では、必要不可欠な医療ではないと考えられる方もおられるでしょう。<br />
<br />
でも保険内診療の中でも、必要不可欠とは言えない治療もあります。<br />
<br />
大きな違いは、身体だけでなく心も含めた心身の問題が関係することと、社会的な、その人の環境から適応を考える必要があるということでしょうね。<br />
<br />
最近、美容医療について話をしていて、「美容医療のイメージってなんだろう」という事を考えました。<br />
<br />
分かりやすい例としては乗用車でしょうか。<br />
<br />
乗用車は所有することで好きな時に目的地に行くことができます。<br />
<br />
自分の希望がかなうわけです。<br />
<br />
公共的交通手段に乏しい場所でしたら、非常に重宝します。<br />
<br />
しかし、所有することで定期的に何かと出費があります。<br />
<br />
税金はかかるし、車両に対しても、燃料に対しても。 私には、美容医療の特徴も似ていると思います。<br />
<br />
車に例えた理由はまだあります。<br />
<br />
このような乗用車は、年齢的にも20歳以上で仕事にも余暇にも精力的に動き回れる時代に、多大な効果を発揮します。<br />
<br />
車でドライブに行ったり、遠距離の旅行に出かけることができるからです。<br />
<br />
つまり車にじゃんじゃん乗る時期があるのと同じで、美容医療にもその方にとっての旬な時期があると思います。<br />
<br />
しかし、実はその先にもう一皮剥けるというか、突き抜けるテーマがあると思います。<br />
<br />
やはり高齢者になってくれば、あんまり必要に迫られない限り車を運転するということはなくなってきます。<br />
<br />
むしろ、自分の足で歩くことの方が非常に重要になってきます。<br />
<br />
たとえ、遠いところに行くにしても、公共的交通手段を利用することで、心身に適度な刺激を与えることができます。<br />
<br />
このように、車を運転する時期から卒業する段階が来るのです、必ず。<br />
<br />
私は、美容医療も同じではないかと思っています。<br />
<br />
美容の範囲が拡大するといってもいいでしょう。<br />
<br />
顔のパーツやスタイルなどの局所的な問題から、健康維持または健康増進という心身をマクロに捉えて考えていくのです。<br />
<br />
こういう考え方も、クリニックで美容医療も行いながら、訪問診療やデイサービス訪問でご年配の皆さんとご一緒させていただいているという環境からつくられたのかもしれませんね。<br />
<br />
いずれにしても、「自分にとって良いと言える人生、死ぬ時に満足して死ねる人生」を自分で作るにはどうしたらいい？という問いに対しての、ひとつの提案に美容医療があるのだと思います。<br />
<br />
そういう意味では、「自分の心に問いかける医療」とも言えるでしょう。<br />
<br />
カッコつけすぎですかね。f^_^;<br />
<br />
しかし、自分に痛みや障害、異常があって治すという保険診療に対しては、こう言うしかないかと思っています。<br />
<br />
自分に必要と思うかどうかは、人それぞれの自由です。<br />
<br />
ちなみに、私が今考えているこの美容医療の方向性については、ホームページで「美容医療のその先」というタイトルでも、触れています。 ]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>顔のシワとたるみの葛藤</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2011/05/post-1-84132.html" />
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    <published>2011-05-07T01:49:32Z</published>
    <updated>2011-05-07T02:22:38Z</updated>

    <summary>葛藤：心の中に相反する動機・欲求・感情などが存在し、そのいずれを取るか迷うこと。...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[葛藤：心の中に相反する動機・欲求・感情などが存在し、そのいずれを取るか迷うこと。<br />
<br />
学会会場で展示される部門に書籍もあります。 医学書の専門書がたくさん置かれています。<br />
<br />
その中で、外国の先生が顔の筋肉、表情筋を鍛えることで顔の張りを取り戻し、リフトアップさせることができるということを書いていました。<br />
<br />
私は立ち読みだけしたのですが、この理論ではひとつ問題があります。<br />
<br />
それは、表情筋を鍛えるということからくるシワの増強です。<br />
<br />
まず、表情筋を鍛える方法ですが、当然重い物をもって鍛えるわけにはいきません。<br />
<br />
その本に書いてあった方法もいろいろな表情筋を鍛えるために、特定の表情をしっかりと行うことが書かれています。<br />
<br />
ということは、その筋肉が強くなるほど表情を作るわけだから、その表情筋が収縮することで起こるシワも折れ癖が強化されてしまい、さらにシワが増えることになるのです。<br />
<br />
つまり、表情筋を発達させることは、顔の皮膚を支え持ち上げることになるが、その一方で皮膚の折れ癖は逆に強くなる、<br />
<br />
つまりシワが目立つことになるのです。<br />
<br />
それで、文頭の言葉が思い浮かんだ次第です。<br />
<br />
シワとたるみ、どちらも女性にとっては気になるものですが、個人個人で悩みは違ってきますから、どうすれば良いかを、ご一緒に考えていくというのが私の仕事だと思っています。<br />
<br />
表情筋を鍛えるといっても、程々のレベルを想定すべきでしょう。<br />
<br />
それ以外の手段を併用する必要があると思います。<br />
<br />
栄養面を考えることです。<br />
<br />
やはり、何歳になってもタンパク質は生きていくためには不可欠です。<br />
<br />
その他にも、ビタミン、ミネラルのバランスはちゃんと考えるべきと思います。]]>
        <![CDATA[&nbsp;]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>併用療法についての考え方</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2011/05/post-83130.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2011:/blog//1575.83130</id>

    <published>2011-05-03T02:54:39Z</published>
    <updated>2011-05-03T03:36:01Z</updated>

    <summary> 	私は治療を行う際に、たとえば飲み薬、塗り薬、レーザーなど複数の治療が併用可能...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[<p>
	<span style="font-family: ms pgothic, osaka, sans-serif">私は治療を行う際に、たとえば飲み薬、塗り薬、レーザーなど複数の治療が併用可能であるという時には、まずは有力と思える手段をひとつ行うことにしています。<br />
	<br />
	確かに併用した方が効果があるという場合でも、です。<br />
	<br />
	まどろっこしいと思われるかもしれませんが、私の中では理由があります。<br />
	<br />
	複数の治療を同時にスタートさせてしまうと、効果が出てきた場合にどれが特に効いたのかわからないからです。<br />
	<br />
	また、副作用があったとしてもどれによるものかわからない場合もあるからです。<br />
	<br />
	そのため、併用するという予定であっても、スタートは一つひとつずつ段階的に増やしていきます。<br />
	<br />
	ただ可能性としては、一つひとつの効果は弱いが、併用することで効果が出るという「相乗効果」がある場合もあります。<br />
	<br />
	しかし、その場合でも単独療法のあと行うことで確認できます。<br />
	<br />
	よく症状を見ながら判断していくのですが、このように治療の経過的対応って案外難しい面もあるといえるのです。<br />
	<br />
	だからこそ、充分にご説明させていただく必要があるのです。<br />
	<br />
	最初から時間をかけていくのですから、ご理解が必須です。<br />
	<br />
	スタートは亀並みですが、ロケットスタートをして、効果に問題が出るというよりは良いのではないかと考えている次第です。</span></p>
]]>
        私は治療を行う際に、たとえば飲み薬、塗り薬、レーザーなど複数の治療が併用可能であるという時には、まずは有力と思える手段をひとつ行うことにしています。

 確かに併用した方が効果があるという場合でも、です。

 まどろっこしいと思われるかもしれませんが、私の中では理由があります。

 複数の治療を同時にスタートさせてしまうと、効果が出てきた場合にどれが特に効いたのかわからないからです。

 また、副作用があったとしてもどれによるものかわからない場合もあるからです。

 そのため、併用するという予定であっても、スタートは一つひとつずつ段階的に増やしていきます。 

ただ可能性としては、一つひとつの効果は弱いが、併用することで効果が出るという「相乗効果」がある場合もあります。

 しかし、その場合でも単独療法のあと行うことで確認できます。

 よく症状を見ながら判断していくのですが、このように治療の経過的対応って案外難しい面もあるといえるのです。 

だからこそ、充分にご説明させていただく必要があるのです。

 最初から時間をかけていくのですから、ご理解が必須です。

 スタートは亀並みですが、ロケットスタートをして、効果に問題が出るというよりは良いのではないかと考えている次第です。
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>医療に関する日記</title>
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    <published>2011-05-02T02:32:19Z</published>
    <updated>2011-05-07T02:36:04Z</updated>

    <summary>医療に関する日記をこちらに載せていきます。 この医療日記も含めて、全ての日記は「...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[医療に関する日記をこちらに載せていきます。<br />
<br />
この医療日記も含めて、全ての日記は「<a href="http://ameblo.jp/yokohama-fc-cli/">院長の独り言的日記</a>」に書いていきますので、そちらもご覧ください。]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2010.03.31  私的ブログ完成？しました</title>
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    <published>2010-03-31T02:08:51Z</published>
    <updated>2011-03-30T09:48:05Z</updated>

    <summary>以下に私的ブログを作りました。　 院長の独り言的ブログ 私も最近知ったのですが、...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[以下に私的ブログを作りました。　<br />
<br />
<a href="http://ameblo.jp/yokohama-fc-cli" target="_blank"><span style="text-decoration:underline;"><span style="font-size: 200%;">院長の独り言的ブログ</span></span></a><br />
<br />
私も最近知ったのですが、アメーバ・ブログはただで簡単に作れるのですね。<br />
<br />
これからは、コチラの日記も見ていただけたらと思います。<br />
<br />
この日記も情報等を追加していきたいと思います。<br />
<br />
よろしくお願いいたします。<br />
<br />
コチラの日記も、情報を載せる場としてこれからも使用します。<br />
<br />
m(_ _)m<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2010.03.26  私的ブログ作成中</title>
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    <published>2010-03-26T02:08:54Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:10:08Z</updated>

    <summary>どうも年度末は何かと雑用が多いですね。(-.-;) なかなか日記が更新できないで...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[どうも年度末は何かと雑用が多いですね。(-.-;)<br />
<br />
なかなか日記が更新できないでおります。<br />
<br />
誠に申しわけありません。<br />
<br />
それから、実は現在ブログを作成中です。<br />
<br />
またか、と言われそうですが、横浜FCクリニック形成外科のブログ以外のブログでの日記はそこに飛ぶようにさせようと考えております。<br />
<br />
それによって、効率よい日記の更新を行なうとともに、単なる日記ではなく画像など色々盛りだくさんのブログにすることで、医療以外での私についても順次ご紹介させていただければと考えております。<br />
<br />
今はようやく地鎮祭が済んだ？くらいの進捗状況ですので、もうしばらくお待ちください。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2010.02.26  さらに具体的には</title>
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    <published>2010-02-26T02:07:22Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:09:37Z</updated>

    <summary>脳に良い刺激を与えるにはどうしたらよいかということですが、いくつかの具体例例を書...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[脳に良い刺激を与えるにはどうしたらよいかということですが、いくつかの具体例例を書きます。<br />
<br />
１　知らないところに行く、つまり旅行です。<br />
<br />
旅行は脳の記憶に関係する海馬を刺激するそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
２　理屈、理論を知っていることでも、それを応用として使えば立派な刺激になります。<br />
<br />
これは簡単な計算や漢字の練習です。<br />
<br />
<br />
<br />
３　新しいことを学ぶ、チャレンジする。これは説明不要でしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
４　読書も良い刺激になります。<br />
<br />
日本語は脳にとっては良い刺激になります。日本語は漢字、ひらがな、カタカナ、横文字など色々な種類がありますから、脳も使う範囲が広くなります。<br />
<br />
<br />
<br />
５　他人とよく話をする。<br />
<br />
特に、自分の苦手な人との会話は良く効きますよ。<br />
<br />
アドリブで話をするようになれば、かなり良いと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
６　もう一つ重要なことは、脳だけでなく体も鍛えること。<br />
<br />
やはり「心身」は二つで一つです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2010.02.19  脳に良い刺激を与えるためには</title>
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    <published>2010-02-19T02:07:21Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:09:15Z</updated>

    <summary>私が考えているボケ予防として大切なのは、 １　いろいろなことへの好奇心をなくさな...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私が考えているボケ予防として大切なのは、<br />
<br />
１　いろいろなことへの好奇心をなくさないこと<br />
<br />
２　なんでも楽しめること<br />
<br />
３　自分の中のもう一人の眼を感じること<br />
<br />
この三つはほとんど「絶対に」と言っていいくらい、欠かせない要素と思います。<br />
<br />
１について<br />
<br />
デーサービスに来られてみんなと話をするのが好きな方というのは活き活きされています。 会話に限らず、自分の知らないことをいろいろ教えてもらいたいというくらいのモチベーションがある方は、脳の働きがいやでも活発になります。<br />
<br />
逆に、ご家族の方が仕事に出られたあと家の中でお一人で暮らされているという方は、まず話をするということがなくなります。 すると、すぐに脳は楽をしようとします。<br />
<br />
この状況は、すぐにとは言いませんが、かなり認知症になっていく道の入り口にいますね。 だから、そういう家から出ることが億劫な方でも、なかば強制的にでも外に出て、家族以外の他人と話をするということは、脳にとっても非常に大切なことだと思います。<br />
<br />
2の｢なんでも楽しめること｣は、日常では逆パターンをみる方が多いですね。 多くの方が、体操をしているときでも、なんか口をへの字にして、楽しそうじゃないのです。<br />
<br />
１の要素からみれば、強制的であっても脳には刺激になりますから、効果はあるのですが、できれば楽しくやった方がさらに効果がアップします。 「楽しい」という感情が免疫力をアップさせるということも報告されているくらいです。 健康にもいいんですから。<br />
<br />
それから、笑う筋肉を使うことで、たとえその時におかしくなくてもだんだんおかしい気持ちになってくるということも報告されています。 これは脳が理由付けをするからだと考えられています。「今、笑う筋肉を使っているということは、笑う理由があるからだ。だからおかしいはずだ」となるのでしょうね。<br />
<br />
「つらい時に、無理矢理でも笑う」といいというのは、実は利にかなっているのです。<br />
<br />
３の「自分の中のもう一人の眼を感じること」です。<br />
<br />
認知症っぽい人の方が、「自分はぼけていない」という事を強調します。 たとえ自分の行動がおかしくても、必ず正当化するような理屈を言います。<br />
<br />
むしろ、逆に「俺はボケてきたかな？」という疑問を持つくらいの方のほうが、客観的に自分を見つめることができているように思います。 そういう方なら、もしも心配ならそれなりに対応していくことができますから、事前の対応ができるということになります。<br />
<br />
やはり、自らが自覚するしかないと思いますよ。 そういう意識には、知能も学力も学歴も関係しません。<br />
<br />
そういう意味での「自分をちょっと引いて見つめる第三の眼」です。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2010.02.04  なんとなくこだわりが</title>
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    <published>2010-02-04T02:07:52Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:08:42Z</updated>

    <summary>デイサービスに顔を出していて、いつも気をつけていることがあります。 それは、言葉...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[デイサービスに顔を出していて、いつも気をつけていることがあります。<br />
<br />
それは、言葉遣いなんです。<br />
<br />
自分が気にしすぎているのかもしれませんが、私が好きじゃない表現はしないようにしています。<br />
<br />
例えば、「老人」「年寄り」という言葉はできるだけ使わないようにしています。<br />
<br />
なんか、言葉に冷たさも感じてしまうのです。 強いて言えば、「ご老人」や「お年寄り」を使いますけど、それでもできるだけ使わないようにします。<br />
<br />
それから、「もう年なんだから～」は絶対と言っていいくらい使いません。<br />
<br />
私の中では、この言葉はアウトです。<br />
<br />
じゃあ、なんて呼べばよいのか、ってこれはもう答えはないのですが、今のところ、「ご年配の方」、「ご年配の皆様」を使用しています。<br />
<br />
「ご年配」って、非常にアバウトでしょう。<br />
<br />
私自身、幼稚園児からみれば「ご年配」ですよ。(-.-;)<br />
<br />
だから、かえって使いやすいんです。<br />
<br />
それから、「おじいちゃん」「おばあちゃん」も使いません。<br />
<br />
この言葉は、お孫さんやひ孫さんがつかうものです。<br />
<br />
個人的にお呼びすることが必要なときは、ちゃんと名前でお呼びしますね。<br />
<br />
認知症気味の方には、全くわかっておられない方もおられますが、まあ、こちら側のある意味、勝手な気配りなんですけどね。 (^_^;)<br />
<br />
あとは、得意のジャパニーズ･スマイルです。<br />
<br />
つられて笑ってくれれば、嬉しくなります。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2010.01.20  末吉</title>
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    <published>2010-01-20T02:07:15Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:08:09Z</updated>

    <summary>今年も1月2日に地元の神社に子供たちとお参りをして、恒例のおみくじを引きました。...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今年も1月2日に地元の神社に子供たちとお参りをして、恒例のおみくじを引きました。<br />
<br />
今年は「末吉」でした。<br />
<br />
末吉ってなんか、大吉や小吉とくらべても非常に現実的ですよね。<br />
<br />
「今は良くないけど、精進していれば良い事があるよ」って まさに玉虫色のお言葉です。f^_^;<br />
<br />
まあ、いいんです。ある意味でお遊び、シャレと思っていますから。<br />
<br />
だいたい、神様に要求するなんておこがましいんです。<br />
<br />
結局「今活きているありがたさ」を感じていないから、要求してしまうんですね。<br />
<br />
まずは、感謝です。 「ありがとうございます」で気に障る神様はいないでしょう。<br />
<br />
対人間では、さらに「お互い様」を追加しましょう。<br />
<br />
今の社会では、かなり希薄な言葉です。<br />
<br />
バンバン使って濃度を上げましょう。<br />
<br />
閑話休題<br />
<br />
岡山の方で今もある「黒住教」の教祖、黒住宗忠という方は、いつもお祈りのときには、神様のお体を気遣う事を言われたと本で読みました。<br />
<br />
私もお祈りをするなら、かくあるべきと思っています。<br />
<br />
この方が歌われた「何事も有難いにて世に住めば、向かう物事有難いなり」はなるほどと思いますね。<br />
<br />
望みを神様にお願いして、自分もそうなるように精進するという場合は、あまり強く思いすぎると結局は現実の否定になってしまいますから、注意が必要ですね。<br />
<br />
2年前にアニメ「ケロロ軍曹」で、主人公たちがおみくじを引いたときに「微凶」と言うのがでてくるというストーリーがあったと記憶しています。<br />
<br />
なんか微妙な面白さを感じました。<br />
<br />
だったら、「微吉」くらいはあっても良いと思いますね。<br />
<br />
私がおみくじ作るんなら、ふんだんに作っちゃいますけど。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2010.01.15  脳の本</title>
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    <published>2010-01-15T02:07:13Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:07:37Z</updated>

    <summary>今は脳に関する本が多いですね。 まあ、著者も同じ方だったりしますから、色々見てい...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今は脳に関する本が多いですね。<br />
<br />
まあ、著者も同じ方だったりしますから、色々見ていると今の傾向がわかります。<br />
<br />
昔、ブッダが弟子の一人から「あの世はあるのでしょうか？」と聞かれて、「そんなことは考えるな。今目の前のことをせよ」と応じたと聞きます。<br />
<br />
その「あの世」のことをふんだんに取り入れていったのがいわゆる宗教です。<br />
<br />
昔は、そういうことをある意味本気で考えているのは宗教しかなかったから、宗教に多くの人が進んでいきました。<br />
<br />
今の人たちでは、そういう方面に向かうことに抵抗を感じる方々が多いと思います。<br />
<br />
しかし、やっぱり気にはなるんですね。 死後のこととか、あの世とか、魂とか。<br />
<br />
だから数年前は、スピリチュアルに関する本がたくさん売れました。<br />
<br />
ただ、今も売れていると思いますが、数年前よりはブームではないようです。<br />
<br />
テレビ番組でその様な主旨の番組を扱うことがほとんどなくなりましたから。<br />
<br />
<br />
<br />
今の脳関連の本が売れているということは、その様な経過と関係しているんじゃないかって思うんです。<br />
<br />
精神的な世界に惹かれていった人たちのうち、何割かの人たちが今の脳研究書のブームを作ったのではないでしょうか。<br />
<br />
「見えないもの」を信じる、頼る、すがるということに結局抵抗を感じた人たち、理解できない人たちにとってわかりやすいもの、つまり実際に脳の中にある「意識」に関心が移ったのでしょう。<br />
<br />
なんといっても「脳」という物質対象が存在しますから、わかりやすいといえばわかりやすいのかもしれません。<br />
<br />
無論、専門的なことはわからなくとも、だいたいこうなっているということがわかるだけでも安心になるのでしょうね。<br />
<br />
<br />
<br />
ところで、私の脳の中(あくまでも意識ということで解剖学的にという意味ではありませんが)はどうなんだろうなと考えてみました。<br />
<br />
自分なりに結構トリビア的なことは治まっていると思うのですが、多分というか間違いなくぐちゃぐちゃな部屋のようでしょうね。<br />
<br />
いろんな情報が混在している。全く整理できていない。<br />
<br />
実際は見ることはできませんが、もし見ることができたとしてもゴミ屋敷だったら嫌だから見るのは止めておきます。<br />
<br />
(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2010.01.13  脚下をみよ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2010/01/20100113-65612.html" />
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    <published>2010-01-13T02:05:45Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:07:00Z</updated>

    <summary>今日は、本の紹介です。 身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価 （ ガボ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今日は、本の紹介です。<br />
<br />
身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価<br />
<br />
（ ガボール・マテ著、伊藤 はるみ訳、 日本教文社、2005）<br />
<br />
著者は、カナダの開業医です。<br />
<br />
色々な症例を書いて、人間の心の動きが影響する病気について書いてあります。<br />
<br />
巷には「前向き思考」を絶賛する本が氾濫しています。<br />
<br />
私も仕事から多くの方とお会いしますが、一見ポジティブなような方でも、それは見せかけだけという場合も時々あるように感じます。<br />
<br />
そう感じる場合というのは、その方が前を向く、プラス思考にされているのが、「今の苦しみ」からの逃避になっている場合です。<br />
<br />
「自分がこういう状況であることは耐えられない」という気持ちを心に抱いてポジティブな行動をしようとしていると、一見がむしゃらに頑張っているようで、良いように見えますが、「今」に対する不満が出発点ですから、ゴールが実際のところ無いんですね。<br />
<br />
まるで夏の高速道路で見ることのある「逃げ水」のようです。 いつまでも、ゴールは前方にしかないのです。<br />
<br />
これでは、問題は解決しません。<br />
<br />
そこで、むしろ自分のネガティブな部分を見つめること、直視することが、治癒の道になると著者は書いています。<br />
<br />
タイトルは、人からいい人と思われたいばっかりに、「ノー」と言えない人たちがある種の身体的な病気になっているということを意味しています。<br />
<br />
負のストレスは、自分で認めて断ち切るしかないという事です。<br />
<br />
今の自分の性格がどうだということはどうでもいいんです。 それをまとめて認めて、そこからのスタートをすればいいということです。<br />
<br />
症例の中には、難病になった後、自分の性格を見つめなおして改善に向かったという方もおられます。<br />
<br />
病気になったって、それが絶対的な不幸かどうかはわからないと思います。勿論、病気にもよりますが。<br />
<br />
軽い病気であれば、それを体調のバロメーターにすることができます。 私は疲れると扁桃腺が腫れやすいので、のどが痛くなったら早めに寝るように心がけています。<br />
<br />
いわば「無病息災」ではなく「一病息災」です。<br />
<br />
禅では「脚下をみよ」と言います。<br />
<br />
今の自分の状況、おかれた立場などをちゃんと見つめろという意味です。<br />
<br />
まあ、足元を見ておかないと、躓きますからね。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2010.01.06  今を活きる</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2010/01/20100106-65611.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2010:/blog//1575.65611</id>

    <published>2010-01-06T02:04:52Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:06:36Z</updated>

    <summary>現在、週に一回ですが整形外科としての訪問診療を行っています。 同じ日にデイケアサ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[現在、週に一回ですが整形外科としての訪問診療を行っています。<br />
<br />
同じ日にデイケアサービスで施設に来られているご年配の方たちと簡単な体操をしたり、話をする時間を作っています。<br />
<br />
その時に、いつも同じ話をされる方がおられるのです。さらに言うと、私といる1時間ほどの間に3回くらいその同じ話を私にされます。つまり10分位したら、もう話をしたことを忘れているのですね。ある意味で「リピーター」なのです。(^_^;)<br />
<br />
「先生、はだしというのは健康にいいんでしょうか？」と聞かれるので、私はいつも「いいですよ」と言います。<br />
<br />
するとその後に、その方の生まれ育った所のことと、学校ではよく歩かされたこと、はだしで運動場を走らされたことを必ず言います。<br />
<br />
その方はいつも目を輝かせるように聞かれるので、私もちゃんと話を聞くようにしています。<br />
<br />
<br />
<br />
このことから思ったことがあります。<br />
<br />
人間は若い頃、仕事や家事に追われている頃は「時間との戦い」と言えるかもしれません。<br />
<br />
学校や会社では、試験や行事、面会など全てが時間で区切られており、時間が急かすように人を後ろから押しているようです。<br />
<br />
しかし、もうご年配の方たちには、その様なことがありません。<br />
<br />
とりあえず週に何回かはデイサービスを受けられるという程度でしょう。<br />
<br />
もう急く事がないということは、「今、この瞬間を生きる」ことで十分になります。<br />
<br />
私たちの精神面でのある意味で目標にしている状態になっちゃっているのです。<br />
<br />
「今を生きる」ことで周りから感じる「苦」を感じなくてすむようになるんです。<br />
<br />
勿論、周りの人にとっては大変な状況もあると思います。その方の分まで苦労することにもつながってしまうかもしれません。<br />
<br />
しかし私はいつも<br />
<br />
「子供叱るな、来た道じゃ　　年寄り笑うな、行く道じゃ」<br />
<br />
という言葉を元にして、私とご一緒するご縁のできたご年配の方たちの生活を少しでも「活きる」にしてあげたいと感じています。<br />
<br />
まあ、ご年配の方たちから観れば、私の気持ちすらも私の勝手であるかもしれませんが、それで別に構わないんです。<br />
<br />
ホント、学ぶことは多いのですよ。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2010.01.04  この年末年始の道中記</title>
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    <published>2010-01-04T02:04:51Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:06:06Z</updated>

    <summary>あけましておめでとうございます。m(_ _)m 今年も年末から昨日まで帰省してお...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[あけましておめでとうございます。m(_ _)m<br />
<br />
今年も年末から昨日まで帰省しておりました。<br />
<br />
まずは30日の夜に走って神戸まで。<br />
<br />
今回は、昨年の「何処まで走っても1000円」のときよりは車が少なかったですね。 それでも、夜中にパーキングに止めてある車の数は多いですけど。<br />
<br />
今年は、神戸では話題になっているらしい長田の「鉄人28号」を見に行きました。<br />
<br />
実物はかなりでかいです。 原作者の横山光輝氏が神戸出身だからできた企画らしいです。 長田周辺は私の出身高校があるのですが、もうまったく変わっているので、さっぱりと言っていいくらいわかりません。<br />
<br />
神戸を離れてから34年経ちます。その間に震災もありましたし、その後地下鉄も張り巡らされましたから、もう私にとっては神戸は生まれ故郷といっても別の街ですね。<br />
<br />
神戸からは妻の実家がある岡山県笠岡市へ走りました。<br />
<br />
こちらはいつもと変わらない生活ですが、毎年感じることですが義母さんには少しずつ年齢を感じてしまいます。<br />
<br />
そちらで二泊して1月2日の朝8時45分に、出発して横浜にかえって来ました。 いつもに比べ、今回は関西を抜けるまでかなり時間がかかりました。<br />
<br />
例の「1000円の日」だからでしょうけど。(-.-;)<br />
<br />
結局、横浜のマンションに着いたのは午前0時を過ぎていました。 単純にいえば15時間くらいかかったことになります。<br />
<br />
それでも、料金が3300円だったかな、平常の昼間走れば15,000円近くかかりますから12000円くらいは浮いたことになります。<br />
<br />
これは非常にありがたいです。<br />
<br />
それに、パーキングもずっと混んでいましたから、薄利多売でも景気にはよかったのかもしれませんね。<br />
<br />
まあ、このくらいではなんともならないくらいの景気低迷ともいえますが。 そういえば、今回は長男の自家用車運転デビューでした。<br />
<br />
彼曰く、教習所に比べ車がでかいとのことで、ちょっと苦労していました。<br />
<br />
それにしても、私が助手席に乗るのは何年ぶりでしょうか、妻の頃いらいですから8年ぶりですか。<br />
<br />
まあ、これからは助けてもらいましょう。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2009.12.28  私が本を好きなわけ</title>
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    <published>2009-12-28T02:04:00Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:05:12Z</updated>

    <summary>「何のために本を読むのか？」という問いを自分なりに出したことがあります。 それに...</summary>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「何のために本を読むのか？」という問いを自分なりに出したことがあります。<br />
<br />
それに対しての私の今の答えの一つが、「自分の人生経験を見直し、そこから学べることを認識するための一つの道しるべにするため」です。<br />
<br />
世の中に書籍と呼ばれるものは、「星の数ほど」と言っていいくらいの種類があります。<br />
<br />
その中から自分が選んでいる本は、たいていの場合「自分の好み」によってセレクトされているはずです。ここでは、とりあえず学校の教科書や参考書は除外しますね。(^_^;)<br />
<br />
ある本を読んで理解できるということは、その本の内容の道筋がすでに脳の中にインプットされていたことになります。<br />
<br />
どのようにインプットしてあったかというと、自分の経験から想像したり、当てはめているからです。 ここでいう「経験」は、「他の本を読んだら、同じ様なことが書いてあった」という経験も含んでいます。 他の人から聞いたということもあるでしょう。<br />
<br />
ただ、この「読んだ」「聞いた」という段階では、まだその内容を自分のものにはしていません。まだダウンロードしただけなんです。<br />
<br />
それを実行させる、応用させるにはインストールさせる過程が必要です。<br />
<br />
それは、「自分の中での消化、吸収」です。<br />
<br />
そういえば、食べ物って「食い合わせが悪い」とか「消化の悪い」物もありますよね。<br />
<br />
一度、食べて下痢すれば、そこからも教訓を学べるように、自分が読んだ本の中でも、自分の評価としてはかなり低い本もあるでしょうけど、自分の評価としてはたとえ低い本であっても、何かそこから学べることはあるということです。<br />
<br />
そして、その様な学びを自分の人生に当てはめて、さらに強固な学びにできるのですね。<br />
<br />
自分の生き方を、さらにはっきりとさせることも可能です。<br />
<br />
私の出身高校の大先輩、淀川長治さんは映画をご自身の道しるべにされたんですが、私もスケールはごくごく小さいですが、本も映画も道しるべにさせてもらっています。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2009.12.26  マイ・マニュ</title>
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    <published>2009-12-26T02:04:03Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:04:43Z</updated>

    <summary>今年は、自民党から民主党の政治になって、なんだかんだとありながら変革に向かってい...</summary>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今年は、自民党から民主党の政治になって、なんだかんだとありながら変革に向かっていこうという意志は感じます。<br />
<br />
中には、むしろ逆行しているんじゃないの？という輩の政治家もいる様に感じますが。<br />
<br />
(-.-;)<br />
<br />
お金が足りないというのなら、まだまだ削減できることがあります。<br />
<br />
政治家の人数です。規定の議員数をもっと減らすことです。<br />
<br />
それから議員の給与も固定じゃなく、変動性にすればいい。 円相場にするのか、株価にするかは決めていませんが、その時の日本の景気に左右させれば良いのです。<br />
<br />
官僚も同じです。ただし、官僚は幹部クラス以上ということにします。<br />
<br />
そうすれば、もっと真剣に景気について考えるんじゃないかな。<br />
<br />
給料が固定だから、庶民の暮らしがわからない。<br />
<br />
大蔵省の大臣が、その時の野菜の値段を知らない。<br />
<br />
そもそも国民のために選ばれた方々なんですから、給料もその時の社会人の相場でよろしいんじゃないですかね。<br />
<br />
選挙に立候補すると、それだけでお金がいるようですが、その様なお金も安くするんです。 「選挙にお金がかかる」というシステムは変えることが必要です。<br />
<br />
新幹線のグリーン車にタダで乗せる必要は無いと思います。 自由席で皆さんとできれば話をしたって良いんです。 まあ、これはいろんな意味で恐いでしょうけど。<br />
<br />
もう権力と金をほしがる政治家はもう要らないですよ。<br />
<br />
沖縄問題は、いっそのこと沖縄県の県民投票をしたらどうでしょうか。<br />
<br />
その結果を基にして進めれば、文句は出ないでしょう。<br />
<br />
こんなことは誰でも考えるでしょうけど、政治家たちは自分に都合の悪い結果になることは恐れてるんでしょうね。<br />
<br />
私自身は政治家には向いていませんから、好き勝手なことを言っています。 f^_^;<br />
<br />
今日のメッセージ<br />
<br />
今の世の中、自分及び自分の身近な人間の利権ばかりを主張しまくる人が増えているようでなりません。<br />
<br />
なんなら、もっと「自分」をでっかくしてみませんか。 少しずつでいいから「相手」も「自分」と同じ様に考えてみるんです。<br />
<br />
何も地球並みの大きさにまでしなくても構いませんけど。<br />
<br />
そこまで行けば、みんなマザー・テレサになれますけどね。 いまならCGで可能ですか、って問題ではありません。<br />
<br />
(^_^;) アバター観たい！<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.12.25  所詮、先のことは誰もわからない</title>
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    <published>2009-12-25T02:03:10Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:04:20Z</updated>

    <summary>中学生のお子さんがおられる方とお話する機会がありました。 そのお子さんは高校受験...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[中学生のお子さんがおられる方とお話する機会がありました。<br />
<br />
そのお子さんは高校受験される予定なのですが、今からかなりプレッシャーになっているそうです。<br />
<br />
親としては、どう声をかけるといいかという話になりましたが、私が自分の子供に対して取ってきた対応を話しました。<br />
<br />
まだ中学生なんだからまだまだ先は長いし、この先人生どう転ぶかはわからないのだから、受かろうが落ちようが、行くべきことになった学校が自分にとっての最善の道だと思うことでいいんじゃないかって考えです。<br />
<br />
ちょうどプロ野球のドラフトも思い浮かべてしまいました。<br />
<br />
自分が行きたい球団に入れれば逸れはそれでいいと思いますが、たとえそうじゃない球団だったとしても、例えば弱いチームであるなどの事情で、登板回数が案外多くなって試合慣れして結構良い成績になっていくかもしれません。<br />
<br />
逆に希望の球団に入っても、すでに選手が多いポジションであれば、出場回数が少なくて落胆するかもしれません。<br />
<br />
何がどう転ぶかなんてわからんのですね。<br />
<br />
だから本当は今の状況を楽しむことができればいいのですが。<br />
<br />
まあ、中学生にはそこまでは難しいかもしれませんね。<br />
<br />
そう考えていくと、楽天のマー君はドラフト前にすごい発言をしました。<br />
<br />
どこでもいいから自分を選んでくれた球団で頑張ると言ったのですから。<br />
<br />
そういえば、今年の目玉だった高校生もそうだったですね。<br />
<br />
だから、基本的にはあんまり受験についてもプレッシャーを与えないように、接すればよいのだと思います。<br />
<br />
あとはその子自身のキャラもありますし。<br />
<br />
極度に楽観主義でもね～。<br />
<br />
そういう場合は一寸はプレッシャーを与えた方が良いでしょうし、その辺は臨機応変にすることになるでしょう。<br />
<br />
中学生にとって高校受験は、これからの人生についても一寸考えることができる良い機会と思うこともできますね。<br />
<br />
勿論、その子だけでなく親も、という意味もあります。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.12.17  今からやるべきこと</title>
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    <published>2009-12-17T02:01:53Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:03:51Z</updated>

    <summary>先日、たまたま本屋に行きましたら、店頭にタイトルは忘れましたが臨終の間際に多くの...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[先日、たまたま本屋に行きましたら、店頭にタイトルは忘れましたが臨終の間際に多くの方が言われたという後悔というか反省のような言葉を25に分けて書いてあるという本がありました。<br />
<br />
著者の方は終末医療を行っておられる先生です。<br />
<br />
チラッと目次で見たところ、「もっと周りの人にやさしくすれば良かった」や自分が自己中心的であったことなどの反省タイプや「もっとおいしいものを食べておけばよかった」という具体的な後悔、「家族にもっと感謝の気持ちを伝えたかった」というニュアンスのものまで色々有ります。<br />
<br />
所で、この本を読んだ時に学ぶことってなんでしょうか。<br />
<br />
私は「死ぬ時にこういう後悔をすることにならないように、自分の行いを見直ししてゆけ」という意味なのかと解釈しました。<br />
<br />
結構売れているように書いてありましたが、自分ならどうかというと、もしも40代のころだったら買ったかもしれないという感じです。<br />
<br />
今は買う予定はありません。<br />
<br />
<br />
<br />
結局のところ、後悔するかどうかなんて、その人の性格も影響するでしょうし、その人の人生にもよるでしょう。<br />
<br />
神経質な方であれば、どんなに品行方正な人生を送ったって、恐らく反省するでしょうね。<br />
<br />
では、反省したらどうなるかというと、それで天国にいけるのかどうかはわかりませんし、魂の浄化になるかどうかも私にはわかりません。<br />
<br />
これはこれで話が非常に長くなるので省略します。<br />
<br />
<br />
<br />
恐らくですが、私は人生についての反省はそれほどしないと思っています。<br />
<br />
基本的には反省や後悔したって、それで改善はしないからです。<br />
<br />
勿論、今後の人生のための修正という意味での反省はするべきと思います。<br />
<br />
勿論「感謝」はします。<br />
<br />
これは間違いないというくらいですね。<br />
<br />
でも、死ぬ間際にならなくても、今からしておけばよいことなので、今から感謝しています。<br />
<br />
あっ、この本はそういう意味なのでしょうか。<br />
<br />
後悔ではなく感謝というのなら、わかります。<br />
<br />
<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.12.12  脳の体操</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/12/20091212-65604.html" />
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    <published>2009-12-12T02:01:51Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:03:27Z</updated>

    <summary>脳の中に入ってきた情報を記憶する時に振り分ける作業を行なうのが「海馬」というとこ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[脳の中に入ってきた情報を記憶する時に振り分ける作業を行なうのが「海馬」というところです。<br />
<br />
この海馬の細胞は、新しい情報が入ってきたときに一瞬でも迷うのでしょうね。<br />
<br />
それから、今までの自分の記憶に近いものにあわせて記憶させていきます。<br />
<br />
この刺激が海馬の細胞にとって良いだけでなく、脳全体への良い刺激にもなるようで、これがボケ予防にもつながってきます。<br />
<br />
脳研究者のある本では旅行が良いと書いてありました。<br />
<br />
日ごろ見ることのない景色が、脳にとって良い刺激になるのだそうです。<br />
<br />
私は、ほとんど旅行はしませんが、自分では今の生活環境でもかなり脳への刺激はあると思っています。<br />
<br />
私の場合は、いろんな人と会うことが多いことです。 これも恐らく脳にとってはかなりの刺激になると思います。<br />
<br />
だからご高齢の方でも、あまり一人で家にいる時間を増やすのではなく、できれば外に出て他の人と話をすることが良いのではないかと思っています。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.12.10  伝え方について</title>
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    <published>2009-12-10T02:02:23Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:03:04Z</updated>

    <summary>今では、ガンが見つかった場合でも、「ガン告知」としてご本人にも伝えることを基本的...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今では、ガンが見つかった場合でも、「ガン告知」としてご本人にも伝えることを基本的に考えられるようですが、ガン告知とは違った伝え方もあるのです。<br />
<br />
これは私が卒業してすぐに入局した整形外科の先生から教えていただいたことです。<br />
<br />
その先生は脊椎外科をご専門にされていましたので、四肢麻痺や半身麻痺の方をたくさん診ておられました。<br />
<br />
私が一番印象に残っていることは、背骨の骨折などでもう神経が切れていしまい、そのために例えばもう両足が動かなくなるという患者様が搬送されてこられた場合のことです。<br />
<br />
先生は、すぐにご本人に「もう両足は動きません」などのことは話をされないのです。<br />
<br />
まずは背骨の治療に専念する旨を説明され、骨折の治療を進めます。<br />
<br />
そして背骨の骨折部が落ち着いてきた時にも、たとえ麻痺があっても「もう戻らない」ということを言うのはまだ控えます。<br />
<br />
リハビリも進んでいく段階でも、ご本人がある程度自分の置かれた状況についてわかってくる時まで待つのです。<br />
<br />
むしろ、ご本人に雰囲気から感じてもらうというニュアンスですね。<br />
<br />
はっきりしないといわれればそれまでですが、私が聞く立場であったとしたら、頭からどーんと明言されるよりは、こちらのほうが良いと思います。<br />
<br />
外国人の方にはわかりにくいかもしれませんが、日本人お得意の「空気」を利用するのです。<br />
<br />
「すぐには明言しない」ということと「告知のタイミングを待つ」ということが重要なのです。<br />
<br />
手足が動かないというは、ガンと違い直接生命の危険があるという状況ではありません。<br />
<br />
むしろ、それから先が長くなるのです。<br />
<br />
だからこそ、ご本人に「聞く準備」が必要と思っています。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.12.09  物は言い様</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/12/20091209-65602.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65602</id>

    <published>2009-12-09T02:01:49Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:02:42Z</updated>

    <summary>まさに「物は言い様」ということを実感させるようなことを聞きました。 あるケアマネ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[まさに「物は言い様」ということを実感させるようなことを聞きました。<br />
<br />
あるケアマネージャーさんからお聞きしたのですが、現在認知症で治療されている高齢男性のご家族の方とご一緒に、今後のことや生活における何かアドバイスを聞きに、主治医である精神科の先生とお会いしたそうです。<br />
<br />
その時にその先生が、「これ以上よくなることはありません」、「薬を飲んでも治りません」とあっさりと、かつはっきりと言われたそうです。<br />
<br />
そのケアマネージャーさんも驚いていましたが、私も驚きました。<br />
<br />
どうも私とは考えの違う先生のようです。<br />
<br />
私は、もう改善は難しい方であっても、そのご家族の方はお世話など大変なご苦労があるのです。ですから、「ご家族の皆さんも、本当に大変なことと思います」という言葉は自然に出てしまいます。<br />
<br />
それから「もう良くなることはありません」と断言することは控えます。<br />
<br />
「よくなるとは簡単にいえるような状況ではありませんが、それでも周りの人が呼びかけたり語りかけたりして、ほんの少しであろうがその方の意識を呼び覚ますような状態にすることが全くできないとも思えないのです。大変であることも承知しておりますが、なんとかよろしくお願いします」という内容になってしまうと思います。<br />
<br />
上記の言い方は、私には別に考えることも無く、すっと出てしまう言葉なんです。<br />
<br />
確かに「微妙」かもしれないとは私も思います。<br />
<br />
「だからどうした。その方の認知症には影響ないではないか」といわれれば、強く反論はできない話です。<br />
<br />
しかし、わざわざお越しいただいているのですから、白黒をはっきりとしてしまいかつ将来の希望まで取ってしまうような発言はすべきではないと思います。<br />
<br />
直接の診療には影響の無いことだといわれればそれまでですが、私にはとても大切なことに思えてならないのです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.12.05  皮膚の縫合について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/12/20091205-65601.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65601</id>

    <published>2009-12-05T01:59:19Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:02:15Z</updated>

    <summary>最近、皮膚の接着に接着剤を使用することがあるのかというご質問がありましたが、そこ...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[最近、皮膚の接着に接着剤を使用することがあるのかというご質問がありましたが、そこでも書きましたが私は接着剤等は使用したことがありません。針糸で縫合することをずっと行なってきました。<br />
<br />
あくまでも、個人的な好みの問題として縫合することを行なっていると書きましたが、私の中での「何故縫合を行なうのか」という問いに対しての自答を書きます。<br />
<br />
まず、皮膚を縫う場合は、皮膚表面だけの問題ではなく、必ず谷底に面する絶壁のように創面があるということを考えます。<br />
<br />
二次元な修復ではなく三次元的な修復ということです。<br />
<br />
この絶壁に相当する面を合わせないと、あとで傷痕に段差ができてしまいます。<br />
<br />
この絶壁の面を合わせるために、中縫いという埋没縫合を行ないます。<br />
<br />
深い層であれば、筋肉も合わせなければいけませんし、脂肪層も浅層と深層の二層ありますから、これもあわせなければなりません。<br />
<br />
真皮層をあわせてようやく表皮と真皮浅層を縫合します。<br />
<br />
もしもですが、私がイメージしている接着剤による創閉鎖では、この絶壁に相当する創面を合わせるのが難しいのではないかと思っています。<br />
<br />
例えば皮膚腫瘍などを切除して、そのあとを縫合するという場合には、腫瘍の大きさ分だけその創面はかけ離れていたことになりますから、 あわせようとしてもそれぞれの層の比率が少しずつ違うこともあります。<br />
<br />
その場合に針糸で埋没縫合を行なう場合は、その面を観察して臨機応変に調節ができますが、接着剤を使用する場合は、どうしても誤差を修正しずらいのではないかというように思います。<br />
<br />
創の中の縫合は行い、皮膚の縫合のみ接着剤という場合もあるかもしれません。<br />
<br />
どちらにしても、皮膚を針糸で縫合する方が部分的な調節もしやすいのではないかと思っています。<br />
<br />
正直なところ、まだ経験がありませんから「食わず嫌い」といえばそうかも知れません。<br />
<br />
もう一度書きますが、是非はわかりません。あくまでも私の推測ですが、上記のようなイメージでいます。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2009.11.20  皮膚の厚み</title>
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    <published>2009-11-20T02:00:58Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:01:37Z</updated>

    <summary>以前に、人間は左右で皮膚の厚みが違うということを書きました。 2003.11.2...</summary>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[以前に、人間は左右で皮膚の厚みが違うということを書きました。<br />
<br />
2003.11.29 「へ～」と言ってもらえるかな？この話<br />
<br />
<br />
<br />
それを証明というか、間接的に実感できることがあります。<br />
<br />
それは耳かきです。<br />
<br />
今では専門のお店までありますが。<br />
<br />
耳かきを自分でするときに、左右で耳の穴の皮膚を擦る痛みが違いませんか。<br />
<br />
恐らく左のほうが右よりも痛く感じるはずです。<br />
<br />
これは左のほうが皮膚が薄いことによる影響だと思います。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2009.11.16  ダウン・タイムについて</title>
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    <published>2009-11-16T02:00:16Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:01:15Z</updated>

    <summary>最近の医療の進歩についてですが、施術後のダウンタイムが少ない方法が選ばれることが...</summary>
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        <![CDATA[最近の医療の進歩についてですが、施術後のダウンタイムが少ない方法が選ばれることが多くなっていると思います。<br />
<br />
シミ治療でいえば、「かさぶた」を作らないレーザー治療になります。<br />
<br />
だた、このような「かさぶた」などを作らない方法も、限界はあります。<br />
<br />
どの方法にしても共通していえることは、1回で改善させるというよりは回数をかけて行うということです。<br />
<br />
<br />
<br />
私個人の考えですが、やはり効果の面では、「かさぶた」を作るなどの方法の方が、より期待できるというのが現状と思います。<br />
<br />
ただ、「かさぶた」を作るなどの方法は、どうしても受けられる方に生活面での制限などを与えてしまうため、万人向きとはいえません。<br />
<br />
しかし、「かさぶた」を作らない方法と「かさぶた」を作る方法は、ペアにしてご説明する方がわかりやすい部分もありますから、カウンセリングの時にはそのことを意識しながらお話させていただいています。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2009.11.14  シミのレーザー治療後について</title>
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    <published>2009-11-14T01:58:56Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:00:38Z</updated>

    <summary>シミ治療で、レーザー治療を行った場合の施術後の状態についてです。 「かさぶた」は...</summary>
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        <![CDATA[シミ治療で、レーザー治療を行った場合の施術後の状態についてです。<br />
<br />
「かさぶた」はだいたい一週間までには取れますが、その「かさぶた」が取れた後の発赤は、シミによって様々です。<br />
<br />
それはメラニンの沈着した層がどの深さにあるかによって違ってきます。<br />
<br />
例えばどんなに黒いシミでも極表層にほとんどが集まっているタイプのシミでは、レーザー治療によってメラニンが熱凝固した場合でも正常組織への熱の放散が少ないため、施術後の発赤は少なくなります。<br />
<br />
逆にたとえ薄いシミでも、メラニンが皮膚の比較的深い層にある場合は、レーザー光がメラニンに当たった場合にその層の上下に熱が放散しますから、周囲の正常組織に影響する熱量が大きいといえます。そのため施術後の発赤は案外強いという状況になります。<br />
<br />
このようにレーザー治療後の発赤は、シミのメラニン量だけでなく、その深さと分布によっても違います。<br />
<br />
以上のことも、カウンセリングのときにも個々のシミの状態を見た上でご説明していますが、例外もありますからやはりその後の経過はちゃんと見ていかないといけないと思っています。<br />
<br />
久々にまじめな？クリニックの日記らしい内容でした。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.11.11  彼の心の中は</title>
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    <published>2009-11-11T01:59:21Z</published>
    <updated>2011-03-30T02:00:10Z</updated>

    <summary>昨日、市橋容疑者が逮捕されたことで、私が感じたことは「リンゼイさんがそう仕向けた...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[昨日、市橋容疑者が逮捕されたことで、私が感じたことは「リンゼイさんがそう仕向けたのではないか」ということでした。<br />
<br />
別にオカルト的な意味ではありません。<br />
<br />
正確には、「市橋容疑者の心の中のリンゼイさんがそうさせた」ということです。<br />
<br />
市橋容疑者は犯行直後に逃げてからの足取りが全くわからない状況でしたが、突然2年以上も経ってからニュースに名前が出ました。<br />
<br />
その切欠は、美容手術を受けたことでした。<br />
<br />
その後、大阪の工事現場で働いていたということが新たにわかりましたが、その時点ですでに顔が変わっていたのです。<br />
<br />
一緒にいた人たちも「一寸変わった奴」という程度で、市橋容疑者とは思わないくらいすでに変わっていたのです。<br />
<br />
ここで「もしも」を使いますが、もしも、市橋容疑者がその時点で自分の顔の変化にとりあえずは満足していれば、事件としては最悪な経過ですが高飛びもできた可能性は高かったのではないかと思います。<br />
<br />
しかし、現実的には市橋容疑者はまた美容手術を受けようとしたのです。<br />
<br />
多分、彼自身の中ではまだ満足していなかったのでしょう。<br />
<br />
その不満感が恐らくあったと思うのです。<br />
<br />
だから美容手術を受けようとしたのだろうと。<br />
<br />
それで、その「まだ変わっていない」と思ったであろう理由が気になるのです。<br />
<br />
私は、事件への関与からくる「やましさ」というか「罪悪感」ではないかと思うのです。<br />
<br />
変な表現ですが、「逆トラウマ」現象になるのでしょうか。<br />
<br />
そういう意味で、彼には心の中にリンゼイさんがずっと残っていたのではないかと思ったのです。<br />
<br />
彼の心の中のリンゼイさんが、彼にそうさせたと言えるのではないでしょうか。<br />
<br />
そう思うと、日本の怪談、「播州皿屋敷」を思い出します。<br />
<br />
青山鉄山が、お皿の枚数が足りないことを理由にお菊さんを殺しますが、その後お菊さんの亡霊に悩まされ続けて死んでしまいます。<br />
<br />
今後の自供でも、恐らく市橋死容疑者の口から彼の心の中のリンゼイさんについて語られる可能性は少ないかもしれませんが、なんかそんなことを思ってしまいました。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.11.07  パッ（P）と手（T）をあ（A）げようよ！</title>
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    <published>2009-11-07T01:58:49Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:59:42Z</updated>

    <summary>今、娘の中学校の推薦委員になっているのですが、PTA役員のなり手というのはなかな...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今、娘の中学校の推薦委員になっているのですが、PTA役員のなり手というのはなかなかいないというのが現状ですね。<br />
<br />
今の世の中、共働きというのはほぼフツーという状況です。<br />
<br />
だから、日中は学校には行けないというのもわかります。<br />
<br />
しかし、多少は協力するというか、参加することをしても良いのではないかと思います。<br />
<br />
実際、お忙しいにもかかわらずしてくださる方が時におられたりするのです。<br />
<br />
この差って何でしょうね。<br />
<br />
<br />
<br />
放課後保育をする学童クラブの役員を決めるときにも感じたことですが、「人生のゆとりがない」というか、「生活していくのに一杯一杯の状態である」ように見受けられる方が増えたような感じがします。<br />
<br />
まあ、あくまでも「精神的に」という意味です。<br />
<br />
それから、「景気が悪いからだ」といってしまえば簡単ですが、なんかそれだけでもないような気がしています。<br />
<br />
さらに、もう一つ気になることは、「損得勘定に厳しい方たちが増えている」ような感じがすることです。<br />
<br />
「同じ環境条件にいるのに、私だけが忙しいのは割に合わない。自分だけがしんどいのは損だ、嫌だ」という考え方です。<br />
<br />
確かに「損」はしたくないというのはわかりますが、逆に言えば人生何が損かはわかりませんよ。<br />
<br />
損に見えるのは表向きだけってこともありますよ。<br />
<br />
っていうか、むしろこっちの方が多いようにさえ思っています。<br />
<br />
私も学童クラブに子供を行かせていなかったら、そこで知り合った人たちとはお会いすることはなかったでしょう。 最初の保護者会のときでも、実は役員になる気はサラサラなかったんです。 ただ、3年間の間に一回は役員になってもらうと言われて、じゃあやるかってあまり考えずに決めちゃいました。<br />
<br />
なんて素直なんでしょうね。もうアホですね。f^_^;<br />
<br />
それで、その結果しんどかったかといわれれば、確かに時間は取られました。<br />
<br />
しかしあんまりしんどいとは思いませんでした。 むしろ、学童クラブの役員をしたことを通じて得たことの方が、私にとっては非常に大きいものだったんです。<br />
<br />
子供が卒業して学童クラブから離れた後でも、メールでやり取りをしたり集まったりする親同士のグループもできました。<br />
<br />
私には「得」としか見えないのですが。<br />
<br />
この「得」は、あくまでも表現上のことでして、私自身はあんまり損得というようには考えない方なんですが。<br />
<br />
やっぱアホですね。(-.-;)<br />
<br />
まあ、推薦委員は電話でお願いする保護者の方と話をするので、顔は見えませんし、そういうことは伝わりませんね。<br />
<br />
推薦委員になれたおかげで、さらに今の社会のある一面を見ることができました。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.11.02  通勤電車の中で</title>
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    <published>2009-11-02T01:57:32Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:59:10Z</updated>

    <summary>私は、毎朝の通勤電車の中では、あまり人と目を合わせないようにしています。 といっ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私は、毎朝の通勤電車の中では、あまり人と目を合わせないようにしています。<br />
<br />
といっても、やましいわけではありません。<br />
<br />
ただ、人の顔の表情などを見ると、すぐにその時の感情みたいなものを感じ取ってしまうので、面倒だからです。<br />
<br />
それが的確であるということまではわかりませんが、まあ感じてしまうのです。<br />
<br />
だいたい、電車の中の乗客の顔は、だいたい疲れきっているか、眠たそうか、もしくはピリピリしています。<br />
<br />
今日の電車の中での状況ですが、つり革を持って立っていたら、右隣の人がしきりにこちらを見るのを視線は合わせなくても視野の中に感じました。<br />
<br />
「もしや、知っている人なのかな」とさりげなく目を合わせない程度に見てみると、別に知っている人ではありません。<br />
<br />
でもね、ちらちら見られると何か気になりますね。f^_^;<br />
<br />
自分の顔に何か変なものがついているのかとか。<br />
<br />
一方、座っている初老(であろう)男性が隣の女性の方が触れるたびに、露骨に嫌そうな顔をして隣の人を見ています。<br />
<br />
私から見れば、全然問題ない程度なんですけどね。<br />
<br />
だから、朝の通勤電車の中で人の表情を見てしまうと、どちらかというとマイナス面の強い人が多くて、あんまり心地よくないのです。<br />
<br />
だから本を読んだり、ウォークマンを聞いたりしています。<br />
<br />
あっ、今書いていて気がついたのが、ひょっとしてウォークマンの音もれ？私は大きな音には設定してませんが、一応確認します。<br />
<br />
<br />
<br />
電車が遅れて込んでいる時には、なおさらイライラしていたりします。<br />
<br />
でも、電車だって時間通りに来るとは限らないと思っていれば、腹は立たないと思うのですが。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.10.27  本当に悪いことでしょうか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/10/20091027-65591.html" />
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    <published>2009-10-27T01:57:56Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:58:38Z</updated>

    <summary>日本の伝統的なイルカ漁を隠し撮りし、海外で議論を呼んでいる米国のドキュメンタリー...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[日本の伝統的なイルカ漁を隠し撮りし、海外で議論を呼んでいる米国のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が先日、東京・六本木で開催された東京国際映画祭で公式に上映されたそうです。<br />
<br />
外国人からは、イルカ漁はかなり批判的にみられているようです。<br />
<br />
ただ、日本のイルカ漁も、歴史的に長くされているのですから、それを単純に批判するのはどうでしょうか。<br />
<br />
私は、むしろ「エゴ」を感じてしまいます。<br />
<br />
「イルカだから」とかで批判をするのなら、ほかにも問題の動物はいますよ。<br />
<br />
養鶏場の鶏は卵を産むだけで籠の中で一生の大半を過します。<br />
<br />
また、ストレスで自分や隣の鶏をつついて傷つけないようにくちばしも切られるのだそうです。<br />
<br />
まだ、イルカは大海にいるだけマシかもしれません。<br />
<br />
そのほか、牛にしても、豚にしても人間の口に入る食肉製品の原料となる動物全て否定しなければならなくなります。<br />
<br />
人間は雑食ですから、時には肉食になるのです。<br />
<br />
ですから、食べることに必要な肉を確保するのは否定できないのではないかと思います。<br />
<br />
大事なことは、その動物の肉を食べるのなら、そういう生き様であった動物のことを認識することではないかと思います。<br />
<br />
私個人は、感謝して食べさせていただくしかないと思っています。<br />
<br />
勿論、無駄に殺すということはいけないとは思います。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.10.19  人間の行き着くところ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/10/20091019-65588.html" />
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    <published>2009-10-19T01:56:46Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:58:14Z</updated>

    <summary>私の知り合いの息子さんが驚きの体験をされたと聞きました。 駅のホームで電車を待っ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私の知り合いの息子さんが驚きの体験をされたと聞きました。<br />
<br />
駅のホームで電車を待っていると、自分の横から急に人が入ってきた電車の前に飛び込んだそうです。<br />
<br />
それを見てしまったのです。<br />
<br />
もうショックで、どう学校に行ったのかもわからないくらいだったそうです。<br />
<br />
自宅で話をした時にはもう落ち着いてきたそうですが、これは少なくとも無意識レベルでの記憶には残ってしまうでしょうね。<br />
<br />
ただこれは救いかもしれませんが、ご本人が「何か大切なことを学んだ気がする」と言っていたそうなので、なにか本人なりに得ることがあったのでしょうね。<br />
<br />
それにしても、今の社会は「死」をなにか特別なものとしてみている傾向が強いですね。<br />
<br />
あと「血」や「暴力」もそうです。<br />
<br />
何かと敏感です。<br />
<br />
でも、隠そうとするからかえって起こる犯罪もあるんです。<br />
<br />
「死に興味があって、誰でもいいから殺してみたかった」なんていう輩も出現してくるのです。<br />
<br />
「死」は特殊なことではないのですよ。誰にでも来る。<br />
<br />
昔であれば、たいていは大家族ですから、若い頃におじいちゃんかおばあちゃんの「死」をまずは体験することが多いと思うのですが、今は核家族化も進んで祖父・祖母とも別々に住んでいることが多くなりましたから、あまり臨終の場に立ち会うこともないような状況です。<br />
<br />
それにほとんどの場合、病院に入っている状況になっているでしょうから、自宅の布団の上でというのはほとんどないそうです。<br />
<br />
でもね、人間の死亡率は100％なんです。<br />
<br />
そのことも、知っておかないといけないでしょう。 私なんか、すごく実感します。<br />
<br />
折り返し地点はもう過ぎていると思っていますので。<br />
<br />
そのことを、子供の頃から頻繁に体験できるところといえば、治安の悪い国でということになりますから、それも問題ですが。<br />
<br />
(-.-;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.10.16  風邪薬についての私見</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/10/20091016-65586.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65586</id>

    <published>2009-10-16T01:56:57Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:57:48Z</updated>

    <summary>今は新型インフルエンザが流行していますが、それとは直接関係ない話です。 いわゆる...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今は新型インフルエンザが流行していますが、それとは直接関係ない話です。<br />
<br />
いわゆる風邪薬についてです。<br />
<br />
一寸熱が出たとか、鼻水が出るからといって安易に市販の風邪薬を服用する人もいますが、私は「極力飲まない」派です。<br />
<br />
発熱はウィルスを殺して自分は死なないという体温まで上げることで侵入者を倒す「肉を切らせて骨を絶つ」高度な技？なんです。<br />
<br />
鼻水は、鼻の粘膜からウィルスが侵入しようとするのを粘液を分泌して防ぐというウナギ的水攻めです。<br />
<br />
どちらも、自己免疫力を駆使して外的に立ち向かっていこうとする、けなげな身体の反応力です。<br />
<br />
これを抑えてしまうということは、せっかくここまで進化してきた生物学的な反応に反することですし、まるで自分の身体を信じていないのと同じじゃないかと思っています。<br />
<br />
かなり前ですが、ある小児科の先生が風邪薬を服用した子供と服用しなかった子供で治るまでの日数の平均値を出したことがあります。<br />
<br />
その結果は、服用した子供は3日以上かかっており、服用しなかった子供は3日弱で落ち着いたということでした。正確な数字は覚えていませんが、少なくとも服用しなかった子供の方が早く治ったということです。<br />
<br />
確かに、経験的にですが、鼻水を止めてしまうとのどがカラカラになり、かえって粘膜が無防備になるのでしょう。さらに風邪が悪化するように感じていました。<br />
<br />
勿論、症状によっては服用が必要な時にはそうするべきと思います。<br />
<br />
今回の新型ウィルスのように強敵である場合や、自分の免疫力が弱いとわかっている場合などは、それに応じての援助が必要でしょう。<br />
<br />
また、身体の反応も、過度に反応してしまうことがありますから。 例えばアレルギー、花粉症なんてその典型です。<br />
<br />
<br />
<br />
少なくとも、「安易に」風邪薬を飲むというのはやめた方がいいと思います。<br />
<br />
私は、どうせ飲むなら「玉子酒」で、カッと寝ます。<br />
<br />
できるとこまで、自分の免疫力を信じます。<br />
<br />
あっ、それと卵とアルコールは信じているのですね。<br />
<br />
今書いていて実感しました。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.10.10  今人</title>
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    <published>2009-10-10T01:55:26Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:57:25Z</updated>

    <summary>私の好きな言葉に、曹洞宗の道元禅師の偈があります。 仏になるいと易きみちあり も...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私の好きな言葉に、曹洞宗の道元禅師の偈があります。<br />
<br />
<br />
<br />
仏になるいと易きみちあり<br />
<br />
もろもろの悪を作らず<br />
<br />
生死(しょうじ)にじゃくする(とらわれる)ことなく<br />
<br />
一切衆生(しゅうじょう)にあわれみ深くし<br />
<br />
上をうやまい　下をあわれみ<br />
<br />
よろずを厭う心無く<br />
<br />
願う心なくて<br />
<br />
心に思うことなく　憂うることなき<br />
<br />
これを仏となづく<br />
<br />
またほかにたづぬることなかれ<br />
<br />
<br />
<br />
以前は、この中の「願う心がなく、心に思うことがないこと」が、なぜ仏なのか分かりませんでした。<br />
<br />
今はこう解釈しています。<br />
<br />
願うということは未来を見つめています。<br />
<br />
未来を見つめすぎて、今を怠ることがないように 雑念ばかり湧かせて、今を怠ることがないように、という意味ではないかと思っています。<br />
<br />
凡人には難しいですね。<br />
<br />
<br />
<br />
願う心があるといけないのか。<br />
<br />
今の私にはまだよくわかっていませんが、「今」を生きることができれば、願う心は不要になるのではないかと思うようになりました。<br />
<br />
「願い」も「欲」の一つだから「全か無か」ではなく「ほどほど」のような。<br />
<br />
まだまだ見えてはきません。<br />
<br />
心に思う心がいっぱいありますしね。(^_^;)<br />
<br />
考えることが楽しいうちはまだガキかな。（いや、若いと言っておきましょう）<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.10.09  昨日の台風</title>
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    <published>2009-10-09T01:55:52Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:56:36Z</updated>

    <summary>昨日のことですが、横浜は大変でした。 テレビでJRが半分くらいの間引き運転をして...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[昨日のことですが、横浜は大変でした。<br />
<br />
テレビでJRが半分くらいの間引き運転をしているといっていたので、とりあえずJR駅に向かいましたが、 なんと全面不通になっていました。(-.-;)<br />
<br />
なが～い行列で待ちながら市営バスに乗って、最寄の地下鉄から横浜に来たわけですが、駅に着いた時点でもういつもの2倍の時間がかかっていました。<br />
<br />
それから、昨日からですが新宿で国際形成外科学会が開催されました。<br />
<br />
午前中は、山手線が不通だったので、午後に私も参加してきました。<br />
<br />
各国から偉い先生が来られているのに、この台風はお気の毒でしたね。<br />
<br />
当然のこととはいえ、外国の先生方が多いので、いつもの国内の学会とは雰囲気も違います。<br />
東海道線などは海岸近くを走るので、横風を受けやすく安全のために運転を見合わせるというのは理解できるのですが、山手線が何故なんでしょうね。<br />
<br />
それから、振替輸送をしている私鉄がお客があまりにも集中してしまったために運転を見合わせたというのも、前代未聞です。<br />
<br />
なんか、台風で色々なことが起きた一日でした。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.10.09  境界外科？　精神外科？</title>
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    <published>2009-10-09T01:55:24Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:57:01Z</updated>

    <summary>形成外科はそれ自体が確立していった歴史から見ても、他の科とは一寸変わっています。...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[形成外科はそれ自体が確立していった歴史から見ても、他の科とは一寸変わっています。<br />
<br />
多くの科と扱う範囲が重なっているのです。<br />
<br />
たとえば皮膚領域でしたら皮膚科ですし、手足の領域でしたら整形外科、鼻の場合は耳鼻科、眼瞼下垂やまぶたの治療なら眼科、アゴの骨の場合は口腔外科などとも一部がオーバーラップしています。<br />
<br />
そのような特徴から「境界外科」と称されている先生もおられるくらいです。<br />
<br />
さらに美容外科は、悩みを気にする本人の心の問題も時に関係してきます。そうなると精神科の領域も関係してしまいます。<br />
<br />
そのため、「精神外科」とご自身の著書である教科書に書かれていた先生もおられました。<br />
<br />
確かに、傷痕の治療などはガンの治療などと違い、 直接の生命の危険はありませんが、逆に「心」の問題の比重が大きいともいえます。<br />
<br />
<br />
<br />
このように、色々な分野が重なっていますし、色々な状況を重ね合わせての治療が必要になるのです。<br />
<br />
このことは何を意味するのでしょうか。<br />
<br />
色々ありますが、特に私は、大局観を意識しています。<br />
<br />
目や鼻など局所の問題だけにあまりとらわれずに、顔全体いや体も含めてその方の全体的なバランスに注意を配ることが必要なのではないかと思っています。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.10.07  近況</title>
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    <published>2009-10-07T01:55:22Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:56:07Z</updated>

    <summary>先月始めた訪問診療のレセプト作成で、月初めまでバタバタしていました。 訪問診療は...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[先月始めた訪問診療のレセプト作成で、月初めまでバタバタしていました。<br />
<br />
訪問診療は、お一人お一人のご自宅に伺いますから、まさに「コツコツ」と行なう診療です。<br />
<br />
これからも必要になっていくでしょうね。<br />
<br />
私自身は、案外というかなんか性に合っているように、感じています。<br />
<br />
先週の木曜日は、形成外科の基礎学術集会が東京でありました。<br />
<br />
明日から3日間は、東京で形成外科の国際学会がありますが、台風の方は大丈夫でしょうかね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.09.25  あきる</title>
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    <published>2009-09-25T01:55:19Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:55:42Z</updated>

    <summary>子供たちは、時々「あの食べ物はもう飽きた」ということを言います。 実は、私はこの...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[子供たちは、時々「あの食べ物はもう飽きた」ということを言います。<br />
<br />
実は、私はこの「食べ物に飽きる」という感覚をあまり感じないのです。<br />
<br />
出されたものは何でも食べます。 ただバランスはある程度考えますが。<br />
<br />
「飽きる」というのも、脳で起きている感情ですが、ある意味で変化を求めているんですね。<br />
<br />
ただ、私個人は「食べ物に飽きる」ということは、まだまだ浅い感覚だと思っているのです。<br />
<br />
勿論、栄養バランスなどは考慮しての上ですが。<br />
<br />
「飽きる」とは、その都度の新たなる発見ができていないということなのだと思っています。<br />
<br />
今、この場で食べることができる自分がいることに、気付いていないんです。<br />
<br />
ちなみに、長時間遊んでいて「ゲームに飽きる」というのは一寸違います。これは脳と眼の疲れを訴えているともいえますから。<br />
<br />
「一期一会」という言葉がありますよね。<br />
<br />
これはたとえ毎日逢う人であっても、毎回新鮮な気持ちで対面することにもつながるのです。<br />
<br />
今回のテーマは、あのイチロー選手の生活に対する姿勢からつながったんですね。<br />
<br />
<br />
<br />
そういえば、自然界だって、パンダは竹だし、コアラはユーカリの葉、牛や馬は牧草を食っているんです。<br />
<br />
他の食べ物の存在を知らないとはいえ、彼らは黙々と食べていますよ。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.09.19  無神論者</title>
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    <published>2009-09-19T01:54:34Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:55:12Z</updated>

    <summary>そういえば、先日の飲み会で、無神論者についても話題になりました。 「日本人は無神...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[そういえば、先日の飲み会で、無神論者についても話題になりました。<br />
<br />
「日本人は無神論者だというが、世界ではそういうことを言っていては通用しない」ということが言いたかったそうなのですが、どうなんですかね。<br />
<br />
はっきりとした記憶ではありませんが、インターネットでの記事でも世界的に最近の若者の宗教離れが進んでいるということを読んだと覚えています。<br />
<br />
ということで、早速日本人の無神論者について調べてみました。<br />
<br />
<br />
<br />
現代の世界で、宗教や神なんてどうでもいいと考えている国民を最も多く抱えている国のトップ５０というリストがあるのです。<br />
<br />
ケンブリッジ大学のフィル・ザッカーマンが発表した「同時代的無神論または不可知論者の割合と傾向」に出ているそうです。<br />
<br />
これによると、２００４年現在の世界で無神論者たちの占める割合の大きい国のトップ5は以下のようになっています。<br />
<br />
意外ですよ。<br />
<br />
1　スウェーデンでは人口の８５％が神を信じないそうです<br />
<br />
2 ベトナム<br />
<br />
3　デンマーク<br />
<br />
4　ノルウェイ<br />
<br />
5　日本は人口の６４％から６５％が無神論者だそうです<br />
<br />
<br />
<br />
なんと日本は5位なのです。 上には上がいたんですね。<br />
<br />
それにしても、北欧には無神論者が多いということになります。<br />
<br />
逆にフィンランドだけ、浮いちゃっていない？<br />
<br />
<br />
<br />
ちなみにフランスが8位で、韓国が9位、イスラエルが１９位で３７％の人が神を信じてないのです。<br />
<br />
ユダヤ教の国なんですがね。 イスラエルは長年の領土をめぐる戦争をしているから、もう神頼みは通用しないと現実的に感じているのではないでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
意外なところが北朝鮮で３３位、中国が３６位。<br />
<br />
アメリカは無神論者が９％の４４位です。<br />
<br />
北朝鮮や中国はもっと無神論者が多いと思っていました。<br />
<br />
アメリカはクリスチャンが多いとは思いますが、一方では「眼には眼を」もスローガンにしてしまうような国でもありますから。<br />
<br />
(-.-;)<br />
<br />
結局なところ、いかなる宗教を信じようとも、その人となりを見ないとなんともいえないのではないかというのが私なりの結論ですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.09.19  仏教について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/09/20090919-65578.html" />
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    <published>2009-09-19T01:53:21Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:54:50Z</updated>

    <summary>先日、高校の同窓生数人と飲み会がありました。 楽しくいろんな話題に花が咲いたので...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[先日、高校の同窓生数人と飲み会がありました。<br />
<br />
楽しくいろんな話題に花が咲いたのですが、その中での話です。<br />
<br />
「世界では無神論は通用しない」とか「仏教とは？」という話になりましたが、興味ある発言が聞けました。<br />
<br />
<br />
<br />
仏教は、ブッダが悟りを開いて作った<br />
<br />
仏教は、ヒンズー教の神も取り入れて曼荼羅をつくっている<br />
<br />
<br />
<br />
ここからは私の知識での意見ですが、ブッダは仏教をつくってはいません。<br />
<br />
これはイエスとキリスト教との関係にも似ていて、没後に弟子たちがブッダの考えをまとめて広めていったのが始まりだったと思います。<br />
<br />
ですからブッダは「仏教」という名称は知らないはずです。<br />
<br />
それから、ヒンズー教の神も入れて曼荼羅をつくっているのは、真言宗です。<br />
<br />
ですので厳密には正しくはないと思いました。<br />
<br />
<br />
<br />
ブッダの考えをかなり忠実に守っているのは、初期仏教、東南アジアに広まっている仏教と思います。<br />
<br />
その一方、日本に伝わっているいわゆる仏教といわれているのは、むしろブッダの考えを出発点として、中国で発展し日本でさらに昇華された大乗仏教です。<br />
<br />
この大乗仏教という名称も、私自身はあまり好きではありません。<br />
<br />
多くの人を救う乗り物(舟といわれています)となる仏教という意味ですが、対照的に扱われる小乗仏教とは、個人が修行をして悟るということを「小さい舟」になぞらえているのです。私が好きになれない理由はこの対比なんです。<br />
<br />
日本史でむかし自分の国を「日出ずる国」と称したよりも、こっちの方が傲慢な感じがして、まして宗教なのに、という気持ちがするのです。<br />
<br />
<br />
<br />
閑話休題<br />
<br />
大乗仏教は、例えば浄土真宗や真言宗、日蓮宗など「宗」という名称で言われていますが、私個人は仏教とは別と考えた方が良いのではないかと思っています。<br />
<br />
そうする方が教理の混乱を避けることができると思っています。<br />
<br />
それぞれ教理が違いますし、本尊が違います。<br />
<br />
浄土真宗は阿弥陀仏ですし、真言宗は大日如来、日蓮宗は南無妙法蓮華経を称え、称名を唱えます。<br />
<br />
ですから、上記は親鸞教、空海教、日蓮教というように別の宗教だと理解した方が良いのではないかとあくまでも個人的に思っています。<br />
<br />
ただ、ルーツがブッダにあるという共通点を持っているのです。<br />
<br />
投稿者 横浜FCクリニック形成外科 ｜ PermaLink ｜ コメント(0) ｜ トラックバック(0)<br />
2009.09.17 イチロー選手とは違う臨機応変<br />
<br />
ここで、比較するにはあまりにも「月とスッポン」状態ではありますが、逆にイチロー選手ではない自分はどうなのかと考えてみました。<br />
<br />
まあ、私も社会人の一員ですから、それなりの仕事はしているのですが、当然すごい業績があるわけではありません。<br />
<br />
イチロー選手には誠に申し訳ありませんが、ここでは超無理矢理の対比をしてみますね。 (^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
私の場合は、仕事や生活で一本の柱なるものをイチロー選手のように具現化というか、意識はしていません。<br />
<br />
むしろ、日々の変化に対応しようという考えを意識しています。<br />
<br />
そういう意味ではイチロー選手の真逆ですね。<br />
<br />
でも、おそらく社会人のほとんどの人がそうだとも思います。<br />
<br />
勿論、昼間は仕事をするという大きなリズムはありますが、細かい点は意識をしていない方のほうが大半ではないかという意味です。<br />
<br />
するとこの場合、「自分」と仕事や家庭、趣味などの「対象となるもの」との関係はどうなるのでしょうか。<br />
<br />
たぶん、「自分」を「対象となるもの」に合わせていって、自分の形、やり方を少しずつ変えているのですね。<br />
<br />
例えば「この日は飲みにいくから、ゴルフに行くから、友人と会うから、仕事は早目に切り上げよう」という感じです。<br />
<br />
でも、これも立派な臨機応変なんですね。<br />
<br />
臨機応変には色々な形があるのだということが、よくわかります。<br />
<br />
<br />
<br />
どのような立場でも、自分の生き方に対しての意識を持つことが大切なんだと、イチロー選手は教えてくれているのだろうと思います。<br />
<br />
私の中では、自分が対面する場面に応じて対応しようという意識を「意識して」持つことで、イチロー選手の爪の垢に近い効果が出ればと思っております。<br />
<br />
夢見る野球少年には程遠いオッサンではありますが。<br />
<br />
f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.09.17  イチロー選手の臨機応変</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/09/20090917-65577.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65577</id>

    <published>2009-09-17T01:52:58Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:54:27Z</updated>

    <summary>先日は、イチロー選手の快挙という明るい話題を各スポーツ紙が色々と書いていました。...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[先日は、イチロー選手の快挙という明るい話題を各スポーツ紙が色々と書いていました。<br />
<br />
色々なところで賛辞は述べられていますから、ここでは一寸へそ曲がりのような考えを書きます。<br />
<br />
イチロー選手のすごさは、色々変化する球にバットを当ててヒットにする能力が並外れているということですが、一言でいえば「臨機応変」ですね。<br />
<br />
その一方で、イチロー選手の生活を紹介している特集でいつも言われることが、「毎日同じリズムで同じように起きて食事をしてスタジアムに行き、同じ様に準備運動や練習をして試合に臨む」という日々の同じリズムの積み重ねです。<br />
<br />
確か朝は奥様のカレーだそうですね。<br />
<br />
こちらは逆に変化させていません。<br />
<br />
<br />
<br />
おそらくイチロー選手は、何か自分の中に一本の柱を作って、それをもとにして日々の対応をさせているのでしょう。<br />
<br />
生活や試合の中で、「対象となるもの」との関係を「自分」という柱から見ているのだと思います。<br />
<br />
柱となる「自分」をちゃんと設定してあるから、「対象となるもの」との位置関係で最短距離となる直線を導きやすいようにしているのでしょう。<br />
<br />
毎日、野球という予測できない状況の中で仕事をするのですから、なにか基準を作るというのは、非常にわかりやすいと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
ただ、イチロー選手がそうだから、万人むけというかみんながそうすれば今の状況を改善できるかというと、それは疑問ですよね。<br />
<br />
やはり、モチベーションも大事な要素ですし、今までの積み重ねもありますから。<br />
<br />
しかし、結果を急がないのであれば、今からでも自分の生活を見直ししようという切欠をイチロー選手が与えてくれていると思います。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.09.11  迷いい話</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/09/20090911-65576.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65576</id>

    <published>2009-09-11T01:52:56Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:54:01Z</updated>

    <summary>自分のやること全てに自信を持てることは良いことかと思いますが、いつもいつもそうだ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[自分のやること全てに自信を持てることは良いことかと思いますが、いつもいつもそうだとは限りません。<br />
<br />
私なんか、そうでないときも多々々々？あります。<br />
<br />
私はどちらかというと、「自信を持つ」というより、自信からは離れてその都度やれることをやるという考えです。<br />
<br />
医療の場合、全く同じ治療というのは存在しませんから、いつもある程度の慎重さが必要になると思います。<br />
<br />
<br />
<br />
また、自信のあるなしにかかわらず、良かれと思って突き進むタイプというのも問題ですね。<br />
<br />
もしそうだという人がいたら、とんでもないことになると思います。<br />
<br />
神様でない限り、それは妄想です。<br />
<br />
周りの者が振り回されます。 私の知っている人でそれらしい人もいましたが。<br />
<br />
<br />
<br />
一寸自信が持てない時には、精神的に恐る恐るというか、手探りのような感じでしなければならないでしょう。<br />
<br />
慎重さも時には必要です。<br />
<br />
でも、そんな風にでもやっていかないといけない時は、そうしなきゃいけないんです。<br />
<br />
時には、自分のやっているレベルに疑問を感じることも必要と思いますよ。<br />
<br />
本当にそれでいいのか？<br />
<br />
そういう時に、人は慎重になり、見直しをするのです。<br />
<br />
そして今自分の置かれている立場を認識できます。<br />
<br />
今、このネタで旬なのは、自民党さ～ん。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.09.09  アリから学ぶこともアリます</title>
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    <published>2009-09-09T01:52:54Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:53:39Z</updated>

    <summary>ある本で読んだのですが、アリの行動を研究している人が「働いているアリ」と「働いて...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ある本で読んだのですが、アリの行動を研究している人が「働いているアリ」と「働いていないアリ」の比率を調べたそうです。<br />
<br />
1割くらいが働いていないそうです。<br />
<br />
しかし面白いのはここから。<br />
<br />
その「働いていないアリ」を除いて、残りのアリの様子をみると、また1割くらいのアリが働かないのだそうです。<br />
<br />
その本では、ある一定以上の数が集まれば、統計学的にもその中に「よく働くアリ」もいれば「働かないアリ」もいるもんなのだ、というようなことが書き添えられていました。<br />
<br />
しかし、私なりにこの研究の意味を考えていると、面白いことに気付きました。<br />
<br />
この結果を擬人化して評価してはいけないということですね。<br />
<br />
つまり、アリにとっては「働く」も「働かない」も区別がないのじゃないかと思うのです。<br />
<br />
それぞれが、プログラムされた行動（本能）を忠実に取ろうとするのです。<br />
<br />
ただ、その行動の強弱はある程度はあるでしょう。<br />
<br />
この「働かない」アリというのは、本当に「働いていない」のでしょうか。<br />
<br />
人間ほど大脳皮質が発達していない昆虫で、「めんどくさい」という感情が発生するとは、どうも考えにくいのです。<br />
<br />
また、自然界に無駄はないとも思っています。<br />
<br />
あらゆる全てに必然性がある。<br />
<br />
だからこの一見「働いていない」ように見えるアリは、ひょっとしたら「待機」しているのではないかと考えたのです。<br />
<br />
あるグループが存在して、そのメンバー全てが行動していると、他の虫に襲撃されたり、人間に踏まれたりした時、つまり緊急時の補充がすぐにはできません。<br />
<br />
しかし、待機しているものがいれば、すぐに対応できます。<br />
<br />
そういうシステムをプログラムされている方が、生存しやすいと思うのです。<br />
<br />
その集団の融通性といか弾力性ですね。<br />
<br />
そういう意味じゃないかと考えると、やはり自然界は人間なんて想像もできないくらい深イイのではないでしょうかね。<br />
<br />
9月になって、また下らんことを考えておりますね。f^_^;<br />
<br />
でも、こういうことまで考えることも「脳のゆとり」と解釈すればいいですよね、って弁解を最後に。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2009.09.07  私の中の整形外科</title>
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    <published>2009-09-07T01:52:29Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:53:14Z</updated>

    <summary>今回、訪問診療をした自分の医師としての基盤をあらためて考えてみました。 私は大学...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今回、訪問診療をした自分の医師としての基盤をあらためて考えてみました。<br />
<br />
私は大学卒後、大学の付属病院の整形げかいとしてスタートしました。その病院は、市内のほぼ真ん中、バスターミナルのすぐそばで、にぎやかな場所にありました。<br />
<br />
また、病院の基本的な方針が臨床重視でしたから、救急医療から整形外科の範囲まで幅広い分野の勉強ができました。<br />
<br />
その病院の整形外科は、今から考えるとかなり時代を先取りしていたと思います。<br />
<br />
というのは、整形外科をさらに専門に細分化していたからです。<br />
<br />
骨折などの外傷を扱うグループ、腰や首の脊椎を扱うグループ、膝や肩などの関節やスポーツ整形外科を扱うグループ、手の外科と皮膚移植を扱うグループ、リハビリテーションというように担当範囲を決めて、そのグループはその分野を専門に行なっていました。<br />
<br />
その様な環境だったので、私は幸運にも色々な治療を観ることができました。<br />
<br />
私は専門分野を決めなければいけないときに、皮膚移植など形成外科領域の治療に興味があったので、大学の形成外科に入局し勉強しなおしました。<br />
<br />
このような環境のおかげで、今の自分が診療できているのだと思うと、ほんとに感謝です。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.09.02  訪問診療と美容医療</title>
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    <published>2009-09-02T01:52:00Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:52:47Z</updated>

    <summary>ホームページのトップで9月からの火曜日休診について書いてありますが、実は火曜日に...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ホームページのトップで9月からの火曜日休診について書いてありますが、実は火曜日には訪問診療に行っていました。<br />
<br />
訪問診療といっても、形成外科、皮膚科、美容外科的なこととは直接の関係はなく、一般的な診療です。<br />
<br />
ある訪問看護センターから依頼を受けたのが切欠です。<br />
<br />
特に私は整形外科をやっていましたので、それが主体になります。<br />
<br />
<br />
<br />
一見、全く畑が違うようですが、私から見れば同じです。<br />
<br />
私の今までの全ての経験を生かして診療を行うのですから、科目は違えど同じ方向なんです。<br />
<br />
<br />
<br />
それで昨日、しみじみと思ったのですが医療と福祉は非営利事業ですね。<br />
<br />
訪問診療の場合、もしも治療の効率のみを考えれば、全然悪いわけです。<br />
<br />
一人ひとりの御宅に伺うというペースも、間での車での移動も効率は非常に悪いのです。<br />
<br />
しかし、将来は増えていくというか、増えざるを得ないのです。それは確実なんです。<br />
<br />
<br />
<br />
その点、美容医療はたしかに治療に使用する器械が高価なこともあり、費用面ではまだまだ難しいですが、今回政治も一新するのですから、美容医療も変わっていければと思うのですが、やっぱり難しいですね。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.08.31  絶妙の演出設定</title>
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    <published>2009-08-31T01:48:38Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:52:17Z</updated>

    <summary>昨日は、日本に大波乱がおきました。 上空を座布団が舞うごとく、台風が来ております...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[昨日は、日本に大波乱がおきました。<br />
<br />
上空を座布団が舞うごとく、台風が来ております。<br />
<br />
この台風の雨風は自民党にとっては涙雨であり、民主党にとってはうれし涙というより、これから与党になることで生まれるプレッシャーからくる決意の雨なのでしょうね。<br />
<br />
そして、明日台風が抜けてしまえば、台風一過の晴天になるのでしょう。<br />
<br />
まさに天然の舞台設定ですが、ここまでタイミングよくなるとは恐ろしい気がしました。<br />
<br />
映画でいえば、舞台となる屋敷の上に雨が降り雷が光るようなシーンですね。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.08.28  夏休みも終わりに</title>
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    <published>2009-08-28T01:48:37Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:51:54Z</updated>

    <summary>もう子供たちの夏休みも終わったり、あと幾日だったりで、今日の朝もバタバタしていま...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[もう子供たちの夏休みも終わったり、あと幾日だったりで、今日の朝もバタバタしていました。<br />
<br />
中一の娘は、「宿題が間に合わな～い」と叫んでいました。<br />
<br />
所で、今度の選挙ですが、実は長男の投票デビューでもあるのです。<br />
<br />
8月の誕生日で20歳になり、もう初めての投票です。 「投票に行く前に、各党のマニュフェストを読んでおかないと」と言っていますから、親よりもはるかに頼もしいですな。(^_^;)<br />
<br />
それから、長男は今自動車教習所に通っていますが、昨日仮免に合格したとのこと。<br />
<br />
将来は私が助手席に乗ることもあるのでしょうね。<br />
<br />
だとすると、彼の運転中は寝ていた方がいい。 起きていると、まず間違いなく私は口出ししてしまいますから。 f^_^;<br />
<br />
昔、妻が私を横に乗せての運転を嫌がったことがありました。<br />
<br />
何でも、五月蝿いのだそうです。(-.-;)<br />
<br />
今はもう、そういう性格を自覚していますから。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.08.24  訃報</title>
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    <published>2009-08-24T01:45:22Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:51:30Z</updated>

    <summary>先週の土曜日のことですが、突然大学からメールが送られて、講師の先生が交通事故で亡...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
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        <![CDATA[先週の土曜日のことですが、突然大学からメールが送られて、講師の先生が交通事故で亡くなられたとの知らせがありました。<br />
<br />
私は大学に所属していた頃の後半は、大学から離れた病院での勤務でしたから、その先生と直接の面識はありませんが、私よりは若い先生ですから、これからますますご発展・充実されるという矢先の出来事です。<br />
<br />
私も身近の者がなくなったという経験がありますから、ご遺族の方々がもう言葉にもならないくらいの悲しみに包まれていることは、重々お察しします。<br />
<br />
心よりご冥福をお祈りいたします。<br />
<br />
先月の日記でも「祖死　父死　子死　孫死」というテーマで書いておりますが、全く同じ気持ちです。<br />
<br />
残された方々にもお疲れの出ませんようお祈り申し上げます。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.08.22  協力より強力？</title>
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    <published>2009-08-22T01:46:45Z</published>
    <updated>2011-03-30T04:39:13Z</updated>

    <summary> 今年も、夏休みに子供たちを連れて、妻の実家に行ってきました。 岡山のある市です...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[<img alt="" src="/blog/images_mt/Image090.jpg" style="width: 229px; height: 348px;" /><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
今年も、夏休みに子供たちを連れて、妻の実家に行ってきました。<br />
<br />
岡山のある市ですが、帰省するたびに見かける古書店の壁がちょっと気になるのです。<br />
<br />
「本が足りません　助けてください　特に少年少女文庫お売りください」<br />
<br />
「ご協力ください」というような軽い感じではなく、「助けてください」です。<br />
<br />
なんか、切迫した感じが出ています。<br />
<br />
でも、もう10年くらい同じなんです。<br />
<br />
何年も、助けてもらっているのですね。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.08.12  因数分解から見た学校の意義</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/08/20090812-65557.html" />
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    <published>2009-08-12T01:45:15Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:47:02Z</updated>

    <summary>なんか、よくわからないタイトルですね。f^_^; 子供の受験参考書を見ていて、気...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[なんか、よくわからないタイトルですね。f^_^;<br />
<br />
子供の受験参考書を見ていて、気づいたことがあります。<br />
<br />
それは数学で、因数分解のことでした。<br />
<br />
その本には「試験でこの数式を因数分解せよと問われていれば、必ず因数分解できるのです。因数分解のできない数式は受験には出ません」と書いてあったのです。<br />
<br />
なるほど、その通りですね。<br />
<br />
たしかに、受験では必ず明解にまとめることのできる数式しか出ませんね。<br />
<br />
でも、そこで思ったのです。<br />
<br />
だから、学校には限界もあるのだと。<br />
<br />
<br />
<br />
要は「割り切れる数式、解ける問題」しかないような世界なんです。<br />
<br />
でもね、学校を出て、一般社会ではそうは行きませんよ。<br />
<br />
むしろ逆ですね。 社会は、割り切れない問題の方がほとんどなんです。<br />
<br />
割り切れるなんて、滅多にありません。<br />
<br />
じゃあ、その割り切れない部分をどうするか、が大事なんです。<br />
<br />
それは、おそらく社会に出ないとわからないでしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
でも、そう考えると学校の意義もある意味で言えることがあります。<br />
<br />
「因数分解できない数式や解けない問題と面と向かう前に、因数分解できる数式や解ける問題もあるということを知る」ことにあるのです。<br />
<br />
野球でいえば変化球を覚える前の直球かもしれないし、「飴と鞭」でいう飴のことと思っても構いません。<br />
<br />
いろいろ想像してみてください。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2009.08.11  セミを観ていて</title>
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    <published>2009-08-11T01:45:18Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:47:05Z</updated>

    <summary>今日は、医学的な話ではなく、生物学的な仮説？になるでしょうか。 セミについての私...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今日は、医学的な話ではなく、生物学的な仮説？になるでしょうか。<br />
<br />
セミについての私なりの仮説です。 まあ、インターネットでもこんなこと書いているのはありませんから、よく言って「私の仮説」であり悪く言えば「私の妄想」です。<br />
<br />
たかが、セミのことくらいといわれればそれまでですが、セミを見ていても不思議な気がするもんで。(^_^;)<br />
<br />
地中から出てきたセミの幼虫が脱皮をして外を飛ぶ成虫になってからのことです。<br />
<br />
セミには細い管状の口がありますが、実はこれ自体はもう退化しており水分程度は吸えるが、栄養はほとんど吸えないものではないかと、私は考えています。<br />
<br />
つまりセミは成虫になれば、ほとんど飢我状態なのではないかと思うのです。<br />
<br />
だから7日くらいで死ぬという死因についてですが、それはこの仮説なら餓死ということになります。<br />
<br />
インターネットで検索しても、セミは木の樹液を吸うと書いてありますが、私は蚊が人の血をすうように吸うということは、どうも現実的には非常に難しいのではないかと思うのです。<br />
<br />
だって、あの堅い木の表面を貫くように刺して樹液を吸うとなると、樹皮の厚み分だけは最低限貫かなければなりませんが、そこまで貫いて刺しているようにはとても見えないのです。<br />
<br />
もしも、そこまで刺してしまうと、今度は抜く時にも一苦労しなければなりません。<br />
<br />
あんなにさっと飛んで逃げることはできないように思うのです。<br />
<br />
百歩譲って、樹液が吸えているとしても、非常に少量であり表層の水分でしょうから、やはり断食に近いと考えるのです。<br />
<br />
<br />
<br />
形態的に何らかの機能を持っていると推測できても、実際に使用できているかどうかは、また別の話ではないかと思っているのです。<br />
<br />
おそらく、幼虫の頃であれば木の根のような湿っていて柔らかい部分から栄養を吸う事ができるのではないかと思います。<br />
<br />
成虫になってから食べないというのは、たしかホタルもそうではなかったかと記憶しています。だから、別に特殊な例でもないという事になります。<br />
<br />
全く医療には関係ありませんが、私の中では定説であっても疑問があれば疑ってみるという方向は同じなんです。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.08.10  居心地の良さ</title>
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    <published>2009-08-10T01:45:28Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:46:05Z</updated>

    <summary>よく旅行から帰ってきた人が言う言葉で、「やっぱり家がいいね」があります。 確かに...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[よく旅行から帰ってきた人が言う言葉で、「やっぱり家がいいね」があります。<br />
<br />
確かに家は衣食住の拠点ですから、最重要ポイントです。<br />
<br />
ただ、最近感じることですが、自分にとって「家にいるとくつろげる」というのは、１００％ではないのじゃないかとも思うのです。<br />
<br />
家にいてもくつろげない時はあるのです。<br />
<br />
まあ、私の場合には炊事洗濯が待ち受けておりますし。特に夏場の洗濯は量が多いです。(-.-;)<br />
<br />
逆に、職場は本来自分の仕事をしているところですから、仕事がしんどいと思っている人には、あまりくつろげない場所かもしれませんが、そんな職場でもくつろげる可能性はあります。一寸見方を変えることが切欠になるかもしれません。<br />
<br />
例えば、「仕事がしんどい」というのも、「自分が生きているという実感で溢れている」と思えば一寸は気持ちが変わるかもしれません。まあ、しんどい時はシンドイですけどね。(^_^;)<br />
<br />
私個人も、仕事中であっても、生き生きしているというか、リラックスしているなと自分でも感じることがあります。<br />
<br />
だから、くつろげるのは、場所じゃないなという結論になりました。<br />
<br />
「くつろげる」のは、自分の脳が「くつろげる」と感じた時であり、その時の場所なんです。<br />
<br />
だから、たとえ見知らぬ旅行先の土地であっても、くつろげる時にはくつろげるのです。<br />
<br />
ただ確率的にも、家はそういう瞬間が多い場所とは思っています。<br />
<br />
これから、盆休みで行楽地に旅行に行ったり、帰省したりというご家庭が多くなりますね。<br />
<br />
なんか、ふと考えてしまいました。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2009.08.03  手術前の診察</title>
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    <published>2009-08-03T01:43:57Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:45:07Z</updated>

    <summary>ある人から聞いたのですが、ある病気で手術を行なうということになり、入院することに...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ある人から聞いたのですが、ある病気で手術を行なうということになり、入院することになったそうです。<br />
<br />
ただ、その病院は色々と担当医師が別におられるとのことなのですが、気になったのは手術を担当する医師が術前に患者と会い診察や説明をするのは１回だけというシステムでした。<br />
<br />
他の諸業務は他の医師されるのでしょうけど、私は事前に患者様とお会いするのが１回だけというのでは、どうも気になってしまいます。<br />
<br />
おそらく、病気と自由診療の違いなのだと思いますが、それでも１回以上は会いたいですね。<br />
<br />
当院での治療は、どうしても患者様との確認が必須ですが、保険診療だと「治すためにはこの方法しかない」と言われれば、ご本人の要望なんて取り入れる必要は無いのでしょうか。<br />
<br />
こちらは局所麻酔で行なう治療ですが、その病院で行なう手術というのが、全身麻酔で行うかなり大掛かりな手術なんです。だからなおさらと思うのは私くらいでしょうか。<br />
<br />
非常に多くの患者様との対応を余技なくされるので、効率を良くするために行なっているシステムなのでしょうけど。<br />
<br />
どうも私のような者ごときは、その病院では働けないようです。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2009.07.27  私も「悪人」</title>
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    <published>2009-07-27T01:43:52Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:44:32Z</updated>

    <summary>私は、以前の日記でも、単純な善悪では物事を分けることはできないと言いました(20...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私は、以前の日記でも、単純な善悪では物事を分けることはできないと言いました(2008.05.12 不思善　不思悪、2008.05.27 正しいこと？　良いこと？)が、そのテーマで別の表現をしてみます。<br />
<br />
いわゆる「善悪」というのは、言い換えればある一面のみの見方だと思います。<br />
<br />
それは、いわば「サイコロ」です。<br />
<br />
サイコロは一番上を向いた目だけではなく、当然残りの５面もあります。<br />
<br />
ただそれらはその時に上の面になっていなかっただけなんです。<br />
<br />
特に意味深なのは、その時の真裏のさいの目です。これは表裏の面の合計が７になるようにできていますから、表の面の残りの数です。そしてその数は上の面によって決まりますから、決まった、固定された数字がいつも続くというのではありません。<br />
<br />
要は、どんな物事にも、程度こそあれ裏側はあるのです。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、私はもともと人間は善悪では割れないと思っていますが、それでもどうしても善人か悪人かに分けろというなら、私なんかは悪人になりますね。すくなくとも、私の中では私は善人ではありません。(・_・）エッ....?<br />
<br />
「私」というサイコロにも悪人という面があることは否定できません。だって事実ですから。 まあ、皆様も同じなんですけど。(-.-;)<br />
<br />
「善」的なこともしていると自分では思っておりますが、自分が意図して行なうにしても、まったく予期しない状況であっても、他人にとって結局「悪」的影響を及ぼしてしまっていることもあるだろうと感じています。<br />
<br />
<br />
<br />
でもだからといって、これに対する対策はほぼ不可能でもあると思います。<br />
<br />
周りの人、当事者の方がどう思われるかということは、私の外にあるからです。<br />
<br />
素直な方、正直な方はある程度わかりますが、顔と心を別にできる？人であれば、いくら笑顔でも断定はできないということです。 まあ、推測することもしませんが。<br />
<br />
つまり、どうする事もできないわけですが、でもこのことはほかの方たちにとっても同じ条件なんですから、今日も生きていく以外に手段はないんです。<br />
<br />
そもそも、自分のやることを１００％うまくやろうなんて考えが無理なんです。<br />
<br />
勿論、自分自身が納得できるように ベストを尽くすことはOKなんですが、結果が必ずそれについてくるとは思わない。ついてこない事もあるんです、この人生では。<br />
<br />
それでもやる事が、「自分の人生を背負う」ということなんでしょうね、多分。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.07.25  二股日記</title>
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    <published>2009-07-25T01:43:45Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:44:10Z</updated>

    <summary>もう見られたと思いますが、トップページの「ブログ日記更新しました」の下段にプチ整...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[もう見られたと思いますが、トップページの「ブログ日記更新しました」の下段にプチ整形のブログ日記が開けるようにショートカットを作りました。<br />
<br />
内容が違いますので、ご興味がありましたらどうぞご覧ください。<br />
<br />
ここ数日はプチ整形の方で、美容医療にかかわる日記を書いておりますので、どうせならもうつなげちゃおうと思った次第です。<br />
<br />
こういう「二股」ならアリですよね。(^_^)v<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.07.23  クレームの言い易い世の中って？</title>
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    <published>2009-07-23T01:42:15Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:43:37Z</updated>

    <summary>今日の読売新聞ですが、「職場で苦情が増えている」と感じる人は4割、多くの人は日常...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今日の読売新聞ですが、「職場で苦情が増えている」と感じる人は4割、多くの人は日常生活で嫌な思いを4～5回したら１回は苦情を言うとありました。<br />
<br />
記事内容の情報が少ないのでなんとも言えませんが、一言ではくくれない内容ですね。<br />
<br />
クレームを言う側からでも、クレームを聞く側からでも、第三者的にもコメントがいくらでも書けそうな記事ですから。<br />
<br />
そもそも記事の「クレーム」と言っても、例えば客観的に店側に問題があるのか、客側にもある程度問題があるのかが区別されていません。<br />
<br />
「嫌な思い」というのも、思われた方のその時の気分だとか性格・気質など、非常に時間差や個人差があると思います。<br />
<br />
<br />
<br />
どちらにしても、今の世の中、クレームの言いやすい時代になったのだろうとつくづく思います。<br />
<br />
そんなに急に問題になることが急増するとは考えにくいからです。<br />
<br />
以前からあったことが今になって気になりだしたというのも、かなりあるでしょうね。<br />
<br />
また、景気の悪いことも、さらに増徴させているかもしれません。<br />
<br />
すぐ切れる人が増えたというか、ピリピリしている人が多いようですね。<br />
<br />
そういえば、若い人にすぐキレル人が増えたということも、最近新聞に書いてあったと記憶しています。<br />
<br />
<br />
<br />
こういう時代になったことがいいのか悪いのかは、それだけでは言えませんが、このような社会を作った私たちにとっては、必然的な流れなのかもしれません。<br />
<br />
今回の記事から、私はどちらの立場であっても「お互い様」という言葉をあらためて考えたいと思いました。<br />
<br />
お互い様というのは、「相手も自分も、いつ何時でも、色々なことで同じような立場に立つことがあるんだよ」ということです。<br />
<br />
その時は店と客の関係でしょうけど、別の時にはまた別の人とのやり取りで逆の関係であったりすることもあるのです。だから、自分が相手の立場であればどう思うか、どう感じるかということを考えながら、物事を進めていこうという思いです。<br />
<br />
<br />
<br />
お互い様を太字にしましたが、実は私にとっての人生哲学の中で、この「お互い様」はメインの一つなんです。 (^_^;)<br />
<br />
一言でいえば「思いやり」かもしれません。<br />
<br />
勿論、自分がちゃんとできているとは思えないのですが、(^_^;)<br />
<br />
見直しはできるなと。見直したら、なんか反省ばっかりですけど。(-.-;)<br />
<br />
ちっとは成長しろよともいいたくなりますね。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.07.15  無理に「いい人」を演じなくてもいいんだよ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/07/20090715-65548.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65548</id>

    <published>2009-07-15T01:42:38Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:43:15Z</updated>

    <summary>ガンになりやすい性格があるかということを調べた人たちがいます。 アメリカの心理学...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ガンになりやすい性格があるかということを調べた人たちがいます。<br />
<br />
アメリカの心理学者とサイエンスライターが、150人以上のメラノーマ(黒い皮膚がん)患者を調べて、その約4分の3に同じような性格的特徴があることを認めたというのです。<br />
<br />
まず、怒りを表に出さないタイプで、不安、恐れ、悲しみのようなネガティブな感情を表に出さない人、人間関係では、忍耐強く、控えめで、協力的で、従順な人で、周りの人に気をつかいすぎ、自分の要求は我慢してしまうことが多い人です。<br />
<br />
つまり、いわゆる他人にとって都合の「いい人」タイプです。<br />
<br />
ある程度は、人間社会のルールというか掟みたいなものを守る、従うことは必要ですが、自分のキャパシティを知らないといけないと言うことですね。<br />
<br />
「いい人を演じる」ことは可能ですが、あまり無理しないようにしないといけないのですが、そうも言ってられない場合もあるでしょう。<br />
<br />
問題は、その時にどうするかでしょうね。 「今のままでよいのか」を見直しする。<br />
<br />
1立方センチ大の癌が育つには6年くらいかかるそうです。<br />
<br />
だから、今自分の立場、状況をみて、必要があれば何か対応しないと、5年後、10年後に影響を与えるのです。 私自身は厳密にいえば運命論者ではないと思いますが、今していることが数年後～何十年後かに影響を与えるということは真実と思っています。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.07.14  新しいブログ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/07/20090714-65547.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65547</id>

    <published>2009-07-14T01:42:13Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:42:52Z</updated>

    <summary>トップページにも書きましたように、新しいブログを立ち上げました。「プチ整形」専門...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[トップページにも書きましたように、新しいブログを立ち上げました。「プチ整形」専門サイトなのですが、業者に最初作ってもらったので、私のセンスとはまったく違う雰囲気です。(^_^;)<br />
<br />
全体的にピンク色を基調にしており、 横浜FCクリニック形成外科のブログとはほぼ180度違う感じですね。<br />
<br />
でも内容は同じなので、言っている事は変わりません。むしろ「二重まぶた」や「若返り（テノールについて書いてあります）」は、本家？よりもつい詳しく書いてしまいました。<br />
<br />
日記まではまだ書けていませんが、少しずつ増やしていく所存です。<br />
<br />
今後ともよろしくお願いいたします。m(_ _)m<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.07.09  祖死　父死　子死　孫死</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/07/20090709-65545.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65545</id>

    <published>2009-07-09T01:41:19Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:42:32Z</updated>

    <summary>勝野洋さんとキャシー中島さんのご長女が肺がんで亡くなられたとニュースで知りました...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[勝野洋さんとキャシー中島さんのご長女が肺がんで亡くなられたとニュースで知りました。<br />
<br />
ご主人、ご両親、ご家族の方々の悲しみははかりしれません。<br />
<br />
心よりご冥福をお祈りいたします。<br />
<br />
<br />
<br />
このタイトルですが、有名な禅僧、仙厓和尚さんのエピソードだそうです。<br />
<br />
お正月にある金持ちが和尚さんに、「何かめでたいものを書いてくれ」と頼みました。<br />
<br />
その時に和尚さんが書いたのが「祖死　父死　子死　孫死」です。<br />
<br />
「正月早々、なんとげんの悪いことを」と言うと、和尚さんは「この順に死ぬのが一番みんなの悲しみが少ないのだ。祖父が死に、父が死に、子供が死に、孫が死んでいく。もしもこの順どおりでないと、もしも孫が先に死んだらみんなの悲しみはどれほど大きいことか」と言われたそうです。<br />
<br />
ふと、思い出しました。<br />
<br />
御覧のように、この言葉には、もしも子供が先に死んだ場合の対応については何も言っていません。<br />
<br />
もしも、子供や孫が先に死んだら、・・・・・やはり受け止めることしかないのです。<br />
<br />
私自身、身内が亡くなりましたからよくわかります。<br />
<br />
「時間」ですね。<br />
<br />
それと、亡くなった方のためにも、自分が精一杯生きるという決意じゃないでしょうか。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.06.30  美容外科の役目って？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/06/20090630-65544.html" />
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    <published>2009-06-30T01:40:53Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:42:02Z</updated>

    <summary>何ヶ月か前になりますが、あるテレビ番組で観たことです。 ある外科医の先生が将来生...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[何ヶ月か前になりますが、あるテレビ番組で観たことです。<br />
<br />
ある外科医の先生が将来生まれ変わったら美容外科医になりたいと言われました。<br />
<br />
世界中の女性をきれいにしたいそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
おそらくは、ほとんどの美容外科にかかわる先生方が同じような考えをお持ちなのだろうと思っています。<br />
<br />
純粋にみれば素晴らしいお考えと思います。<br />
<br />
ただ、私は個人的に若干違う考え方になってしまいました。というか、上記の考え方では壁にぶつかるのではないかと思っています。ただの妄想かもしれませんが。f^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
私は、自分なりに多くの患者様とお会いするうちに、いわゆる「きれいに」とか「美しく」という言葉の価値に疑問を持つようになりました。<br />
<br />
「きれい」「美しい」という判断基準が、人によって違うのです。<br />
<br />
皆様全員が、いわゆる一般的な美しさを求めているわけではないのです。あくまでも「自分の好み」が基準なんです。<br />
<br />
<br />
<br />
つまりご相談にこられた方々全員が、万人が好む顔にしたいというわけではないのです。<br />
<br />
確かに、「女優の○○○さんのようにしたい」というご希望の方もおられますが、最終的にはご自身の好みで最終決定されます。<br />
<br />
当然と言えば当然で、その方がご自身で認識されている女優の印象から発展していくのですから、同じ女優の顔を基準にしても、Aさんからみれば「目」かもしれないし、Bさんから見れば「鼻」が基準になるのです。<br />
<br />
漠然としたご希望の場合は、医師側からご提案させていただくこともありますが、治療を開始するとなれば、当然結果や経過を患者様が納得されないと、始まりません。<br />
<br />
<br />
<br />
また、人間には欲がありますから、何所まで治すのか、限がありません。<br />
<br />
ところで、「美」 は無限なのでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
現在、私は、『形成外科、美容外科は、個人個人の「心」と「身体」との折り合いをつける、橋渡しの役を行なう科ではないか』と考えているのです。<br />
<br />
特に「心側」に「身体側」から歩み寄ることを主体にしています。<br />
<br />
そう考えると、逆に心療科は「心側」から「身体側」に歩み寄ろうと試みる科といえるかもしれません。<br />
<br />
<br />
<br />
患者様の何とかしたいという動機が純粋に「見た目をきれいにしたい、美しくなりたい」であれば、歩み寄りやすいのですが、必ずしもそうとはいえない場合もあるのです。<br />
<br />
無意識のレベルで、何か問題か悩みを 抱えているという方の場合に、その問題を別の形、例えば顔のある部分の問題に置き換えているということもあるのです。<br />
<br />
この場合は、いくら治療をしても、元の問題をクリヤーできない限り、「治癒」に到達することは非常に困難であると思います。<br />
<br />
ですから、単純に「きれいに」「美しく」という考えだけでは成り立たない場合になるのです。<br />
<br />
そういうわけで、現在の私は、カウンセリングの時には、「きれいに」とか「美しく」というフレーズをとりあえず頭から取り去った上で お話するようにしています。<br />
<br />
カウンセリングの時には、その様な言葉は無意味です。患者様と向かい合って、お悩みやご相談をお聞きしていると、そういうレベルでは表現できない場合があるのです。<br />
<br />
その方が、なにか本質に近づくような気がしてならないのです。<br />
<br />
まあ、単なる私の妄想と言われれば、それだけのことですが。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.06.27  ご冥福をお祈りいたします</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/06/20090627-65543.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65543</id>

    <published>2009-06-27T01:38:49Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:41:36Z</updated>

    <summary>マイケル・ジャクソンさんが亡くなられたとのことで、ご冥福をお祈りします。 もう5...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[マイケル・ジャクソンさんが亡くなられたとのことで、ご冥福をお祈りします。<br />
<br />
もう50歳だったんですね。<br />
<br />
それにしては、さすが若いダンスを披露されていました。<br />
<br />
この方は、いろんな意味でスターでしたね。<br />
<br />
私には「スリラー」のイメージが一番強いですが、他にタイトルは忘れましたが、トランスフォーマーのように車か乗り物に変身するSFXのある映画？もなんか印象に残っています。<br />
<br />
いつも、他のアーティストたちに影響を与えるような作品でした。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、ファラ・フォーセットさんもガンで亡くなられたとのこと。<br />
<br />
同じく、ご冥福をお祈りいたします。(-.-;)<br />
<br />
「チャーリーズ・エンジェル」は良かったですね。<br />
<br />
3人のうちでは一番ファンでした。(^_^;)<br />
<br />
なんかオヤジ的表現で恐縮ですが、ボサボサ風？のブロンドヘアーで、色っぽかったです。<br />
<br />
享年68歳！<br />
<br />
やっぱり私がテレビで観ていた頃にはもうお姉さんだったから、それくらいのお年ですか。<br />
<br />
ちなみにライアン・オニールさんからの求婚を受けられていたようで、ライアン・オニールさんにしてみればまさに「実録・ある愛の詩」ということですね。<br />
<br />
っていうか、もうこういうネタもわからない人が多いのでしょうね。(-.-;)<br />
<br />
CGがどんどん進化する一方で、なんか昔の映画も観たくなっちゃいました。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.06.24  プラセンタ注射はセキュリティにもなる？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/06/20090624-65542.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65542</id>

    <published>2009-06-24T01:39:40Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:41:10Z</updated>

    <summary>さすが梅雨ですね、うっとおしい雨が続きます。 先日のことですが、以前プラセンタ注...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[さすが梅雨ですね、うっとおしい雨が続きます。<br />
<br />
先日のことですが、以前プラセンタ注射を続けられていた方が、数ヶ月ぶりに来られました。<br />
<br />
その方の話によれば、「プラセンタ注射をしていた頃は、なんとなくいいという実感しかなかったが、しなくなってから体の調子が良くないことが多かったので、それで逆に効いていたことがわかった」と言うことでした。<br />
<br />
なるほど、そういう実感の仕方もあるのですね。<br />
<br />
なんらかの治療というよりは健康増進であったわけです。<br />
<br />
疲れにくくなった、肌が良くなった、更年期の症状が軽くなったなど、実感される方はそれでよいのですが、この方のような場合はまさにセキュリティと同じだと思いました。<br />
<br />
<br />
<br />
セキュリティのグッズは、一般的にそれがあるからといって目に見える効果はあまり期待できませんが、それがあることによって「見えない効果」があるのです。<br />
<br />
盗難等をやられた後ではもう遅いわけですから。<br />
<br />
<br />
<br />
そう考えていくと「便りのないのは、良い知らせ」も同じ方向でしょうか、・・・違うか！(^_^;)<br />
<br />
<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.06.08  数字好きの方に</title>
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    <published>2009-06-08T01:39:36Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:40:44Z</updated>

    <summary>私自身は、日にちの差別化はあまり考えない方です。 例えば「1月1日は元日だからあ...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私自身は、日にちの差別化はあまり考えない方です。<br />
<br />
例えば「1月1日は元日だからありがたい」とは考えない方なんです。<br />
<br />
まあ、仕事休んで家族でお参りできる日という認識なんです。<br />
<br />
「今、生きている」というだけで、すごいと思っているほうなんで。<br />
<br />
行事がある日は、行事を楽しみますが、たまたまそう人間が決めただけと思っています。 (^_^;)<br />
<br />
でも、子供たちには季節の行事を知ってもらうために、色々することはしています。<br />
<br />
<br />
<br />
そのなかで、自分が生まれた日は、自分にとって一番意味があるのでしょうね。 とりあえずのスタートとしての基準点ですから。<br />
<br />
そんなわけで、生誕１万日を簡単に計算できるサイトがあると知りました。<br />
<br />
興味があればどうぞ。<br />
<br />
自分が生まれてから今日まで何日生きたという認識ができます。<br />
<br />
数字好きの方にはいいかも。<br />
<br />
ちなみに、生まれた日を０日目として計算しています。<br />
<br />
http://www.110kz.com/001/count2.htm<br />
<br />
ちなみに、私は2012年6月17日が私にとっての？日目になります。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.06.02  居候は腸内細菌を目標にしろ</title>
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    <published>2009-06-02T01:39:38Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:40:22Z</updated>

    <summary>意味不明のタイトルです。(^_^;) 今問題になっている地球温暖化を私なりに考え...</summary>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[意味不明のタイトルです。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
今問題になっている地球温暖化を私なりに考えてみました。<br />
<br />
まずその前に、そもそも地球は誰かのものでしょうか？<br />
<br />
私は誰の物でもないと思っています。<br />
<br />
国があるのは治世などとりあえず生活しやすいように歴史的に作りあがった便宜上の境界です。<br />
<br />
地球は地球本人？のものです。<br />
<br />
私たち人間は地球にとってはいわば細菌かウィルスです。<br />
<br />
まあ、人間は住処を作りたがりますから、イボを作るウィルスみたいな存在です。<br />
<br />
地球は、そんなウィルスのような輩のものではありません。<br />
<br />
<br />
<br />
細菌やウィルスのようなものというと気分を害する人もいるでしょうから、もう少し人間らしく表現するなら居候です。<br />
<br />
人間は地球にとって居候です。<br />
<br />
地球に家賃払っているという話は聞いたことがありません。<br />
<br />
居候なら居候らしくすれば良いのです。<br />
<br />
居候は生活費や家賃を払わずに住まわせてもらっているのですから、どちらかといえば慎ましやかに暮らすほうが心証を悪くしないでしょう。<br />
<br />
つまり地球の気分を害するようなことをしなければ良いのです。<br />
<br />
<br />
<br />
どうも人間は地球の気分を害するようなことをやっちゃいます。<br />
<br />
だから時々地球は怒るんです。 いや、起こっているのではなく地球にとっては寝返り程度かもしれませんが。<br />
<br />
<br />
<br />
それで、温暖化問題についてです。<br />
<br />
地球温暖化は厳密に言えばまだ「仮説」であり、二酸化炭素が増えたことが原因で気温が上昇するという証明はされていないと書いてある本もあります。<br />
<br />
また、今はまだ氷河期に属しているのだからこれから暖かくなっていくのは自然だと言う説もありますが、これを確認できるほどの寿命の人はいないでしょうね。<br />
<br />
<br />
<br />
たとえ温暖化に向かうことが地球の時間的経過で必然的なことであったとしても、そうでないにしても人間が居候の分際で、二酸化炭素をガバガバ撒き散らすことはしない方が良いと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
模範となる関係は、人間と腸内細菌です。<br />
<br />
腸内細菌は、腸内で消化吸収を助けていますが、ガスを産生する菌だとウィキペディアに書いてあります。<br />
<br />
つまり人間と「いい関係」にあるんです。<br />
<br />
人間も腸内細菌を見習って、地球といい関係になりたいものです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.06.01  命日は命の日と書きます</title>
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    <published>2009-06-01T01:38:47Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:39:55Z</updated>

    <summary>命日というのは、生きている人のためのものと思っています。 亡き人を思い出すという...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[命日というのは、生きている人のためのものと思っています。<br />
<br />
亡き人を思い出すというのも、自分の脳の中のことですし。<br />
<br />
一番大切なことは、今の自分の生き様を省みることじゃないでしょうか。<br />
<br />
ちゃんと生きてなきゃ、申し訳ないもんね。<br />
<br />
<br />
<br />
ちなみにキリスト教では法事がないそうです。<br />
<br />
これは亡くなった方への思いは、各人の自由に任せているのでしょうね。<br />
<br />
楽なようですが、厳しい決意も感じます。<br />
<br />
<br />
<br />
仏教の法事は、親戚一同が亡き人をしのぶことを切欠にして、出会う場を作っています。<br />
<br />
日ごろほとんど会わない人同士が膝を交えて懐かしむ。<br />
<br />
全て亡き方がセッティングしてくださっているんです。<br />
<br />
<br />
<br />
どちらのプロセスも、「今を生きているか？」という確認ですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.05.22  今のCGはすごい</title>
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    <published>2009-05-22T01:38:23Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:39:13Z</updated>

    <summary>「ターミネーター４」の予告編をみましたがすごいですね。 もうCGがここまで発達す...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「ターミネーター４」の予告編をみましたがすごいですね。<br />
<br />
もうCGがここまで発達すると、報道の映像でも実際に起こったことなのかCGなのかをまず考えないといけなくなりますね。<br />
<br />
何年前でしたか、「フォレストガンプ」という映画で、主人公が実際の大統領と面会するシーンを当時の報道ニュースの映像を利用して作っていましたが、これでもかなりリアルでした。<br />
<br />
それから、「ジュラシックパーク」では、ホントに恐竜がいるんじゃないのと思わせるくらいになりました。<br />
<br />
前々作「T2」でも、あの液体金属のCGはすごかった。<br />
<br />
時々テレビでやっている特番の中で、UFOの映像もありますが、中にはCGのもあるでしょうね。 実際、テレビではUFOだといっている映像が、U-tubeでは作者がCGだったとばらしていたのもあります。<br />
<br />
<br />
<br />
それで思い出しましたが、何十年もみんなをだまし続けたネス湖の恐竜の写真も、実際は模型だったと今頃になってばらした人もいますし。<br />
<br />
それに中国だってオリンピックの開会式でやっちゃいましたから。<br />
<br />
美空ひばりさんとデュエットしているシンガーもいます。<br />
<br />
一寸前ですが、サザンの桑田さんもジャイアント馬場さんとレスリングしました。<br />
<br />
<br />
<br />
もう信じられるのは自分が実際に見ている目の前だけになるかもしれません。<br />
<br />
もっとも、目の前のことですら、自分の脳内の映像なんですけど。<br />
<br />
でも、信じられる人の話は（とりあえず）信じましょう。<br />
<br />
友達の場合だと、問題になりますから。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.05.15  今の世の中と自分とのかかわり具合</title>
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    <published>2009-05-15T01:37:27Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:38:40Z</updated>

    <summary>「どうも今の世の中はなんだかおかしい」という声を聞きます。 「おかしい」という以...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「どうも今の世の中はなんだかおかしい」という声を聞きます。<br />
<br />
「おかしい」という以上は、「おかしくない」「正しい」というあり方も逆に言えばあるわけですね。<br />
<br />
しかし、１００人いれば１００通りの意見があるわけで、何が良いのかどうやって決めましょうか。<br />
<br />
多数決？ 今はそう決めることが多いのですが、私自身はやむを得ないと思いますが、基本的にはしっくりしていないのです。<br />
<br />
<br />
<br />
また、少なくとも自分の言い分の方は正しいのかと省みても、私にはそう言い切ることができません。<br />
<br />
そもそも自分の中での「善悪」の定義も曖昧だし。<br />
<br />
自分で言うのもなんですが、グレーゾーンの幅が広いんです。f^_^;<br />
<br />
それでいて、大多数の意見と食い違うことが結構多いのです。(-.-;)<br />
<br />
<br />
<br />
例えば色々な事件をみんなが判断する際に、あるときには「冷静な評価」を行ない、ある時には「情状酌量」を求めたりします。<br />
<br />
「あの判決は適正だった」 「あれは甘すぎる」 「あれはやりすぎじゃないの？」<br />
<br />
大岡越前守がたくさんおられます。 当然ですが。(^_^;)<br />
<br />
政府が国民一人ひとりにお金を出すというと賛否両論ありますし、 タレントが早く業界に復帰するとなると、また色々な意見が噴出しますし、プロ野球の試合でも、「あの監督采配はおかしい」という自称監督代理が出てきたりします。<br />
<br />
<br />
<br />
なんだかんだと、テレビや新聞、インターネットなどで、色々なコメントを見ますが、私から見ると「う～ん」という印象のものが多いんです。<br />
<br />
かといって「深イイ」ものが無いかというとそうでもないのですが。<br />
<br />
色々な見方がある。言い分がある。思いがある。<br />
<br />
まさに黒澤明監督の「羅生門」そのものの世界です。<br />
<br />
<br />
<br />
今がどんな世の中であろうとも、この世の中を作ってきたのは自分たちです。 こうなって行く世の中を認めた、黙認したからこうなったんです。<br />
<br />
まあ、そのときにはどうしようもない空気というのもあったでしょうけど。<br />
<br />
<br />
<br />
別にどうしろ、こうしろということはないのですが、今までの自分の先入観をリセットして、世の中を眺めてみるとなんか色々な疑問が湧いてきます。<br />
<br />
<br />
<br />
結局、「自分たちが作った世界だ」という気持ちがある人には、色々な問題のある世の中でしょうが、その意識のない人たちにはこの世の中の方が全てであり、正しいんでしょうね。<br />
<br />
<br />
<br />
私なぞはマイナーな考えに該当するでしょうから、その結果として「間違っている側」に追いやられるかもしれませんね。<br />
<br />
ある意味でオタク的絶滅危惧種かも？(^_^;)<br />
<br />
天然記念物？　確かにある意味では「天然」だと自分でも思います。<br />
<br />
<br />
<br />
すねたり、ひがんだりする気にもなりませんが、まあ、そんなモンだろうと実感している今でした。(^_^)v<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.05.07  連休道中記　その２</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/05/20090507-1-65532.html" />
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    <published>2009-05-07T01:37:25Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:38:06Z</updated>

    <summary>神戸に行ったついでといってはなんですが、妻の実家がある岡山にも行ってきました。 ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[神戸に行ったついでといってはなんですが、妻の実家がある岡山にも行ってきました。<br />
<br />
まあ、子供たちの顔見せ興行みたいなもんです。(^_^;)<br />
<br />
神戸では、母の見舞い以外に私の兄夫婦のところにも顔を出して、私の父の姉にあたる伯母さんともお会いしました。<br />
<br />
岡山では妻の母の実家に泊めてもらいましたが、妻の姉夫婦とも会いましたし、妻の叔母さん夫婦とも会いました。<br />
<br />
ふう～。<br />
<br />
<br />
<br />
神戸と岡山、この2箇所でそのほかの方も含めて、計13人の方々とお会いしてきましたが、その特徴が二つあります。<br />
<br />
そのうち75歳以上の女性の高齢者が５人おられ、3家庭で犬を飼っていたのです。<br />
<br />
女性高齢者の方々は、様々な状況です。<br />
<br />
私の母のように入院中の状況から、お元気にお一人で住まれている方や、老人ホームにおられる方など、色々な人生模様でした。<br />
<br />
どうしても介護問題がついてきますね。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、3匹のワンちゃんですが、やはり三者？三様でした。<br />
<br />
警戒心の強い怖がりタイプもいれば、超なれなれしいのや、食べるものしか見えてないんか？といいたくなるようなワンコまで。<br />
<br />
<br />
<br />
私の母親は寝たきり状態ですが、今は認知症も加わっており1月に会ったときとは全然変わっていました。<br />
<br />
子供たちにもこの状況を見せましたが、彼らなりになんか感じてくれたと思います。娘が「涙が出そう」と言った時には、お見舞いに来て有意義だったと思いました。<br />
<br />
<br />
<br />
帰りもラッシュを避けて夜中に走りました。<br />
<br />
それにしても、横浜～岡山間が2,550円というのは助かります。 まあ、高速料金の値下げは一部の国民にしか還元されませんが、私にはありがたいです。<br />
<br />
<br />
<br />
今の気持ちですが、あ～疲れた。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.05.07  連休道中記　その１</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/05/20090507-65531.html" />
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    <published>2009-05-07T01:37:23Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:37:44Z</updated>

    <summary>今回の連休では前半に神戸に帰ってきました。 母は現在入院しておりますが、そのお見...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今回の連休では前半に神戸に帰ってきました。<br />
<br />
母は現在入院しておりますが、そのお見舞いが目的でした。<br />
<br />
せっかく高速料金も安くなったのだから、車で行こうと思いましたが、日中は混むだろうから夜中に走ろうということで横浜を夜9時に出ました。<br />
<br />
しか～し、こういう安易な考えの持ち主は世の中にた～くさんおられたようです。<br />
<br />
(-.-;)<br />
<br />
東名高速で、静岡県の掛川から浜松西の間で最大30キロの渋滞になりました。<br />
<br />
夜中の12時過ぎにですよ！<br />
<br />
みんな、考えることは同じようです。(^_^;)<br />
<br />
みんな何考えとんやと思いつつも、俺もその一人やないかと一人ツッコミしながら走っておりました。<br />
<br />
当然子供たちは車中泊です。<br />
<br />
やっぱ、世の中、甘くな～い。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.04.25  今の世の中の「責任」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/04/20090425-65529.html" />
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    <published>2009-04-25T01:35:22Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:37:13Z</updated>

    <summary>たまたま、タイムリーなネタ？になってしまいましたが、元ネタはすでに書いていたもの...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[たまたま、タイムリーなネタ？になってしまいましたが、元ネタはすでに書いていたものです。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
どうも今はちょっとしたことでも、大きく取り上げられて、問題にされる傾向があるように思います。<br />
<br />
個人的な責任を追及されやすい社会であるとも言えます。<br />
<br />
責任を取り上げること自体が問題であるとはいいませんし、必要と思っているのですが、時になにか違和感を感じることがあります。<br />
<br />
<br />
<br />
問題を大きく取りあげる人は、自分もされたことがあるから、そう振舞うのかもしれません。<br />
<br />
いじめ問題でも、「教室の悪魔」という本で、その様な傾向があるということを知りました。<br />
<br />
今のいじめはその特徴の一つとして、以前いじめられた子がいじめる側に変わっていくのだそうです。 「今度は僕がいじめる番だ。」と言わんばかりに。<br />
<br />
<br />
<br />
閑話休題。<br />
<br />
「こんなことをして、どうするんだ」と問い詰めることがいけないとは言いませんが、まあ、ある程度は限度もあるんじゃないでしょうか。<br />
<br />
私は、個人的な考えから子供たちには何かあってもあまり言わないようにしています。<br />
<br />
それが一番良いと断言しているのではなく、まずは考えたいからなんです。<br />
<br />
反射的に怒るというのは、一寸避けたいのです。<br />
<br />
そして観察します。<br />
<br />
やっぱり自分で考えて、自分なりに反省するようです。<br />
<br />
<br />
<br />
自分で考えるということが大切だと思うのです。<br />
<br />
勿論、自分が気付かなかったことを他人から教えてもらうということもありますから「聞く」ことの重要性は当然ですが、そこから先の「気付き」がないと完結しません。<br />
<br />
ただ、人からとやかく言われるのがウザイから、とりあえず反省する態度を見せるという場合は、再びしてしまう可能性が高いと思います。<br />
<br />
この世の中では、「自らの気付き」がキーワードの一つと言えるのではないでしょうか。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.04.22  言い切ることの危うさ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/04/20090422-65528.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65528</id>

    <published>2009-04-22T01:35:15Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:36:52Z</updated>

    <summary>たまたまですが、今朝の新聞のスポーツ欄に張本さんがイチロー選手の打撃について解説...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[たまたまですが、今朝の新聞のスポーツ欄に張本さんがイチロー選手の打撃について解説をしていました。<br />
<br />
なんでも、グリップが動かないのが良いのだそうです。張本さんや川上さん、王さんは長距離ヒッターなのでどうしてもグリップが動くのだそうです。その点、イチロー選手は長打を狙っていないので、グリップが動かないのです。<br />
<br />
また、スイングの始動が遅く、ピッチャーの投げた球を長く観ることができるのも特徴だそうです。<br />
<br />
なるほど、と思いましたが、その反面、誠に失礼なこととは思いましたが、「本当なのだろうか」とも思いました。m(_ _)m<br />
<br />
だってご本人の弁ではないのですし、第三者ならどうだって言えるのです。 まあ、今回の場合はシンプルな理屈ですから、大きな疑問ではありませんが、外見上の現象は同じでもイチロー選手自身の意識は別のところにあるのかもしれないとは思っています。<br />
<br />
理論的に明快な、歯切れの良い、言い切る解説は、聞いていて納得しますが、そんなに勝負事は簡単ではないというのも事実です。<br />
<br />
<br />
<br />
囲碁の対局をテレビで見ていると、解説者が別の部屋で説明しています。<br />
<br />
基本的な理論は非常にためになりますが、同じくプロの棋士である解説者でも、次の一手を予想するという場合は、外れることも多いのです。<br />
<br />
なぜなら、プロ同士の勝負となりますと、基本どおりには当然打ちませんし、相手の目論見をはずすことをお互いにしますから、局面が非常に難しくなります。だから、プロだって予想が外れることがあります。<br />
<br />
<br />
<br />
かなり前になりますが、サッカーワールドカップのフランス大会に岡田ジャパンが出場した時、日本は一勝もできずに終わりました。<br />
<br />
その後しばらくしてから、岡田さんが当時の状況についての手記を投稿していましたが、読んでいてなるほどと思ったのは、「当時、マスメディアなど周囲からも色々な解説がされていたが、ことごとく私が通り過ぎた考えであった。それらも考えた上で決断したのだ」ということでした。<br />
<br />
確かにそうでしょうね。一番チームのその時点での調子を見ているのですから、外野からいくら言っても案外的外れであったということはあると思います。<br />
<br />
ただ、そのときには残念ながら結果がついてこなかったというだけなんですね。まさに「勝てば官軍、負ければ賊軍」でいう賊軍の大将になってしまったという事です。<br />
<br />
<br />
<br />
私は、最近は色々な意見をまずは心の中でニュートラルな位置に置いて、いったん保留みたいな感じで留めておきながら、それから吟味するように心がけています。<br />
<br />
だって、考えてみれば世の中、なんか嘘というか眉唾ものが多いと思いませんか。<br />
<br />
色々なものを見つめなおすという事は、面白いですよ。<br />
<br />
勿論、病的にはならない程度に、ですが。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.04.20  技術は孤独なもの</title>
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    <published>2009-04-20T01:35:50Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:36:32Z</updated>

    <summary>基本があり、それを基にして色々な技術を自分の体で覚えていくことになるのですが、こ...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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        <![CDATA[基本があり、それを基にして色々な技術を自分の体で覚えていくことになるのですが、ここでまた疑問が出ました。<br />
<br />
「基本って何？」<br />
<br />
辞書には、「物事が成り立つためのよりどころとなるおおもと。基礎。」と書いてありました。<br />
<br />
医療でも、当然多くの技術的な内容があります。その様な技法を身につけようとする段階で、いつも思うことがあります。<br />
<br />
それは、その基本の動作が１００％そのまま自分の動きとして使えるという事は、おそらくというかほとんどないだろうということです。それは心身両面から理由があります。<br />
<br />
<br />
<br />
体全体を使う動作は勿論ですが、たとえ手作業的なことでも、人それぞれ手の大きさや形、バランス、比率が違います。手の大きい人と手の小さい人では、当然動きが違ってきます。<br />
<br />
さらに、この技術を学ぼうとする時に、必然的に使わなければならない「脳」も違います。 脳が違えば、その技術に対する解釈も違うでしょうし、性格も習得する経過に影響してきます。<br />
<br />
だいたい地道な努力は、継続することが苦痛でない気長な性格の人のほうが向いているでしょう。<br />
<br />
それから、当然「好きであること」「興味を持っていること」「真剣であること」が重要になってきます。<br />
<br />
<br />
<br />
このように色々な要素が絡んでくる以上、同じ内容が１００％完全に伝わるということは不可能ではないかと思えてくるのです。<br />
<br />
どうしても教える側の人の個性というか、その人の解釈、感覚、コツも引き継がれていくからです。<br />
<br />
<br />
<br />
少しではあっても「伝言ゲーム」の様相も呈しているという事です。<br />
<br />
大事なことは、いかに本筋からぶれないようにするかという個人なりの努力でしょうね。<br />
<br />
そう考えると、時にその技術において傑出した人が出現するのは、一言で言えば「天賦の才能」かもしれませんが、その人の解釈が創始者の理論に近づいたか、もしくはほぼ一致したという状況なのかもしれないですね。<br />
<br />
そう考えるとわかりやすいですから。<br />
<br />
<br />
<br />
仏教も同じことが言えますね。 例えば浄土真宗であれば、親鸞聖人の思いから代々経過していけば、どうしてもぶれると言うか、変化していくと思うんです。 その中で、考え方が親鸞聖人とほぼ一致した方が蓮如上人なのではないかと考えたりしています。<br />
<br />
私自身のことですが、手術の感覚やレーザー治療の手順など自分の技術を教えるとしても、言葉では説明できない感覚があり、全てを伝えることは無理だなと思っています。<br />
<br />
それで、基本について考えてみたのですが、結局「全てを伝えることはできない」という自己弁護になってしまいましたが。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.04.17  マラソンの参加規程</title>
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    <published>2009-04-17T01:35:14Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:36:07Z</updated>

    <summary>変なタイトルですね。f^_^;　でも後でわかります。 先に言っておきますと、あく...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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        <![CDATA[変なタイトルですね。f^_^;　でも後でわかります。<br />
<br />
先に言っておきますと、あくまでも個人的な戯言ですので。<br />
<br />
<br />
<br />
私の子供が行っている小学校や中学校では、「子供の在学中に各保護者がＰＴＡの役員を少なくとも1回はしなければいけない」という暗黙のルール？があります。<br />
<br />
実はそれに対して疑問に持っています。<br />
<br />
時間的にもＰＴＡの活動が余裕を持ってできる人はできるでしょうが、一人親家庭など環境条件が違う家庭では、非常に難しいという場合があると思います。<br />
<br />
そもそも、役員になることをみんなが嫌がっているようで、「面倒くさいことをさせられるのだから、自分だけでなく他の者もやらせないと自分だけが損する。それは悔しいから嫌だ」というのが、根底にあると思われるのです。<br />
<br />
ですから、「公平に」という謳い文句を掲げています。<br />
<br />
しかし、生まれてきた環境からして、すでに公平ではないのです。<br />
<br />
どうも「公平」という定義が、私と他の保護者の皆さんとは違っているようです。<br />
<br />
私はできる範囲で参加すればよいというのが前提だと思っています。<br />
<br />
私の場合は、子供が小学校にいた頃は、日中に学校に行くなどの融通を利かすことができないので、 ちょっとした罪悪感から、学童クラブの役員をさせていただきました。こちらならみんな仕事を持っている人たちばっかりなので、活動するにしても夜だとか、日曜、祝日になるからです。<br />
<br />
そうすることで娘と向かい合ってきました。<br />
<br />
<br />
<br />
保護者全員に役員をしろというのは、例えばマラソンを走ることを行なう場合に、長距離走の得意な人も、走ったことがない人も、病気の人も、さらには歩けない人にも「走れ！みんな１回は走らないといけないんです」と言っているのと同じじゃないの？と思っています。<br />
<br />
無理矢理役をやらされた人の中には、必然的にというか、仕事をしない方も出てくると想像できます。<br />
<br />
私の学童クラブの経験上、やる気のない人になられても、その年のほかの役員が大変なだけです。<br />
<br />
他の人に迷惑がかかりますから、むしろそういう人はしないほうが良いのです。<br />
<br />
<br />
<br />
じゃあ、役員をやらない人は得？って考える人もいるでしょうけど、私から見れば、そういう人は気の毒な、かわいそうな人なんですけどね。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
役にならなかった人たちの中で、「自分は役員にはならなかった。ちょっと申し訳ないな」という気持ちがあれば、それでＯＫと思うんです。そういう気持ちが起こる方であれば、その後の人生にも活きますよ。<br />
<br />
もしも、そういう気持ちが起こらない人なら、それまでなんです。 言ってもわからないでしょうしね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.04.17  はっ謀られた？</title>
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    <published>2009-04-17T01:34:24Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:35:41Z</updated>

    <summary>娘の入学式のあとに行なった保護者会で、クラスの役員を決めるときのことです。 まず...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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        <![CDATA[娘の入学式のあとに行なった保護者会で、クラスの役員を決めるときのことです。<br />
<br />
まず、その前に言っておくことがあります。 今年の2月にあった学校説明会で、役員決めのアンケートをもらっていました。<br />
<br />
その役員のどれかに○をつけて、入学式当日に提出することになっていたのですが、私はどうもよくわからなかったので、丸をつけませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
すると入学式当日、提出の際に担当の方から丸をどれかにつけないといけませんと言われて、その時にとりあえず可能な役に丸をつけました。<br />
<br />
そして、入学式の後クラスごとの役員決めになりました。<br />
<br />
まずは立候補を募りましたが、クラス委員という役は、最初から立候補される方がおられたので、すんなりいきました。<br />
<br />
次に推薦委員というのは立候補もなかったので、次にアンケートの希望者が呼ばれることになりました。<br />
<br />
その時です、気付いたのは。<br />
<br />
アンケートに丸をつけていたのは、私だけ!だったんです。<br />
<br />
「はっ、謀られた！」と思ったときにはもう時すでに遅しでした。 (-.-;)<br />
<br />
というわけで、また役員になっちゃいました。<br />
<br />
<br />
<br />
後で、娘の友達のお母さんに聞くと、 「人数からいっても、役員にならなくてすむ人もいるので、みんなもう書かないのですよ。」ですって。(・_・;)<br />
<br />
<br />
<br />
家に帰ってから、子供たちに言うと、「またか」と言われました。<br />
<br />
どうもこういう人生みたいです。<br />
<br />
ホント、生きていることをつくづく実感できる運命のようです。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.04.16  答えはそのうちに</title>
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    <published>2009-04-16T01:34:26Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:35:06Z</updated>

    <summary>『ある日突然考えた どうしてオレはがんばってるんだろう 家族のため？　自分のため...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[『ある日突然考えた<br />
<br />
どうしてオレはがんばってるんだろう<br />
<br />
家族のため？　自分のため？<br />
<br />
答えは風の中』<br />
<br />
「明日があるさ（ジョージアで行きましょう編）」より<br />
<br />
<br />
<br />
私は、一つ区切りがついたことがあります。<br />
<br />
娘が小学校を卒業したために、学童クラブの方もお役御免になったことです。<br />
<br />
私は6年間ずっと役員をしてしまいました。<br />
<br />
1年の時が副会長、2年～5年が会長、6年では事務局。 それから、第二週の土曜日にある保護者会は皆勤です。<br />
<br />
まあ、役員だったから当たり前といえば当たり前ですね。<br />
<br />
当然毎年2回あった運営委員会も皆勤です。<br />
<br />
<br />
<br />
「大変ですね～」と言われ続けましたが、自分はあんまりそう考えていませんでした。<br />
<br />
「何とかなる」が私の中では大前提だったんです。 いや、「難しくは考えなかった」という方が、正解かもしれません。<br />
<br />
「考えなかった」わりによく続いたね。<br />
<br />
これは周りの人が、私が頼りないので、頑張ってくれたのでしょう。<br />
<br />
(^_^;)<br />
<br />
運がいいんです。(^_^)v<br />
<br />
でもね、運に頼りすぎるのもね。<br />
<br />
だから、これからは、ちょっとチェンジしないといけないと思っています。<br />
<br />
「何とかならないときでも、何とかして受け止める」ことですね。<br />
<br />
答えは、あるときに、ふっと頭の中に湧いてくるでしょう。<br />
<br />
今回は、まず頭に浮かんじゃったのがウルフルズの歌でしたが。 f^_^;<br />
<br />
お前の人生、こんなんでええの？と言われそうです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.04.15  ふと思ったこと</title>
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    <published>2009-04-15T01:33:41Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:34:42Z</updated>

    <summary>テレビのトーク番組なんかで、司会者がゲストに「理想の男性は？」と聞いていることが...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[テレビのトーク番組なんかで、司会者がゲストに「理想の男性は？」と聞いていることがよくあります。<br />
<br />
でも、ふと思ったんですよ、「理想の人」について。<br />
<br />
男性から見ても、女性から見ても構いません。<br />
<br />
「理想の人」ってどんな人でしょう。<br />
<br />
結局ですが、「自分と相性のいい人、自分にとって心地よさを感じさせる人、自分にとって都合の良い人、自分に何らかの形でプラスになる事物を与えてくれる人」ということでしょうかね。<br />
<br />
だとすると、パシリやアッシー君、ベンリー君もある意味では「理想の人」なんでしょう、一方的な意味ですが。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
また、自分にとって「理想の人」というのは、どんどん変化していきますね。<br />
<br />
それまでの自分が気付いていなかった「よさ」というものが、年とともにわかってくるでしょうから。<br />
<br />
<br />
<br />
「最初はいい人と思ったけど、付き合ってみればそうではなかった」ということもあるでしょうし、逆に「最初は変な人って思ったけど、付き合っていくうちに意外な面をみて好きになってきた」ということもあるでしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
言っておきますが、陣・と藤・の話題ではありません。<br />
<br />
つまり「理想」というのは、決まったものではないという意味で「幻」なんですね。<br />
<br />
言い換えれば、「その日の天気」と同じです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.04.07  意外なこうか</title>
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    <published>2009-04-07T01:32:16Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:34:16Z</updated>

    <summary>昨日、娘の中学校の入学式でした。 とうとう娘もセーラー服を着るようになりました。...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[昨日、娘の中学校の入学式でした。<br />
<br />
とうとう娘もセーラー服を着るようになりました。<br />
<br />
感無量かと思いましたが、案外冷静に見ている私でした。f^_^;<br />
<br />
それよりも、保護者の役員決めのほうがスリリングでした。<br />
<br />
<br />
<br />
でも、一番驚いたのは、校歌がなんか明るくて、聞きやすいメロディだったことです。<br />
<br />
一般的に想像するような、固い口調の歌詞であったり古風なメロディとは違っていたのです。<br />
<br />
あとで子供たちに聞くと、作曲は「マツケン・サンバ２」を作った人だそうです。<br />
<br />
なるほどと思いました。 市立の中学校ですが、意外な発見がありました。<br />
<br />
これから3年、おもろいかも。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.04.04  食う寝る所に　住む所</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/04/20090404-65510.html" />
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    <published>2009-04-04T01:33:14Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:33:53Z</updated>

    <summary>あるＣＭを観ていて驚きました。 「モンスターハンター2G」というＰＳＰ用のゲーム...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[あるＣＭを観ていて驚きました。<br />
<br />
「モンスターハンター2G」というＰＳＰ用のゲームソフトのＣＭで、ソフト売り上げが300万になったということですが、これには別に驚きませんでした。<br />
<br />
(えっ、ここは驚くところなんですか？)<br />
<br />
それよりも、この数がちょうど茨城県民の人口と同じということに驚いたのです。<br />
<br />
なぜかというと、実は横浜市の人口は360万人よりも多いのです。<br />
<br />
たとえ360万人だとしても、市の人口が県よりも多いとはすごいと思うのです。<br />
<br />
似たような比較をすると、私の現在住んでいる区は人口が23万人以上です。<br />
<br />
区なのにですよ。<br />
<br />
私が昔住んでいた近隣の市と比較すると驚きです。<br />
<br />
岡山県の例えば玉島市、笠岡市、広島県の尾道市などは確か記憶では人口が6万人くらいです。<br />
<br />
ですから、市民よりも区民の方が多いというのもすごいですね。<br />
<br />
なんて人が多いんでしょう。<br />
<br />
そういえば、私の知り合いが横浜に来たときに、横浜駅構内を歩いていて、「この人ごみでは、歩くだけで疲れる」と言いました。<br />
<br />
私のほうは、いつもと同じなので、全然疲れませんでしたが。<br />
<br />
ちなみに、この免疫力？は、ディズニーリゾートに行った時に役立ちます。<br />
<br />
(・_・;） といっても、何も自慢するところではありませんが。<br />
<br />
<br />
<br />
なんか「都会のねずみと田舎のねずみ」みたいですね。<br />
<br />
まあ、人が多くたって、どんなところでも住めば都なんです。<br />
<br />
<br />
<br />
そんなところに私は住んでいるのです。<br />
<br />
変な感心の仕方ですがね。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.03.31  「当たり前」ってなんだろう？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/03/20090331-65509.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65509</id>

    <published>2009-03-31T01:32:45Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:33:25Z</updated>

    <summary>最近、モンスター何某などの言葉や、ＫＹという言葉も氾濫していますが、そのことにつ...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[最近、モンスター何某などの言葉や、ＫＹという言葉も氾濫していますが、そのことについて考えてみました。<br />
<br />
自分の思い通りにならないとキレル人と、周りの空気が読めない人です。<br />
<br />
一見違うようですが、共通の部分もあるような気がしたのです。<br />
<br />
<br />
<br />
まず、モンスター何某という範疇に入れられる人って、どういう思考になっているのでしょう。<br />
<br />
おそらくですが「～できて当たり前」「～してもらって当たり前」という発想なのではないでしょうか。<br />
<br />
それが発展して「～してもらえないからムカつく」「～してもらえないから文句を言う」になるのでしょう。<br />
<br />
基本的に、自分の思い通りにならないと、気がすまないのでしょうね。<br />
<br />
<br />
<br />
逆にＫＹは「周りが～しているのに気付かない」「周りの～という雰囲気を察することができない」のですね。<br />
<br />
これは言い換えれば、「その人の周りの人たちにとって思い通りにならない行為」をする人とは考えられないでしょうか。<br />
<br />
つまり、視点を当人から周囲の人たちに変えてみたのです。<br />
<br />
<br />
<br />
どちらも、発展する行動は一見違いますが、両者とも「～するという行為、状況に対する対応」に関する問題に思えてきました。<br />
<br />
<br />
<br />
さらにさかのぼって「当たり前」と思える行為って何なのでしょうか。<br />
<br />
おそらく、みんな誰もがしてもらったら嬉しい行為や予想通りの行為なのでしょう。 しかし、「当たり前のこと」は必然的な行為、「しなければならない行為」なのでしょうか。 それも疑ってみました。<br />
<br />
そう考えれば、逆にされなくても、大きなマイナスになるほどのものは無いようにも思えます。<br />
<br />
つまり、大まかに言えば「最初から過度の期待はしないこと」がポイントになるのではないでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
だから、お釈迦様は「期待するな」と言っているのではないかと、そこに行き着きました。<br />
<br />
成書には「希望は持つな」と書いてあることですが、要は同じ方向です。<br />
<br />
<br />
<br />
どう考えたって、大多数の人たちにとっては先のことはわからないのです。<br />
<br />
(霊能力者などごく一部の方々を除くことは構いません)<br />
<br />
<br />
<br />
だから、「全てが思い通りになるとは限らない」ということを心にあらかじめ入れておけば、キレルという状況はかなり減ると思うのです。<br />
<br />
ＫＹな人がいても、あまり気にしなければ良いのです。<br />
<br />
まあ、結局はどちらもできる範囲でのことですがね。f^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
やっぱ、許容範囲はありますね。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
ただ、こう考えていくと、ことさらに目くじらを立てる必要はないとも思っているのです。 (´∀｀)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.03.30  独坐大雄峰</title>
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    <published>2009-03-30T01:31:51Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:33:00Z</updated>

    <summary>『明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ』 マハトマ・ガンジー　（...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[『明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ』<br />
<br />
マハトマ・ガンジー　（インドの政治家）<br />
<br />
<br />
<br />
「今」を見つめていくと、究極的にはこうなるのでしょうか。<br />
<br />
後半の文ですが、私は急いで詰め込んでも駄目だよと解釈しました。<br />
<br />
学び方にも、ペースがあるんですね。<br />
<br />
<br />
<br />
ある本に「死ぬ寸前までが学びだ」と書いてありました。<br />
<br />
そういえばガンジーの言葉で思い出しました。<br />
<br />
<br />
<br />
禅の言葉で「独坐大雄峰（どくざだいゆうほう）」というのがあります。<br />
<br />
私は、高く大きな山の山頂に、でんと一人座っているという雄大な風景を想像します。<br />
<br />
足を組んで瞑想でもしているのかな。<br />
<br />
なんか、ガンジーだとピッタリはまっちゃいます。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
「今、この瞬間を自分が生きている。そして、此処に坐っている。このことこそ一番有り難いこと」なんだそうです。<br />
<br />
私には、することが一杯あります。(^_^)v<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.03.27  遊びの時間＝ワサビ？</title>
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    <published>2009-03-27T01:30:59Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:32:34Z</updated>

    <summary>いつもながらようわからんタイトルですな。 うちの子供を見ていると、一寸物事に躓く...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[いつもながらようわからんタイトルですな。<br />
<br />
うちの子供を見ていると、一寸物事に躓くとすぐに「サイアク～」とか「わぁ～どうしよどうしよ」と言います。<br />
<br />
もう駄目、という結論をすぐに出しちゃうというか。<br />
<br />
もうちょっと考えてから結論出せよと言いたくなるんです。<br />
<br />
すぐに言葉が出てしまうのは癖かもしれませんが、自分の中で一寸でも考慮しようという時間がもてないのも事実のようです。<br />
<br />
<br />
<br />
また、逆に何も考えずにすぐに手を出すという場合も、同じ方向の問題なんです。<br />
<br />
カッとなって暴力を振るうというパターンですね。幸い、うちの子供たちはそういうタイプにはなりませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
まずは状況を判断して自分で考える時間というか、どう対応するかという判断というか決断をする時間を作らないといけないのではないでしょうか。<br />
<br />
自分が今ここで対応するだけで何とかなるか？という直感的、総合的判断と言うものかもしれません。<br />
<br />
私はこれを心の中の「遊び」の部分と思っています。<br />
<br />
<br />
<br />
そこで、一寸考えてみて、「これはもっとしっかりと考えないといけない」という判断が出たら、じっくり考えればよいのです。<br />
<br />
すぐに対応できることならそうすればいいんです。<br />
<br />
当然まだ経験の浅い子供には対応が難しいと思いますが、それを鍛える訓練として、「自分で考えよう、自分で判断してみよう」という気持ちは大切だと思うのです。<br />
<br />
間違っていれば、その経験から「修正」を学べばいいんです。<br />
<br />
<br />
<br />
車で言えばハンドルの「遊び」ですね。<br />
<br />
これが無いと、一寸したことですぐに車がぶれますから運転が大変になります。<br />
<br />
もう10年近く前になりますが、職場で外車の好きな人がいました。<br />
<br />
その当時に乗っていたのが、たしか名前は忘れましたがイタリアの車だったと記憶しています。<br />
<br />
その車は加速がすごいのですが、その人がその車が好きな理由が面白かったのです。<br />
<br />
「この車は、ハンドルの遊びが少ないんです。だからちょっとした事ですぐにぶれます。でもそれを乗りこなすのが面白いんです。」<br />
<br />
なんとマニアックな理由かと、当時感心した記憶があります。<br />
<br />
<br />
<br />
心の「遊び」の部分は重要ですよ。<br />
<br />
別名、「ゆとり」ともいいますが、今は「ゆとり教育」だとか変な使われ方もされています。<br />
<br />
当然、この「遊び」の部分が多すぎるのも問題ですがね。<br />
<br />
私は、このようなあったほうが良いけど、多すぎてもいけないモノという「ビミョーなもの」を「にぎりのワサビ」みたいなもんだと思います。<br />
<br />
ようやくキーワードが出揃いました。 (^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.03.21  みえるもの</title>
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    <published>2009-03-21T01:31:03Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:31:42Z</updated>

    <summary>『じたばたしたり苦しんだりした時は、 実はチャンスなんだ。 自分になにが起きてい...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[『じたばたしたり苦しんだりした時は、 実はチャンスなんだ。<br />
<br />
自分になにが起きているかをしっかり観察すると 見えてくるものがあるみたいだ』<br />
<br />
小泉吉宏　「ブッタとシッタカブッタ」 　　　　　（メディアファクトリー）より<br />
<br />
<br />
<br />
何が見えるのでしょうね。<br />
<br />
何を感じるのでしょうね。<br />
<br />
見えてくるもの、感じるものが楽しみになればしめたものかな。<br />
<br />
でも最終的には、楽しみもいらないのだろうな。<br />
<br />
くるものがすべてだから。<br />
<br />
何が見えてもいい。<br />
<br />
何を感じてもいい。<br />
<br />
それが今の自分なんですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.03.21  「偶然」について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/03/20090321-1-65506.html" />
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    <published>2009-03-21T01:30:31Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:32:07Z</updated>

    <summary>今では、世の中のことは脳の中のことと同じと思っていますが、それでも不思議に思える...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今では、世の中のことは脳の中のことと同じと思っていますが、それでも不思議に思えるのがシンクロニシティ、共時性です。<br />
<br />
どう考えても、偶然にしては出来過ぎという事象があると思います。<br />
<br />
あることを考えていると、身の回りの現象をそれに関連付けてみてしまうからそう思えるだけだといわれれば身も蓋もありませんが、そう感じてしまうんです。<br />
<br />
あることを考えていると、それに関連したことを次々に体験する。<br />
<br />
ある問題を考えていると、そのヒントになるようなことに遭遇する。<br />
<br />
<br />
<br />
これらは目の前の世界が、自分の脳が解釈して作り上げている世界であるからこそ、起こる現象なんでしょうね。<br />
<br />
まあ、このようなことであれば理屈もわかるのですが、例えばここ数年以上あっていない人のことをふと思い出したら、その人から電話があったなんて場合はどうなるんでしょうね。<br />
<br />
やっぱ単なる「偶然」の結果ですかね。<br />
<br />
まだまだ、わからないことが多すぎますね。(^_^;)<br />
<br />
まあ、そう感じたい自分がいるのですね。<br />
<br />
思わず「人生の意味」を考えたくなっても無理ないかもしれません。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.03.17  「今を中心に生きる」と色々な特典があります</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/03/20090317-65503.html" />
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    <published>2009-03-17T01:30:27Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:31:20Z</updated>

    <summary>「こんなはずじゃなかった」と思っても、すぐにそんなことは考えなくなるので、次の行...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「こんなはずじゃなかった」と思っても、すぐにそんなことは考えなくなるので、次の行動が多分早くなります。<br />
<br />
ただ、この「すぐ」には幅があるようですね。<br />
<br />
私なんかはまだ長いかも。ｆ^_^;<br />
<br />
それから、過去と未来の時間の旅、自分の周りの旅をしなくてすみます。<br />
<br />
つまり、 過去をみて「こうすればよかった」「あんなことしなければよかった」と思わなくてすみます。<br />
<br />
先をみて「これからどうなるんだろう」と思わなくてすみます。<br />
<br />
周りを見て「あちらの方が私より・・・・・」「私の陰口を言っているに違いない」などと煩わされなくてすみます。<br />
<br />
<br />
<br />
大抵の人にとっては楽になると思います。<br />
<br />
ただ目の前のことをすればよいのだから。<br />
<br />
<br />
<br />
勿論、「100％今だけ」というのは極端な話で無理なことだから、あくまでも気持ちの配分ですけどね。<br />
<br />
人間は嫌なことを考えているとどんどん悪い方へ考えがちです。<br />
<br />
それを無くす目的で、禅では息を整えるよう意識したり、数を数えたりします。<br />
<br />
これも、マイナスに向かう方向への思考を阻止する手段と考えればわかりやすいですね。<br />
<br />
「今、この瞬間」に注意を向けることも同じことだと思っています。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.03.14  引越し　その後</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/03/20090314-65502.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65502</id>

    <published>2009-03-14T01:20:37Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:30:48Z</updated>

    <summary>ようやく、前の家が片付いてきました。 ホッとしたいところですが、今度は新居がダン...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ようやく、前の家が片付いてきました。<br />
<br />
ホッとしたいところですが、今度は新居がダンボールの山になってしまいました。(-.-;)<br />
<br />
これらをさらにセレクトしていかねばなりません。<br />
<br />
<br />
<br />
なんか、今風にいえばWBCの日本代表を決めるような感じですね。<br />
<br />
私の持ち物のなかから、新居に持っていくことが一次審査みたいなモンで、ここでかなり篩いにかけました。<br />
<br />
迷った時には一言、「これがなくても死なんやろ」でした。<br />
<br />
この決断で家のものを、三分の一以下に減らしました。<br />
<br />
逆に言えば、あまりにもいらんモンが多かったんですね。f^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
今度は持ってきたモノですが、とりあえず新天地に来たアンタはよく頑張った？と言いつつ、さらに二次審査をしたいと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
ここまできたら、もう少し減らしたいのです。<br />
<br />
それにしても、なかなか捨てられないモンですね。(^_^;)<br />
<br />
まだまだ捨てられないモンがかなりこびりついています。<br />
<br />
もう少しです。<br />
<br />
今度のテーマは「これがあったら、どうなるんや？　あったらどうなんや？」かな。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.03.03  更新していなかった理由</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/03/20090303-65501.html" />
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    <published>2009-03-03T01:29:33Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:30:20Z</updated>

    <summary>ここ1ヶ月ほど更新していませんでしたが、別に手を抜いていたのではないのです。実は...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ここ1ヶ月ほど更新していませんでしたが、別に手を抜いていたのではないのです。実は先週の日曜日に引越しをしました。(・_・）エッ....?<br />
<br />
それでバタバタしていました。ちなみに現在の家を出るだけですので、一番下の娘が行く学校の区内での移動だけです。 横浜から離れるというのではありません。<br />
<br />
どうも家はモノが多いようで、引越し前から大変でした。f^_^;<br />
<br />
引越しやさんが見積もりに来たときに一寸(いや、かなり)あきれていました。<br />
<br />
「引越しのダンボールは普通50個がサービスなんですが、これだと････200個くらいは要りそうですね」(・_・）エッ....?<br />
<br />
客観的にみて何が多いかというと、書籍なんです。<br />
<br />
現時点で7割くらいは処分しましたが、全部持っていた頃には余裕で古書店が開けました。<br />
<br />
まだまだ多いので、残しておきたい本と処分する本を選別していますが、ついつい取っておきたいんですね。 今、つくづく自分のことを「未練タラタラでちっちぇ～」と思っています。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、 引越しの時にはいつも思うのですが、もうお祭りのような気合ですね。 業者さんも、お金をもらっているとはいえ、よくまああんなにマメにえっさエッさと運んでくれるもんです。 動くのが好きなんでしょうね、きっと。<br />
<br />
まあ、ありがたいことです。<br />
<br />
<br />
<br />
そして、引越し後はいつもダンボールの山が沢山できて、各部屋が障害物競走かかくれんぼに最適な場所と化します。今がそうです。(-.-;)<br />
<br />
「あれがない」「アレはどこ」 「あれ持ってくるの忘れた」「これどこに置こう」<br />
<br />
いくらまとめていたとはいえ、直後はシャッフルしたトランプ状態ですね。それも、子供がよくやる切らずにテーブルの上でマージャン牌のように混ぜるやつだ。<br />
<br />
引越しの翌日も、朝から雨がふってたから、 「あっ、傘置いてきた！」で始まりました。f^_^;<br />
<br />
どちらにしても、当分は前に家に頻繁に通うことになるでしょうね。<br />
<br />
ドサクサで、結構細かいものを置いてきてしまいましたから、取りに行かないといけないのです。<br />
<br />
<br />
<br />
結構モノは処分しました。私も妻も物持ちが良かったんです。(^_^;)<br />
<br />
逆に言うと、物を捨てられなかった。(-.-;)<br />
<br />
特に、私にとっては食器が問題でした。 私が普段使用している食器はだいたい同じものばかりなんです。 大き目の皿はコレ、どんぶりならコレ、カレーはこれ。 だから、妻が置いていた食器のほぼ6割は使わないできました。<br />
<br />
皿のデザインと盛り付けを目で楽しむなんてことしませんでしたから。 「生きる！」の実戦のみでした。(-.-;) おそらく、これからもこのペースでしょうね。<br />
<br />
てなわけで、ダンボールに「食器　平皿　頻少（頻度は少ないの意味）」と書いてあるのは、まず出しても使わないだろうから、もう「開かずのダンボ」と化すかも。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.02.24  簡単に感嘆！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/02/20090224-65500.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65500</id>

    <published>2009-02-24T01:24:16Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:29:50Z</updated>

    <summary>私も医者になったのが昭和57年(1982年)ですから、もう27年目になります。 ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私も医者になったのが昭和57年(1982年)ですから、もう27年目になります。<br />
<br />
卒後すぐは整形外科に入局し4年間ほどいましたが、その後は形成外科を学びました。おかげさまで、たくさんの先生の手術につかせていただきました。<br />
<br />
その経験から言いますと、「うまい先生の手術は、一見簡単そうに見える」ということになります。<br />
<br />
難しそうな手術も、なんかあっさりと終わったりします。<br />
<br />
でも 「これなら、自分にもできそうだ」なんて思ったら、大きな間違いです。 安易な気持ちでは難渋しますし、時間もかかります。(-.-;)<br />
<br />
<br />
<br />
この差はなんなのかというと、巧い先生は次々と起こりうることを予測し、それを未然にカバーしながら進めているのですね。それが自然だから、表面上では「見えない」のです。<br />
<br />
そのことは、自分でやってみて初めてわかります。<br />
<br />
<br />
<br />
だから、理想的には巧い先生の手術を最初見てから、自分も経験し、それからもう一度その先生の手術を観ることができれば、非常にためになります。 2回目の観方が全然違ってくるのです。(^_^)v<br />
<br />
<br />
このことを考えていたら、野球でも同じような状況がありますね。<br />
<br />
例えば巧い外野手は、次のバッターの特徴とその時投げているピッチャーの特徴、さらにはその時の気温や湿度など色々なことから、総合的に判断して球の来そうなところに移動しています。<br />
<br />
だから、観客から見れば平凡なフライのように見えてしまうのです。でも、その選手の頭の中ではさりげなくながら色々考えているのでしょうね。ただ、あまりそれをみせないのです。<br />
<br />
コレも本当のプロの一人なんでしょうね。<br />
<br />
しかし野球の場合は、観客を楽しませる必要もありますからナガシマさんのように見せ方の巧い選手も必要ですね。<br />
<br />
<br />
<br />
でも医者では難しいでしょうね。手術の時、派手に行なう先生というのはちょっとね～。(-.-;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.02.10  私の生命観</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/02/20090210-65499.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65499</id>

    <published>2009-02-10T01:24:14Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:29:25Z</updated>

    <summary> 皆さんは「生命」について考えたことがありますか。 ちなみに、上図は現在の私の生...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[<img alt="" src="/blog/images_mt/ball.jpg" style="width: 267px; height: 267px;" /><br />
<br />
皆さんは「生命」について考えたことがありますか。<br />
<br />
ちなみに、上図は現在の私の生命観です。<br />
<br />
３本のバットを一つの輪で固定してボールを支えています。<br />
<br />
このボールがとりあえず「生命」です。「とりあえず」と書いたのは、単純な意味ではないからです。<br />
<br />
その下のバットですが、これは３本合わせて「身体」です。<br />
<br />
生命を維持するのに必要な３つのシステムです。<br />
<br />
それは、「神経系」と「循環系」と「呼吸器系及び消化器系」です。<br />
<br />
呼吸器と消化器は、それぞれ役目が違いますが、外から生命維持に必要な酸素もしくは栄養を取り入れるという共通の目的がありますから、同じ方向にあるシステムという意味で包括します。<br />
<br />
生命を維持するためには酸素や栄養を身体の隅々の細胞まで送らなければなりません。 そのためには循環器系システムが必要です。<br />
<br />
酸素や栄養を送るポンプと管が循環器系の役目です。<br />
<br />
そして全ての統合場所として脳を頂点にした神経系システムがあります。<br />
<br />
<br />
<br />
これによって、生命維持のコントロールをしているのです。<br />
<br />
大事なことは、これらが独立したものではなく、またどれか一つでもなくなれば生命維持ができないということです。<br />
<br />
そういう意味でお互いが重要な支えに成り合っています。<br />
<br />
この３本のバットも、１本でも抜けば立てません。<br />
<br />
<br />
<br />
私はここでは、このバランスを「生命観」と称しましたが、このようなバランスを保っているという考え方は色々なことに当てはまるとも思っています。<br />
<br />
例えば人間関係でこのようなバランスを保つことを「お互い様」 と呼ぶのではないでしょうか。<br />
<br />
所で、このボールは「生命」と表現しましたが、スピリチュアルが好きな人はおそらく「魂」と称したいのでしょうね。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.02.09  記奥？</title>
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    <published>2009-02-09T01:22:42Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:24:35Z</updated>

    <summary>最近、マイブームになりかけているのが「二十世紀少年」の漫画なんです。 たまたまブ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[最近、マイブームになりかけているのが「二十世紀少年」の漫画なんです。<br />
<br />
たまたまブックオフで立ち読みしていて、ストンとはまってしまいました。<br />
<br />
このストーリーに出てくる細かいネタって、４０代後半～５０代前半の人たちがよく思い当たることばっかりじゃないでしょうか。<br />
<br />
浦沢直樹って人は凄いね。今、昔の漫画や本をいろいろ処分していますが、手塚治虫さんも、若い頃の漫画は今見ればなんか雑なところも感じます。でも、今の漫画は構図といい、画質といい質が高いですね。 レベルはどんどん上がって当然でしょうけど、この人は凄いと思う。ところで、私はこの映画は観ていませんが、今日長男が映画観にいっていました。 子供たちにも面白いそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
この影響からか、私もなんかいろいろ思い出しました。<br />
<br />
小学生のころ、東京オリンピックで聖火ランナーが走るのを、2号線沿いの道から旗振りながらみました。<br />
<br />
ナショナルキッドや七色仮面も思い出しました。<br />
<br />
たしか、七色仮面は千葉真一さんがやっていたはず。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、小さい頃は、テレビの画面の端に「カラー」と表示されたので、これは色がついているのだなと気がつきました。<br />
<br />
今は「アナログ」って表示がありますが、これだとあんまり実感わかないでしょうね。<br />
<br />
そういえば、中学校のときに学校から万博に行ったっけ。<br />
<br />
<br />
<br />
まあ、私は物故者経由(注)ですから、一歩違えばサ○キ○君ですね。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.02.07  やみぼー</title>
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    <published>2009-02-07T01:22:44Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:23:30Z</updated>

    <summary>「ブッタとシッタカブッタ」の作者、小泉 吉宏さんが作った大人も読める童話に「やみ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「ブッタとシッタカブッタ」の作者、小泉 吉宏さんが作った大人も読める童話に「やみぼー」があります。<br />
<br />
闇の中に「やみぼー」がいることのわかる人の話です。<br />
<br />
昔は田舎が多かったので、闇がふんだんに在りました。<br />
<br />
夜でもこうこうと光る都市が多い現代では闇が少なくなりましたが、それでもまだ闇が残っています。<br />
<br />
「やみぼー」の主人公は「やみぼー」と友達ですが、普通はあまり暗闇を好きという人は少ないんじゃないでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
それにしても何故「闇」って気になるのでしょうね。<br />
<br />
「闇」は其処に在るものや其処の状況が見えません。<br />
<br />
この「見えない」が「わからない」につながります。<br />
<br />
すると「わからない」ために、自分のこれからの行動を決める基準が其処からは得られないので、新たに自分で判断しなければなりません。<br />
<br />
それが結局「不安」や「怖い」につながりやすいのでしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
子供は暗闇を怖がります。 子供たちには「暗闇」が色々なもの、事を連想させていくのでしょうね。 また、その時の「音」も、何か演出を強調させてしまうのですよ。 たいてい、楽しいものにはつながりません。 むしろ「怖い」に向いていきます。<br />
<br />
<br />
<br />
逆に大人になると、「暗闇」だけでは「怖い」にはつながりません。 勿論、ホラー映画は例外ですよ。<br />
<br />
<br />
<br />
この子供と大人の違いですが、今ではこの「闇が怖い」も大切なことだと思えるようになりました。 「闇が怖い」ということは、想像力が豊かなのです。<br />
<br />
逆に、大人になって闇が怖くなくなることは想像力が低下しているのかもしれません。 だとすれば、問題にすら思えてきます。<br />
<br />
<br />
<br />
現代社会に残っている闇の怖さは、現実的なものです。<br />
<br />
通り魔・痴漢・引ったくり強盗など危ない人間が出てくるかもしれないという怖さです。用心・用心　(-.-;)<br />
<br />
現代ならではの怖さですね。<br />
<br />
ちなみに、私はというと、「闇が怖い」というより「饅頭怖い」という方ですね。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.02.02  アルバムから</title>
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    <published>2009-02-02T01:20:31Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:23:03Z</updated>

    <summary>過去のアルバムを整理していると、いろんなことを感じます。 私の顔は、私が思ってい...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[過去のアルバムを整理していると、いろんなことを感じます。<br />
<br />
私の顔は、私が思っているよりも丸かったんだと、つくづく思います。(^_^;)<br />
<br />
確かに、今とは違います。<br />
<br />
<br />
<br />
それに子供たちが大きくなったことですね。<br />
<br />
一番下の娘の赤ん坊の頃の写真を見ていて、第一感は、「柳○可○子に似ている」でした。<br />
<br />
こりゃあ、迂闊には言えないぞ、です。f^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
妻は、記憶のままですね。 本当に感謝です。<br />
<br />
<br />
<br />
そういえば、養老先生が面白いことを書いていました。<br />
<br />
臨死体験のときに、本人が思い出すのは親や子供たちで、自分が死を見取った人だそうです。<br />
<br />
それで興味あることは、配偶者が出てくることはないそうです。 (・_・;）<br />
<br />
<br />
<br />
この結果から、夫婦というのは、やっぱりお互い「他人」なんだろうということでした。<br />
<br />
<br />
<br />
でも、家庭で大切な基本は「夫婦」であるとも言っています。<br />
<br />
まったく同感ですね。<br />
<br />
子供、親は血のつながりがあるということから、大なり小なり気持ちがつながっているんです。<br />
<br />
でも、他人同士の「夫婦」は、日々ちゃんとお互いを認識しておかないと、とんでもないことになりますよ。<br />
<br />
縁があって、一つ屋根の下にいる以上は、運命共同体なんです。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.01.28  今だから</title>
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    <published>2009-01-28T01:21:07Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:21:51Z</updated>

    <summary>人間は、自分が知っていること、学んだこと、更にそれらによって理解しているものを超...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[人間は、自分が知っていること、学んだこと、更にそれらによって理解しているものを超えたものを理解することはできないということを、養老先生は「バカの壁」と称しました。<br />
<br />
確かに「バカの壁」は存在しますが、だからといって学べないというわけではないとも思っています。<br />
<br />
それぞれが学ぶタイミンぐ～、一番理解しやすい時期があるんだということです。<br />
<br />
昨年風の少々古臭い表現はお許しを。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
古臭い？ついでにもっと古い話です。<br />
<br />
昔、故坂本九ちゃんが歌った歌で、名前は忘れましたがその中の歌詞の一節だけ覚えている部分があります。<br />
<br />
「この世で一番肝心なのは、素敵なタイミング」<br />
<br />
この歌の方では、確か愛の告白のタイミングということでしたが、このタイミングって、なんでも該当しますね。<br />
<br />
<br />
<br />
例えば、ブッダが言われたという「四苦」です。 「生　老　病　死の四つは、思い通りにはならない」ということですが、これだって若い頃に読んだ時には「ふ～ん」で終わっていました。<br />
<br />
正直なところ、まだピンと来なかったのです。<br />
<br />
でも、今はさすがにというか、かなりわかってきました。<br />
<br />
<br />
<br />
「八苦」で加わる残りの四つですが、<br />
<br />
愛別離苦（あいべつりく、愛するものと分かれなければならない苦しみ）<br />
<br />
怨憎会苦（おんぞうえく、憎んでいる対象に出会う苦しみ ）<br />
<br />
求不得苦（ぐふとくく、欲しいものが得られない苦しみ ）<br />
<br />
五蘊盛苦（ごうんじょうく、心身の機能が活発なため起こる苦しみ ）<br />
<br />
<br />
<br />
ここまでくると、社会に出て働いたり、結婚したりと色々な人間関係の中で揉まれないとわからないと思うのです。<br />
<br />
いや、今なら小学生でも感じる人は感じるかもしれませんね。f^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
まあどちらにしても、2000年以上も昔に、こんなことを35歳で悟ったというお釈迦様はやっぱりすごいんです。<br />
<br />
やっぱ、凡人である私にとっては、年くってからようやく分かるということも十分意味があるし、だからこそ生きているのだと思います。<br />
<br />
自分の中で、自分の生き様の、自分なりの完結篇を作りたいんですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.01.17  無人島で役立つ学問、ってか？</title>
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    <published>2009-01-17T01:20:27Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:21:28Z</updated>

    <summary>「数学ができても、無人島に行けば何の役にも立たない」 この言葉は実は私が中学生の...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「数学ができても、無人島に行けば何の役にも立たない」<br />
<br />
この言葉は実は私が中学生の頃、数学を教えている某先生が言った言葉です。<br />
<br />
<br />
<br />
私は、この先生は自分の仕事に何の意味も持てないのかと幻滅しました。<br />
<br />
確かに数学自体は無人島では役に立ちませんが、それはあくまでも表面しか見ていないコメントだと思うのです。<br />
<br />
数学の意味は、「ある理論を利用して考え方を進める方法を学ぶ学問」だと思っています。<br />
<br />
だから、数学を学んでいけば、色々なことを考える時に役立っているのです。ただ表には出てこないだけなんだと思っています。<br />
<br />
<br />
<br />
それをいうなら文科系の学問だって同じですよ。<br />
<br />
経済について詳しくたって無人島に行けば直接は役に立ちません。<br />
<br />
例えば経済学は、人間社会に生きていくためには必要なルールを学ぶのです。 これがわかっていないと、具体的にはお金の使い方をわかっていないと、人間社会では暮らしていけないことと同じです。<br />
<br />
<br />
<br />
この人間社会で役立つものと、自然界で役立つものを混同してまとめようとする考え方がそもそもおかしいと思うのです。<br />
<br />
<br />
<br />
もしも不要な学問であれば、もうすでに存在していませんよ。<br />
<br />
2000年にも及ぶ人間社会で発生してきたからには何か意味があるのです。<br />
<br />
<br />
<br />
それから一寸話をずらしますが、ホントは全ての学問は重なり合っていると思うのです。<br />
<br />
なぜなら全ての学問が、大きい意味で人間社会で生きていくためには必要だからです。<br />
<br />
だから「一即全」です。<br />
<br />
そのため、学ぶ内容が一部ダブってしまいます。<br />
<br />
<br />
<br />
例えば社会科では、「地理」を学ぼうとしたらやはりその「歴史」を知ることが必要になるし、「地学」の知識も必要になります。「理科」で学ぶ科学の発展もその時期に究明されたこと自体が、やはり環境や歴史にも影響していたはずです。<br />
<br />
「英語」であれば、その国の歴史や風習、「文学」、「経済」もある程度学ぶことになりますよ。<br />
<br />
だから、本来は区分けなんてできないと思っています。<br />
<br />
<br />
<br />
たとえ小さい範囲から始めても、やりだすときりがないんです。<br />
<br />
でも、一緒くたにすると教える方も大変だから、とりあえず分けているだけなんだろうと理解しています。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、逆に一人ひとりが全てを学ぶ必要も無いと思っています。<br />
<br />
やりたければそうすればよいですが、おそらく無理ですよ。(^_^;)<br />
<br />
その社会の中で一部の人たちが深く進めていけばよいのです。<br />
<br />
その力が、他の人たちを引っ張っていきます。<br />
<br />
<br />
<br />
でも最低限、存在する意味はあると思うのです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.01.14  道路標識</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/01/20090114-65475.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2009:/blog//1575.65475</id>

    <published>2009-01-14T01:20:03Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:21:00Z</updated>

    <summary>昨年末に横浜から神戸、岡山まで車で走りまりました。 私は運転があんまり苦ではない...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[昨年末に横浜から神戸、岡山まで車で走りまりました。<br />
<br />
私は運転があんまり苦ではないので、気楽に走っています。<br />
<br />
いつも思うことがあります。<br />
<br />
県境になると、「ここから○○県」という表示が道路わきに見られます。<br />
<br />
それを見れば、ああそうかということになるのですが、道路のほかは山の木々はまったく変化ないですよね。<br />
<br />
結局、県境にしろ、国境にしろ人間が決めた枠でしかない。<br />
<br />
地球という自然は、そんなこと知ったこっちゃあ無いんです。<br />
<br />
つくづく人間のエゴを考えてしまうのです。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、山中の道路わきにある「動物に注意」という表示も面白いです。<br />
<br />
場所によって、一緒に書いてある動物が違うのです。<br />
<br />
タヌキ、サル、シカなど、色々あります。<br />
<br />
かなり昔になりますがタヌキ、ウサギ、ヘビにはそれぞれ出会ったことがあります。<br />
<br />
また会いたいですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.01.09  蟻の餌運び</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/01/20090109-65474.html" />
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    <published>2009-01-09T01:18:42Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:20:19Z</updated>

    <summary>先に言っておきますと、今日は一般の方々にとって、ある意味でわけのわからん話を書き...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[先に言っておきますと、今日は一般の方々にとって、ある意味でわけのわからん話を書きます。<br />
<br />
ウザイと思われる方は、スルーしてください。<br />
<br />
むしろわからない方がまともかもしれません。 ご安心ください。<br />
<br />
<br />
<br />
「自分」という意識についてです。<br />
<br />
この「私」を意識できることはどこでされているのかが、脳科学の最先端の問題です。<br />
<br />
これには諸説あり、これだけで分厚い本が１冊書かれているくらいですから、ここでは省きます。<br />
<br />
ここには私個人の仮説を書きます。<br />
<br />
それが「蟻の餌運び」説です。<br />
<br />
まったく何のことかわからないと思いますが、説明します。<br />
<br />
<br />
<br />
「自分」、「私」と認識している意識は、脳の中にあると思います。<br />
<br />
ここまではもうすでに言われています。<br />
<br />
そして「意識」の場所に諸説出てくるのですが、その中で私がそうではないかと思っているのは、数多くの神経回路で作られる思考の集大成が「自分」という意識を作っているという考えです。<br />
<br />
これは、日本では最近テレビによく出られている茂木さんが書かれています。<br />
<br />
<br />
<br />
つまり、脳細胞の一つ一つに心があるというわけではないということです。<br />
<br />
<br />
<br />
私の仮説はこれが元になりますが、「蟻の餌運び」説の「蟻」は一つのシンプルな思考及び行動回路に相当します。<br />
<br />
例えば、「私は冷たいお茶を飲みたい」という思考が起きた時に、それを達成するには冷蔵庫を開けて、お茶のペットボトルを取り出し、キャップを取ってお茶を飲む、そして目的を達成したことに満足する、という過程を経ることになります。<br />
<br />
この切欠になる要求をAとすると、AのためにBという行動、それからCという行動、Dという行動、E、F、・・・最後の行動が終了してAを満足させて終わるという一つのループができることになります。<br />
<br />
これが私のいう「一匹の蟻」です。<br />
<br />
大抵の行動はこのようにシンプルではなく、色々な「考えや想いとそれに対応する行動反応」が組み合わさっています。<br />
<br />
このようなループという蟻たちが集団で一つの行動を起こす、つまりこの｢餌を運ぶ行動｣自体が、いわゆる「自分という意識」ではないかと思っています。<br />
<br />
これではよくわかりませんよね。<br />
<br />
つまり、個々の蟻たちがそれぞれ他の蟻たちを認識する「意識」が合成されて一人の人間である「私」に集約されるのです。<br />
<br />
余計わからなくなりましたか。すいません。(-.-;)<br />
<br />
今後表現を追加します。<br />
<br />
<br />
<br />
人間以外の動物は「自分」という意識があるのかどうかは断言できませんが、人間ほど明確ではないと思います。<br />
<br />
それは人間ほど大脳皮質が発達していないからです。 この「自分」を認識するというのは、結局五感を利用した「行動」から認識するのだと思います。<br />
<br />
チーターが獲物を追いかける時には、「獲物を捕る」ことに全力を出していると思います。おそらく走っている時に「俺の走り方ってカッコいいでしょ」なんて思わないだろうということです。<br />
<br />
<br />
<br />
この「自分」を認識することは、結局五感を利用した「行動」から逆に認識するのだと思います。<br />
<br />
何かを見ている自分、何かをしゃべっている自分、走っている自分です。その時に起こる感覚を自覚することで「自分」を認識します。<br />
<br />
簡単な動作でも、色々な行動が複合しています。<br />
<br />
例えば「走る」でも、下半身のそれぞれの筋肉の動きもあれば、上半身の手の振り方もあります。それらの運動以外にも皮膚が受ける風の知覚もあります。<br />
<br />
それら全ての感覚をトータルに認識して、「自分」を知るのだろうということです。<br />
<br />
<br />
<br />
このそれぞれの神経反射も含めての感覚を認識した合作ですから、「蟻のえさ運び」を連想したのでした。<br />
<br />
餌を運ぶ蟻たちは、観察していると、時には一匹一匹なんか別行動を取ろうとしているように見えることがあります。<br />
<br />
要するに引っ張る方向がなんか違うのです。<br />
<br />
しかし、それでも餌は目的とする方向に運ぼうとする合力が働いているのですね。<br />
<br />
<br />
<br />
この「蟻」たちを私たちは日ごろ意識していませんが、この蟻たちの餌の運び方で、その時の意識が変わってくるのです。<br />
<br />
例え目的地は同じでも、喜怒哀楽などの「感情」が含まれているループに相当する「蟻」が時に変な方向に引っ張ろうとすると、その餌を運ぶルートに誤差を生じます。<br />
<br />
<br />
<br />
それがいわゆる「その時の気分」というものになるのではないかと考えています。<br />
<br />
<br />
<br />
ここまで読んだ方に感謝します。m(_ _)m<br />
<br />
ただでさえ良くわからない話しを、簡単に書いてますから、無茶苦茶ですが、今日はここまでにします。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2009.01.07  俺たちはファミリー</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2009/01/20090107-65473.html" />
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    <published>2009-01-07T01:13:11Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:19:49Z</updated>

    <summary>家族の大切さについての補足です。 夫婦も家族の中で重要なポジションです。 私の考...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[家族の大切さについての補足です。<br />
<br />
夫婦も家族の中で重要なポジションです。<br />
<br />
私の考えですが、家族全体の安泰を求める一番の近道は、「夫婦が仲が良い」ことだと思うのです。<br />
<br />
具体的には「よく話をする」ですね。<br />
<br />
口論になったっていいんです。 そういう夫婦なら、すぐに仲直りしますよ。<br />
<br />
<br />
<br />
でも、それが難しいことでもあるのかもしれません。<br />
<br />
まだ、自分の親と自分の子供たちは血のつながりがありますが、「夫婦」というのは遺伝子レベルでは共有する情報が子供たちよりは少ない「他人」ですからね。<br />
<br />
(勿論、ホモサピエンスとしては仲間ですが。(^_^;)　)<br />
<br />
<br />
<br />
家族はケンカしても、あとくされがありません。<br />
<br />
子供たちを見ててもそう思います。<br />
<br />
日ごろは口げんかばっかりですが、病気の時などいざという時は結構心配してます。 修学旅行などで、いないときには寂しいみたいです。<br />
<br />
<br />
<br />
ケンカのほかにも、愚痴を聞いてもらったり、ガス抜きになったりすることもできていたんですね。<br />
<br />
それができない場合に、はけ口を外に求めて、サークルに入ったり習い事を始めるというパターンになってしまいます。<br />
<br />
それができないときには、友達とのメールにはまる。<br />
<br />
そういう逃げ道の一つに、「いじめ」という発散手段を見つけてしまう。<br />
<br />
「モンスターペアレント」は、「自己中心」＋「いじめる快感」＋「ストレス発散」イコールという方向なんでしょうね。<br />
<br />
それに、本人の持っている攻撃的性格と、その原因となる損得勘定が加味されます。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.01.06  サザエさんの家族</title>
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    <published>2009-01-06T01:12:47Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:19:27Z</updated>

    <summary>今回の年末の帰省は、色々と考えることがありました。 子供たちにとっては、収入があ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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        <![CDATA[今回の年末の帰省は、色々と考えることがありました。<br />
<br />
子供たちにとっては、収入があったのですから、それだけで満足でしょうね。<br />
<br />
私から見ていて感じたことは、子供たちにとって祖母、伯父さんなどの年配の親族の人たちと接することの重要性でした。<br />
<br />
やはり、高齢者の方と話をすることで、「年齢」というものを無意識にも感じさせることになりますし、年配の人の考え方が、自分たちとは違うことも認識できます。<br />
<br />
また、私の母は外出時は車イスですから、どうしても介助が必要になります。 介助が必要な人と接すること、これも学びです。<br />
<br />
<br />
<br />
親以外に、祖父母、孫なども同居する大家族というシステムも重要ですね。<br />
<br />
いわばサザエさんの家族です。<br />
<br />
核家族になって都会で暮らす家族や、離婚・死別などによって一人親家庭になってしまった家庭が近年増加しています。<br />
<br />
このように、ばらばらになって孤立化してしまった家族が増加したことも、今の社会問題にかなり影響を与えていると感じました。<br />
<br />
<br />
<br />
「モンスター何某」などの出現も、意見を出す人が周りにいなくなってしまっていることが、 原因の一つと思っています。<br />
<br />
だって、なんだかんだと言ってくれるのは、やっぱり家族じゃないかと思うのです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2009.01.05  あけましておめでとうございます</title>
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    <published>2009-01-05T01:12:45Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:19:00Z</updated>

    <summary>あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。　m(_ _)...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[あけましておめでとうございます。<br />
<br />
今年もよろしくお願いいたします。　m(_ _)m<br />
<br />
<br />
<br />
世間の方では、まだ先行きの見えないご時世が続いており、安穏とはしたくてもできない状況です。(-.-;)<br />
<br />
また、これからの美容形成も含めた医療も、問題が多く残されています。<br />
<br />
<br />
<br />
そんな中で、どういう考えで続けていくのが良いのかと考えています。<br />
<br />
養老孟司先生の書かれた「養老訓」という本に 「実は手をつけていない穴はあちこちにあります。探せば見つかります。その穴を埋めることこそが仕事なのです。」 と書いてありました。<br />
<br />
これは定年後の男性は、生き生きとするためにも何か仕事を探した方が良いという内容の中にあったのですが、私にも響きました。<br />
<br />
どうせ私ももうすぐですしね。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
今後行なっていきたい方針は、頭の中に青写真としてあります。<br />
<br />
具体的にはまだまだですが、そのうちにホームページでも出してみたいと考えています。<br />
<br />
まあ、あんまり「めでたい」という意識のなかった？年始でもありました。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.12.27  ありがとうございました</title>
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    <published>2008-12-27T01:12:43Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:13:29Z</updated>

    <summary>今年もあと5日となりました。 皆様、ありがとうございました。 来年は先の見えない...</summary>
    <author>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今年もあと5日となりました。<br />
<br />
皆様、ありがとうございました。<br />
<br />
<br />
来年は先の見えない状況だと言われますが、何とかみんなで乗り切りましょう。<br />
<br />
<br />
<br />
最後に、好きな言葉です。<br />
<br />
「何事も有難いにて世に住めば、　向かう物事有難いなり」<br />
<br />
黒住宗忠<br />
<br />
この言葉は、シンプルにしてダイレクト。<br />
<br />
今だからこそ、使ってみたい言葉だと思いました。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.12.25  第五の山、再び</title>
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    <published>2008-12-25T01:12:40Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:13:05Z</updated>

    <summary>今は先の見えない世の中であり、多くの方々の「不安」がひしめき合っています。 (-...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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        <![CDATA[今は先の見えない世の中であり、多くの方々の「不安」がひしめき合っています。<br />
<br />
(-.-;)<br />
<br />
こういう世の中だからこそ、一人ひとりが自分の考え方も見直す必要があるのではないかと感じています。<br />
<br />
この「不安」は不可避なものでしょうか。<br />
<br />
自分で作っているものではないでしょうか。<br />
<br />
自分の脳の中の一つの思考に過ぎないのではないでしょうか。<br />
確かに、その方にとっての「現実という事実」があるのは言うまでもありませんが、感情という着色を過度にしていないでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
そう思っているときに、ふと以前の日記を見ていると、昨年の11月12日と14日に書いている日記に目が止まりました。<br />
<br />
<br />
<br />
世の中に起こっている「うまくいかないこと」に対しての思いです。<br />
<br />
パウロ・コエーリョは、「第五の山」で彼なりの、それに対する一つの答えを書いています。<br />
<br />
ここに、再びこの抜粋を書きたくなりました。<br />
<br />
あらためて、その一部を書きます。<br />
<br />
そうです。自分の歌のカバー曲みたいなもんです。f^_^;<br />
<br />
私の日記だから、それでいいのだ。<br />
<br />
<br />
<br />
『悲劇は起こる。その理由を発見し、他人を恨み、それが無ければ自分の生活がいかに違ったかを想像することもできる。<br />
<br />
しかし、そんなことはみな大切ではない。<br />
<br />
悲劇は起こる。だから、そのまま受け入れるのだ。<br />
<br />
そこから先は、自分の中の恐怖を脇に置いて、建て直しを始めなければならないのだ。<br />
<br />
（中略）<br />
<br />
時には神と争うことも必要なのだ。<br />
<br />
人間は誰でも、その人生で悲劇に見舞われることがある。<br />
<br />
住む町の崩壊、息子の死、誤った告発、病気による体の障害などだ。<br />
<br />
その時神は、自分の質問に答えるよう、人間に挑戦するのだ。<br />
<br />
（中略）<br />
<br />
神が望んでいるのは、一人ひとりの人間が、自分の人生の責任を自らの手に握ることだからだ。<br />
<br />
主は自分の子供たちに、最高の贈り物を与えているのだ。<br />
<br />
それは自らの行動を選択し、決定する能力である。<br />
<br />
（中略）<br />
<br />
心に聖なる炎を持つ男女だけが、神と対決する勇気を持っている。<br />
<br />
そして彼らだけが、神の愛に戻る道を知っている。<br />
<br />
なぜならば、悲劇は罰ではなくて挑戦であることを、彼らは理解しているからである。』<br />
<br />
<br />
<br />
天使がエリヤに言った言葉<br />
<br />
『もっとも難しいのは、自分自身の道を決めることだ。選択をしない者は、息をし、通りを歩いていたとしても、主の目から見れば死んでいるのだ。』<br />
<br />
『それに、誰も死にはしない。永遠の手はすべての魂に開かれており、みなそれぞれに自らの任務に励んでいる。太陽の下のすべてのことには、理由があるのだ』<br />
<br />
<br />
<br />
エリヤが天使に訴えた時の天使のことば<br />
<br />
『悲劇などない。あるのは、不可避な出来事だけだ。すべてはそうあるべき理由をもっている。お前は、一時的なものと、永続的なものを区別するだけでいいのだ』<br />
<br />
『一時的なものとはなんですか』とエリヤがたずねた。<br />
<br />
『不可避なことだ』<br />
<br />
『では、永続的なものとは？』<br />
<br />
『不可避なことから学ぶことだ』<br />
<br />
<br />
<br />
作者の前書きより<br />
<br />
「アルケミスト」に出てくる言葉<br />
<br />
『お前が何かをしたいと望む時、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるのだよ』<br />
<br />
私(パウロ・コエーリョ)はこの言葉を心から信じています。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
以上です。<br />
<br />
宗教色の濃いことは否定しません。<br />
<br />
でも、別に神や仏、大いなる存在を信じなくても良いのです。<br />
<br />
私自身、キリスト教やユダヤ教の信者ではありません。<br />
<br />
浄土真宗の檀家ではありますが、阿弥陀仏のみを信じているわけでもありません。<br />
<br />
ただ、どこの領域からでも、 自分の心に響くことは吸収していきたいのです。<br />
<br />
今の現実を、まっすぐに受け止めることが大切なのではないかと思っています。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.12.25  和顔愛語</title>
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    <published>2008-12-25T01:10:52Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:12:30Z</updated>

    <summary>禅宗でいわれている言葉です。 和顔愛語（わげんあいご）と読みます。 穏やかな笑顔...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[禅宗でいわれている言葉です。<br />
<br />
和顔愛語（わげんあいご）と読みます。<br />
<br />
穏やかな笑顔とやさしい言葉、思いやりのある言葉は、人間社会で必要なことだというのは当然なのですし、私も日常の中で努めるべきことだと思っています。<br />
<br />
しかし、私自身がどこまでできているかは疑問ですが。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
一方、通勤電車では逆に眠顔？や苦顔？が流行っています。<br />
<br />
もっとも一人で和顔も、一寸退かれますか。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
「笑う」ことについては、進化上色々な説があると思いますが、ユニークなのがあります。<br />
<br />
草食動物は、肉食動物から身を守るために群れを作って暮らしていました。<br />
<br />
そして寝るときには見張り役がいます。その見張り役が敏感に反応しすぎて、襲われる心配の無い時にもみんなを起こした場合に、「ごめんね～」的な鳴き方をするそうです。その筋肉の使い方がルーツだというのです。<br />
<br />
真偽はわかりませんが、全例ではなくても、まあそういうこともあっただろうと思っています。<br />
<br />
<br />
<br />
これは、「感情」という定義にもかかわる話になりますね。<br />
<br />
「感情」というと、いわゆる喜怒哀楽を連想すると思いますが、人間以外の動物の場合は、仲間にある特定のメッセージを伝える時の伝え方の強調の仕方というか、微妙な強弱も含めているのではないかと私は理解しました。<br />
<br />
ですので、私も人間の有する感情とは違うと思いますし、学者も違うだろうと言っています。<br />
<br />
ただ、言葉で表現する場合には、大きな意味でこの「感情」という範疇に入れたのではないでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
それから解剖学的にも、感情の中枢である大脳辺縁系は爬虫類にもあります。<br />
<br />
ですから人間の言う「感情」のベースがあると言う類推は無理ではないはずです。<br />
<br />
しかし、実験による証明が難しいのだと思います。<br />
<br />
こう書いているときに、面白いページを見つけました。http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3981171.html<br />
<br />
このテーマを複数の人がコメントしています。<br />
<br />
ある程度高等の動物には、少なくとも感情の原型はあるのではないかという意見が多いですね。<br />
<br />
これを観ていると、動物に感情があるかないかという問題も、例えば「あの世」とか「天国、極楽」があるのかないのかという疑問と似ていると思います。<br />
<br />
その動物から直接聞くことができないのですから、その行動などから間接的に判断するしかないのです。<br />
<br />
それをどう考えるかです。<br />
<br />
結局は「人間以外の動物に感情があるのかないのかという問題は、推論までしかできない」ということになると思います。<br />
<br />
私は、発生学上から「感情」の原型はあると思っています。<br />
<br />
<br />
<br />
和顔愛語から、進化に関する生物学になってしまいました。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.12.24  ぎりぎりセーフ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/12/20081224-65458.html" />
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    <published>2008-12-24T01:10:09Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:12:09Z</updated>

    <summary>ようやく、年賀状を書くことができました。 毎年のことですが、土壇場にならないと書...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ようやく、年賀状を書くことができました。<br />
<br />
毎年のことですが、土壇場にならないと書けません。(^_^;)<br />
<br />
せめて、宛名書きは自筆でと書いておりますが、一気に書くとやはり疲れますね。<br />
<br />
おとといの夜から書き出して、宛名書きが終わったのが翌朝の5時半。<br />
<br />
いつもなら5時過ぎには起きているのですが、それから少し寝て8時半から他の家事。<br />
<br />
日中は、挨拶を書く面の印字をしました。<br />
<br />
そのあと、また便りを少しずつ書き足して、すべての終了が夜の11時過ぎ。<br />
<br />
(・_・;）<br />
<br />
<br />
<br />
年賀はがきを書いていていつも思うことは、日ごろご無沙汰している人の多さです。<br />
<br />
遠方に住んでいる親戚など、どうされているのかなと思いながら書いています。<br />
<br />
<br />
<br />
さらに今年は感じたことがあります。<br />
<br />
それは、「喪中につき～」というお便りが多かったことです。<br />
<br />
(-.-;)<br />
<br />
自分の年齢を考えると無理もないなと思いますが、あらためて「所業無常」を感じます。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.12.13  道草</title>
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    <published>2008-12-13T01:10:07Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:11:44Z</updated>

    <summary>次男が英単語で「これ何？」と聞いてきても、まずは「ちゃんと自分で辞書で調べろ。」...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[次男が英単語で「これ何？」と聞いてきても、まずは「ちゃんと自分で辞書で調べろ。」と言います。<br />
<br />
辞書を引くという行動は面倒なようでも、意味があると思うのです。<br />
<br />
そういえば、今の子供たちは電子辞書なんか持っているんです。<br />
<br />
(・_・）エッ....? だから、辞書を引くのに時間がかかるんです。<br />
<br />
<br />
<br />
単語によってはいくつもの意味があります。<br />
<br />
その単語が文章の中で使われている意味がどれになるのかは、辞書を読まないとわかりませんし、時にはそれでもよくわからないこともあります。でもその行為自体が学びになるんですね。<br />
<br />
また、単語を引くときに、その前後の単語を見ていて、偶然自分の興味のある単語に目が行って新たな知識になることもあります。(^_^)v<br />
<br />
このような一見無駄に見える時間が持つ意味って大きいと思うのです。<br />
<br />
<br />
<br />
私自身の経験からもいえることですが、なんかこういう「ひょんなこと」から、それまで抱いていた疑問に対する解答もしくは解答に結びつく切欠が生まれることも ･････あると思います（私は吟じませんが(^_^;)　）。<br />
<br />
<br />
<br />
ここまで書いていて、「道草」を連想しました。<br />
<br />
学校帰りの寄り道ですね。<br />
<br />
辞書を引くこととは直接の関連性は無いんですが。f^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
道草といっても可愛いもんでした。<br />
<br />
そういえば「道草を食う」という表現も面白いですね。 誰が食べるかよ、って思います。牛や馬を連れて歩いている頃の表現でしょうけど、いかにものんびりとした感じがします。<br />
<br />
<br />
<br />
実は、私が小学校に通っていた頃は昭和30年代後半ですが、ある場所の側溝に沢ガニがすんでいたんです。<br />
<br />
まだその周辺の下水自体もきれいだったのでしょう。<br />
<br />
カニを取ることはほとんどしませんでしたが、カニを観察することはしょっちゅうでした。 しゃがんでじ～っと眺めている。 別に学問的な観察ではありません。<br />
<br />
<br />
<br />
ただ、海だけでなくこういうところにもいるんだと感心していたんです。<br />
<br />
なんかああいう生き物って眺めていると面白いでしょ。<br />
<br />
<br />
<br />
横道にそれますが、私は水族館が好きです。 泳いでいる色々な魚を眺めているだけでいいんです。 仕事に携わっている方々には申し訳ないのですが、別にイルカやアシカのショーはあまり興味がないんです。<br />
<br />
<br />
<br />
話は沢ガニに戻ります。<br />
<br />
他の人が見たら、溝の傍にしゃがんで何やってるんだろうってことになりますね。 このように昔は、道草してくだらないことまで体験できることがあったのですが、今はもうそういうところも無いでしょうね。<br />
<br />
少し懐古趣味的オジンの発言になってしまいましたが、今の子どもたちはダラダラとゆっくり帰ることもできない状況のようです。(・_・;)<br />
<br />
ちょっと怪しい人を見かけると、学校からのメールで「不審者がいたから気をつけろ」の連絡があるような世の中になりましたから。(-.-;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.12.09  どうなっていく？これからの美容医療</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/12/20081209-65456.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65456</id>

    <published>2008-12-09T01:10:57Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:11:19Z</updated>

    <summary>私が1999年に開業した以降でも、美容医療はどんどん進化しています。 私が大学を...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私が1999年に開業した以降でも、美容医療はどんどん進化しています。<br />
<br />
私が大学を卒業した頃は、 美容外科での開業といえば、美容手術ができないと無理だったと思います。<br />
<br />
また、大学や大病院でも美容医療を行なうということがほとんど無かったため、研修を行なうにしてもかなり限られていました。<br />
<br />
だから、ある程度開業医の数も限られていたのだと思います。<br />
<br />
しかし、今は違います。<br />
<br />
この傾向はいつごろからでしょうか。<br />
<br />
まず第一にはレーザー治療の発展でしょうね。<br />
<br />
シミやアザの治療が非常にわかりやすくなったと思います。<br />
<br />
それから平成９年ごろからでしょうか、あの脱毛レーザーが出現してきたことはまさに革命的でした。<br />
<br />
レーザー治療とほぼ並行してですが、 ケミカルピーリングもその頃から普及してきました。<br />
<br />
レーザー治療やケミカルピーリングの発達は、それまで美容医療といえば手術がメインだった時代から脱却して、新たな展開を見せました。<br />
<br />
極端な言い方をすれば、手術をメインにしなくても、レーザー治療やケミカルピーリングを行なうことでも、美容クリニックとして開業することが可能になったのです。<br />
<br />
このことは美容クリニックの増加をもたらして今日に至っております。<br />
<br />
<br />
<br />
今後はどうなるのでしょうか？<br />
<br />
医療機器はますます進化していくだろう と思います。<br />
<br />
では、それに伴って、施術を受ける方の満足度も上がっていくのでしょうか 。<br />
<br />
正直なところ、それは疑問かもしれないと思っています。<br />
<br />
なぜなら、治療可能なレベルが上がれば上がるほど、欲求もさらに上がってしまう可能性があるからです。<br />
<br />
<br />
<br />
これからは、医療機器などのハード面の発展と共に、ソフト面も重要視されるでしょう。<br />
<br />
どのように発展するのかは、各クリニックのドクターの人生哲学、運営哲学にかかってくると思っているからです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.12.08  オン・オフ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/12/20081208-65455.html" />
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    <published>2008-12-08T01:08:32Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:10:50Z</updated>

    <summary>仕事の時と休息の時の気分的、精神的スウィッチを入れ替えることを「オンオフ」と称す...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[仕事の時と休息の時の気分的、精神的スウィッチを入れ替えることを「オンオフ」と称することがありますね。<br />
<br />
私は、以前は役者が舞台の上と舞台を降りてからで全然雰囲気が違うというようなエピソードも読んだりすると、「プロともなると、この切り替えが旨くできないといけないのだろう」と思っていました。<br />
<br />
しかし、今では逆のことを行なっています。<br />
<br />
「オンオフ」の切り替えを意識的にしないようにしているのです。<br />
<br />
もう少し正確に言うと、「オンオフの切り替えを考えない」ですね。<br />
<br />
オンもオフもなくなった感じです。よく言う「素のまま」ですね。<br />
<br />
ほとんどが「今、この場、この時の私と目の前のこと」です。<br />
<br />
もっとも、今でも大事なところでの集中はしていますが、人との接し方はあまり仕事中も仕事外もあまり変わらないようにしています。<br />
<br />
周りが自分に対して思っているようなイメージについては考えないようになります。<br />
<br />
周りが自分に期待している部分についても考えません。<br />
<br />
私への非難についても同じです。<br />
<br />
自分を無理に作らないのです。<br />
<br />
なんかその方が疲れないのです。<br />
<br />
おそらく、私はケツの重たいタイプなので、いったんオフにしてしまうとオンにする時のエネルギーが大きいから、そうなってきたんじゃないかって勝手に考えています。<br />
<br />
勿論このオンオフは精神的なことに関するもので、実際の業務を公私混同することとはまったく違います。<br />
<br />
禅宗で言われている言葉に「八風（はっぷう）吹けども　動ぜず」があります。<br />
<br />
「八風吹けども動ぜず」とは八つの風（得をすること、損をすること、陰でけなされること、陰でほめられること、目の前で非難されること、目の前でほめられること、楽しいこと、苦しいこと）が吹いても(起こっても)、それに惑わされること無くいられることです。<br />
<br />
これは、凡人にとっては煩悩だらけだから難しいことなんです。<br />
<br />
まだまだなんとなくですが、風を感じつつもあまり気にしなくなる時もあるようになったと思います。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.12.01  「ありのまま」と「なんでもOK」と泥縄</title>
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    <published>2008-12-01T01:09:04Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:09:57Z</updated>

    <summary>最近は、「ありのままでいいよ」とか「何でもOKなんだ」という主旨の本を書店で見か...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[最近は、「ありのままでいいよ」とか「何でもOKなんだ」という主旨の本を書店で見かけます。<br />
<br />
<br />
<br />
私は、「何でもOK」というのは、「何をやってもOK」というのではなく、「何が来てもOK」なんだと解釈しています。<br />
<br />
だから、逆に言えば「これからの運命で何が起ころうともOK！正面で受け止める」という覚悟があるのならば、勿論「何をやってもOK」なんです。<br />
<br />
<br />
<br />
こういう「覚悟」が自分にあるかどうかは、おそらく平和な時にはわからないものではないかと思います。<br />
<br />
本当に大変な時、急場でわかるのです。<br />
<br />
心の準備がないとき、その時が自分の本性に近いものが現れる時なのだと。<br />
<br />
<br />
<br />
「それじゃあ遅い」と言われても仕方ありません。<br />
<br />
だって想定できる範囲外だからこそ「想定外」なんです。<br />
<br />
その時は、腹据えましょうよ。<br />
<br />
とりあえず「口先」？でもいいから。ｆ^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
所で、世間では「泥縄」ってよくない意味で使われているように思いますが、私は悪いとは思っていないのです。<br />
<br />
<br />
<br />
「泥縄」であろうがその時を活きていればＯＫなんです。<br />
<br />
防災訓練もしないよりはした方が良いと思うのですが、決して「予定通りに」「都合の良いように」は起きませんよね。<br />
<br />
だから、厳密に言えば、急場は全て「泥縄」対応になってしまうのだと思います。<br />
<br />
「ありのまま」から「泥縄」に来てしまいました。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.12.01  応病与薬</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/12/20081201-65450.html" />
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    <published>2008-12-01T01:08:31Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:10:28Z</updated>

    <summary>次男の担任の先生が言ったことです。 次男に「世界に一つだけの花」という歌は良くな...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[次男の担任の先生が言ったことです。<br />
<br />
次男に「世界に一つだけの花」という歌は良くないといったそうです。人間は競り合うことで進歩するが、この歌では進歩がないという理由で。<br />
<br />
<br />
<br />
それに対する私なりの異論です。<br />
<br />
ご本人に言う気はないもんで。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
この歌の主旨ですが、私は「人生をあまりプレッシャーに感じなくても良いんじゃないか。比べるからプレッシャーになるんだ。だから比べなくてもいいんだよ」という風にとらえています。<br />
<br />
だから、周りを気にしている、内向的な人たちへのメッセージですね。<br />
<br />
つまり人生をマラソンに例えると、いわば後ろの人たちです。<br />
<br />
先頭を走っている人たちと違い、自分が遅れていることもわかっています。けど走らなければいけないから走っているという人たちですね。<br />
<br />
当然、トップ集団と違い、人と競り合いながら走っていくということは苦手だと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
私も学生の頃に体育の授業でマラソンをさせられましたが、私自身後ろのほうの常連でした。(^_^;)<br />
<br />
だいたいその辺を走っているやつらは、本当に体力がないか、めんどくさがりですね。<br />
<br />
<br />
<br />
そんなやつらですから、トップを走っている連中とは哲学が違うのです。<br />
<br />
そういう後ろを走っている人たちに、「後ろを走っているからといって、引け目に感じる必要はないんだよ。後ろは後ろでいいんだよ。マイペースでいいから走りましょうよ。」といっているのだと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
次男の担任が言っている発言は、トップを走っている集団の哲学です。<br />
<br />
体力がある連中だから、他人と競い合うことができる。<br />
<br />
そういう連中はそうしたければそうすればいいんです。<br />
<br />
<br />
<br />
このように歌が万人向けのメッセージではないということはよくあると思いますよ。<br />
<br />
<br />
<br />
いわば薬と同じですね。<br />
<br />
薬は病人が飲むから効果があるんです。<br />
<br />
<br />
<br />
応病与薬(おうびょうよやく)という言葉があります。<br />
<br />
ようやくタイトルの言葉が出てきましたね。(^_^;)<br />
<br />
文字通り、病気に応じて薬を処方することです。<br />
<br />
だから、健康な人は飲まなくてもいいんです。それと同じです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.11.29  見えりゃあいいってもんでも</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/11/20081129-65448.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65448</id>

    <published>2008-11-29T01:08:37Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:09:23Z</updated>

    <summary>桂米朝の落語に「犬の目」というのがあります。 その話のマクラにこういうものがあり...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[桂米朝の落語に「犬の目」というのがあります。 その話のマクラにこういうものがあります。<br />
<br />
<br />
<br />
ある人が、「目は二つあるので、もったいないから一つずつ使おう」と言って、片目で物を見ていたそうです。<br />
<br />
そして年をとって目が見えなくなってきたときに「俺にはこういうときのために、ひとつ目を取っておいたんだ。今こそ使おう」といって、使わなかった目を開けました。<br />
<br />
すると、周りのものは、嫁さんをはじめ、誰も知らなかった人ばっかりだった。<br />
<br />
<br />
<br />
この小話が、あながちまったくの嘘というわけでもないということを知りました。<br />
<br />
以前にも、チャップリンの「街の灯」のことを書きましたが、実際に子どもの頃から目が見えない人が目が見えるようになっても、実際にすぐわかるわけではないのです。<br />
<br />
映画のラストシーンのようにはいかないのですね。(-.-;)<br />
<br />
目から入った光情報を大脳皮質で処理しないと「見えない」のです。<br />
<br />
その時に、生まれてからそれまでに目に入ったものの情報を判断し記録して、それと比較しなければわからないのです。<br />
<br />
ですから、まずは脳細胞及びその神経伝達路が確立されていないと、何かはわからない。<br />
<br />
まあ、徐々に学習していくことになりますから、時間と共にある程度「見えて」いくでしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
ヘレン・ケラーは見えない・聞こえない・しゃべれないという三重苦でありながら、障害を通して世界中の人たちに勇気や希望を与えてくれました。<br />
<br />
しかし、ヘレン・ケラーはサリバン先生という「媒体」を通して、外界の情報を理解し、コミュニケーションを持つことができました。<br />
<br />
ですので、実際に見たり聞いたりしている私たちの物の理解の仕方とは当然違うと思います。<br />
<br />
しかし、どのように違うのかはわかりません。<br />
<br />
これは伝えることができないからです。<br />
<br />
<br />
<br />
「この世が現実の世界ではない」というと、映画「マトリックス」の世界のようですが、少なくともそれぞれが把握している世界は、おそらく違うと思います。<br />
<br />
見る立場が違えば勿論当然ですが、たとえ同じものを見ていても全然違っているかもしれません。<br />
<br />
<br />
<br />
極端な表現をすれば、私の見ている「赤」は、Ａさんのイメージでは「青」かもしれないし、Ｂさんの「緑」かもしれないのです。<br />
<br />
当然、色によって波長が決まってきますから、この場合その「色の感じ方」というべきでしょうか。<br />
<br />
でも、それはそれぞれの人の大脳の脳細胞の反応なので証明できないのです。<br />
<br />
全てのものが、解明できるというわけではないということですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.11.18  人間、万事塞翁が馬</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/11/20081118-65447.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65447</id>

    <published>2008-11-18T01:08:30Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:08:54Z</updated>

    <summary>「2008.10.25 人生はペナントレース？」と似たようなテーマとして「人間、...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「2008.10.25 人生はペナントレース？」と似たようなテーマとして「人間、万事塞翁が馬」というお話があります。<br />
<br />
「人間」は「にんげん」ではなく「じんかん」と読みます。<br />
<br />
「世間」を意味しています。<br />
<br />
（今、色々と話題の）中国の古い話ですが、塞というおじいさんの所に馬が来ました。<br />
<br />
周りの者は馬が来たといって喜びましたが、おじいさんは喜びませんでした。<br />
<br />
その後、息子がその馬に乗っているときに落馬して足を怪我してしまいました。<br />
<br />
周りの者は心配しましたが、おじいさんは今度は心配しませんでした。<br />
<br />
するとその国が隣の国と戦争になり、多くの若者が出兵して戦死しました。<br />
<br />
しかし、おじいさんの息子は足が悪かったために戦争に行かずにすんで、死ぬことはありませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
結局何が良くて何が悪いかは、後にならないと分らないということです。<br />
<br />
実際、宝くじにあったって2億円手に入った人が、その大金をめぐって殺害されたという事件が最近ありましたし、逆に病気になったために出張に行けなくなった人が、出張でその人が乗るはずだった飛行機が墜落してしまったのに、病気のおかげで命拾いしたという事も聞いたことがあります。<br />
<br />
<br />
<br />
どうせ生きるのなら、苦よりは楽が良いですよね。<br />
<br />
でも、「良い悪い」や「苦楽」のように比べることを意識し、片方の「楽しみ」ばかりを望んでいると、結局その反対の「苦しみ」からも逃れられていないと思います。<br />
<br />
「楽」を考えると「苦」も消えません。<br />
<br />
本当は、比べてばかりいるではなく、自分の現在の人生の状況と面と向かい合う事が大切なのだと思います。<br />
<br />
って、これ書いてて思いましたが、昔このネタがらみを書いていました。<br />
<br />
<br />
<br />
2005.11.18 三年峠？<br />
<br />
<br />
<br />
てなわけで、今アメリカ映画界で流行っている？リメーク版や、アーティストのカバー曲と同じとお考えください。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.11.07  健康という奇跡</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/11/20081107-65446.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65446</id>

    <published>2008-11-07T01:07:19Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:08:18Z</updated>

    <summary>病気を考える時に、地球全体または国、地域レベルで考えると理解しやすいかもしれませ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[病気を考える時に、地球全体または国、地域レベルで考えると理解しやすいかもしれません。<br />
<br />
細菌やウィルスの感染はいわば外敵の侵入です。<br />
<br />
また、癌はある地域に蔓延っているテロリストなどの人たちといえるでしょう。<br />
<br />
実は癌などの悪性化は、私たちの体で日々起こっていますが、癌が組織として成り立つためにはある程度の数が1箇所に集まらないとできないのです。<br />
<br />
数個のがん細胞ができたとしても、それらは巡回する白血球という警察官が倒してしまいます。<br />
<br />
そういう意味では白血球はアメリカっぽい警察でしょうね。日本だと銃を発砲するだけで、問題になりますから。しかし、体レベルで考えるとそれだと手遅れです。<br />
<br />
銃の発砲を極力しないようにする日本の警察のような対応は、どちらかというと免疫力低下の状態に相当します。<br />
<br />
そのような時期が続くことによって癌が組織として機能してしまうことになります。<br />
<br />
ある本には1ミリ立方の大きさの癌組織ができるためには7年かかることもあるそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
局所の組織の機能不全、いわば中央からの指令に対して言うことを聞かない人たちの一時的な暴走状態は、アトピーやアレルギー、自己免疫疾患です。<br />
<br />
アレルギーは、日ごろから港や空港に出入りする者を誤認逮捕する現象といえます。<br />
<br />
アレルギー性鼻炎の鼻水は、城や砦の戦いに例えると良いでしょう。侵入できないようにいわば水攻めをしているのです。<br />
<br />
アレルギー性結膜炎の涙も同じです。<br />
<br />
リューマチなどの自己免疫疾患は、日ごろの身内、仲間を誤認逮捕する現象です。<br />
<br />
<br />
<br />
自律神経失調症というのは、交感神経の機能亢進といういわば「非常事態宣言」を行なった国のようなものです。<br />
<br />
戦争や内乱が起こっている国や地域は、治安が悪くなります。<br />
<br />
同じように治安が悪くなった状態で、悪事を働こうとする人間が増える状態が癌といえます。<br />
<br />
また、警察が手薄になりますから、外敵が来ても対抗できません。疲れているときやストレスが強い時に、出来物や吹き出物が出やすいのはこういう理由です。<br />
<br />
ドサクサで間違えて民間人を捕まえるのが自己免疫疾患で、間違えて外国人を捕まえるのがアレルギーです。<br />
<br />
<br />
<br />
逆に、自律神経失調症ではない普通の状態は、 副交感神経が優位になった「平和宣言」の状態です。<br />
<br />
平和な時には、警察も機能しますし、ちゃんと巡回していますので悪事をはたらこうとする者たちも身動きが取れません。だから炎症が起きないのです。それから経済などの物流も支障がありません。だから、胃腸の動きが良くなり消化吸収が速やかになり ます。<br />
<br />
<br />
<br />
人間が文明を持ってからという条件付ですが、過去の歴史で地球全体の国や地域がまったく平和であったという時代があったでしょうか。<br />
<br />
私の印象ではほとんどないと思います。<br />
<br />
地球上のどこかで何か戦争があるのが、この日常でしょうね。<br />
<br />
だとすると、同じことが人間一人の体の中にも起こっているとすると、ある意味では無理もないかもしれません。<br />
<br />
逆に言えば、「健康」といえる状態は、地球全体で見れば大きな戦争や紛争がないということですから、本当に素晴らしいこと、有難いこととは思えませんか。<br />
<br />
「健康である」ということは、それだけでいわば「奇跡」なんです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.11.05  うちの子いい子だもん</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/11/20081105-65445.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65445</id>

    <published>2008-11-05T01:06:54Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:07:38Z</updated>

    <summary>昔私が勤めていた病院での話です。 外来にいた看護師の方は、同僚との会話で息子さん...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[昔私が勤めていた病院での話です。<br />
<br />
外来にいた看護師の方は、同僚との会話で息子さんの話になると、いつも「うちの子、いい子だもん」と言われていました。<br />
<br />
でも、その息子さんですが同僚の看護師さんたちの話では評価はイマイチなところもあったみたいで、暴力事件など警察沙汰もあったそうです。<br />
<br />
ただ、その一件も友人を助けるためだったそうで、正義感の強いお子さんだったともお聞きしました。<br />
<br />
<br />
<br />
私は、むしろその方が母親として子供を信じているその態度に感心したのです。<br />
<br />
私から見ていても、別に子離れできていないとか、お互いの依存がつよいというわけでも決してないのです。<br />
<br />
<br />
<br />
「私は母親として、最後の最後まで子供を信じてる」でした。<br />
<br />
<br />
<br />
私も、今ではこの言葉を心の中でよく使います。<br />
<br />
決して「私にとって都合の良いことをするだけの子供」、「世間的に良い子」という意味ではありませんよ。<br />
<br />
<br />
<br />
休みの日はダラダラと寝ていますが、「うちの子いい子だもん」<br />
<br />
ゲームばっかやっていても、「うちの子いい子だもん」<br />
<br />
兄弟喧嘩ばっかりやっていても、「うちの子いい子だもん」<br />
<br />
<br />
<br />
禅で「日々是好日」という言葉があります。<br />
<br />
これは単に「毎日が良い日なのだ」というだけではないと思っています。<br />
<br />
「たとえ何が起ころうともそれを受け止めなさい、災難があってもね」という決意なんだと思っています。<br />
<br />
<br />
<br />
良寛さんはこう言っていたそうです。<br />
<br />
「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。」<br />
<br />
災難にあわないためには、災難の渦中にいればよいというのです。<br />
<br />
ここまでの決意を持つのはすごいですね。<br />
<br />
<br />
<br />
まあ、微々たるレベルですがそれにちょっとだけ近いかなって感じです。<br />
<br />
何とかなりますよ、と思いたいです。<br />
<br />
<br />
<br />
誰でも苦しい時はある、もしくは来ると思います。<br />
<br />
その時に、その苦しみすら味わうことができるとなると、おそらく「苦しみ」ではなくなるのでしょうね。<br />
<br />
私はまだまだそれすらわかりませんが、最近のニュースでの小室さんのことを聞くと、なんかそう思うのです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.11.01  死者のベル</title>
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    <published>2008-11-01T01:05:18Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:07:11Z</updated>

    <summary>昨日はハロウィーンでしたね。 それにちなんで、それっぽいネタです。 「死者のベル...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[昨日はハロウィーンでしたね。<br />
<br />
それにちなんで、それっぽいネタです。<br />
<br />
「死者のベル」について、ある本で読みました。<br />
<br />
先にお詫びしておきます。m(_ _)m 理由はそのうちわかります。<br />
<br />
おそらく私だけでなく、火葬をおこなう風習である日本人にはちょっと気味の悪い話になります。<br />
<br />
「死者」、「棺」、「ベル」と聞いただけで嫌な人はスルーしてください。<br />
<br />
でも、「愛」も出てきますから。<br />
<br />
<br />
<br />
もう通信が発達してからのことですが、イギリスで「死者のベル」という商売があったそうです。<br />
<br />
棺の中にベルが備えられていて、コードで家の中につながっています。 これは死者が蘇った時にこのベルを押してもらえれば、残った家族がわかるので墓地に行って棺を開けるという手順になるのだそうです。<br />
<br />
これは実際にあった商売だそうですが、本当にベルがなったのかどうかまでは知りません、というか知りたくないですね。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
やはり土葬を行なう風習だからこそ、ありえるのですね。<br />
<br />
私はその気持ちはわかりますが、愛する人が亡くなっても、葬儀も終わったあとで何日もたってから、蘇ってほしいとまでは思わないのです。<br />
<br />
冷たいでしょうか。<br />
<br />
でもね、神話にもあるじゃないですか。 イザナギノミコトは、死んだイザナミノミコトに会いに黄泉の国に行きます。 そこでイザナミノミコトの姿を見たときに、その死んで腐敗した体をみてしまい、怖くなって逃げ帰ります。<br />
<br />
<br />
<br />
私にとって、このエピソードは、たとえ愛する人であっても、亡くなったらそれを受け止めて、悲しみを乗り越えてしっかりと生きていきなさい。<br />
<br />
その亡くなった人のことばかり引きずって生きるのは、自分にとっても、なくなった方のためにもよくありませんよという解釈です。<br />
<br />
死因は何であれ、亡くなった以上はそこからは戻れないのです。<br />
<br />
そういう自然の掟があるのですから、それは侵してはいけないのです。<br />
<br />
<br />
<br />
所で、ちょっとだけ想像してみてください。<br />
<br />
たとえば土葬だと仮定してですが、亡くなった方の棺の中にベルが備えてあるとして、それが深夜3時ごろに鳴った！・・・・<br />
<br />
ひっそりと静まり返った家の中で、その音が響いている・・・<br />
<br />
(・_・;)<br />
<br />
シャベルを担いで、エッさ・ホッさとお墓のほうへ・・・・・<br />
<br />
迎えに行きますか？<br />
<br />
<br />
<br />
「鉄腕アトム」に出てくる天馬博士なら行くのでしょうね。アトムを作ったくらいだし。<br />
<br />
外国でもホラーの短編小説でWWジェイコブズの「猿の手」という物語があります。<br />
<br />
ご興味があればお読みください。創元推理文庫の怪奇小説傑作集１に入っています。<br />
<br />
ここでネタばらしはしませんが、すっご～く面白い？ですよ。<br />
<br />
<br />
<br />
そういえば、他にもこのジャンルの小説としてスティーブン・キングの「ペットセメタリー」がありますね。<br />
<br />
これは映画にもなったし有名ですね。<br />
<br />
ホラーの好きな人には、たまらないでしょうけど････<br />
<br />
私はね～　(-.-;)<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2008.10.28  瞑想の意味</title>
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    <published>2008-10-28T01:05:49Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:06:38Z</updated>

    <summary>前回にもちょっとだけ触れましたが、瞑想の意義についてもう少し私の考えを追加します...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[前回にもちょっとだけ触れましたが、瞑想の意義についてもう少し私の考えを追加します。<br />
<br />
<br />
<br />
今日二つ目ですが、内容的に前回のとあわせてセットにした方が良いと思いまして。f^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
まず大前提としてですが、基本的に「思考」は必要なのです。<br />
<br />
しかし、使用法を誤る人が結構いるのです。<br />
<br />
<br />
<br />
たとえばクヨクヨといつまでも悩んでいるというのは、同じ思考回路だけを消耗してしまいます。<br />
<br />
するとその思考によって労働を強いられた神経細胞がオーバーヒートして疲弊して死滅してしまいます。<br />
<br />
そのため、脳を調べるとCTで脳の一部が萎縮してしまう所見が認められたりするそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
昔の人はうまいことを言いました。<br />
<br />
「下手な考え　休むに似たり」<br />
<br />
<br />
<br />
そのために、「不要な思考はやめましょうよ」という方針の一法として瞑想や座禅があるのではないでしょうか。<br />
<br />
これらによって、同じ神経回路を過度に使用しないようにすることと、別のルートも開発することができるからです。<br />
<br />
<br />
<br />
身体を鍛える場合にも、どっか一部だけを酷使するような運動は、長年行なうと故障が多いですね。<br />
<br />
全身をバランスよく鍛える方が故障しにくいと言えるでしょう。<br />
<br />
姿勢でも、腰など一部に負担がかかるような姿勢では、痛めてしまいますが、背骨全体にできるだけ均等に負担をかけるような姿勢にすれば腰を痛めにくいのとも似ていますね。<br />
<br />
<br />
<br />
おそらくですが、私は同じ脳の神経回路ばかり使っていることも、将来の認知症につながると思っています。<br />
<br />
なぜなら、同じ神経回路ばかり使うと疲弊して萎縮するのですから、年をとってそれらの神経回路が使えなくなった時に、他の神経回路が発達していないと、「思考停止」になってしまうのは想像に難くないですよね。<br />
<br />
<br />
<br />
ですから、自分の考えだけに固執するのではなく、いろんな考えに耳を傾け、自分とは反対の考え方も認める精神が、ボケ予防の一つになるとは言えないでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
まさに「清濁併せ呑む　大人（たいじん）」です。<br />
<br />
<br />
<br />
具体的なヒントですが、「ワンパターンの日常生活からは脱却しましょう」です。<br />
<br />
ワンパターンは同じ思考回路しか使いません。<br />
<br />
ですから、脳が楽をしてしまうのです。<br />
<br />
脳が楽をすることで、運動不足ならぬ「思考不足」を招き、この結果が認知症ではないかと考えているのです。<br />
<br />
<br />
<br />
そうならないためには、やはりその都度脳に刺激を与えることですね。<br />
<br />
それは「思考せざるを得ない」状況に、脳を追い込むのです。<br />
<br />
そうすれば嫌でも頭を使うことになります。<br />
<br />
今「嫌」という言葉を使いましたが、理想的には「楽しみながら 」が良いと思います。<br />
<br />
その都度、極端にいえば初めてのように、ワクワク・ドキドキしながら、生活することが良いといわれるのはそういう意味なんだと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
それから好奇心旺盛であることですね。<br />
<br />
多趣味も良いかも。<br />
<br />
自分にできる範囲で良いのです。<br />
<br />
<br />
<br />
これらは、そんなに極端な考えとは思っていない今の私です。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2008.10.28  OH！脳</title>
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    <published>2008-10-28T01:05:16Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:06:12Z</updated>

    <summary>他の方のブログを見ていても、いつも感心することがあります。 それぞれが、いろいろ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[他の方のブログを見ていても、いつも感心することがあります。<br />
<br />
それぞれが、いろいろな見方をしている。<br />
<br />
ただ、共感することがあるのは、同じ人間社会で生きていくルールを踏まえているからでしょうね。<br />
<br />
それにしても、脳ってなんでしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
デカルトにして、「我思う　　ゆえに我あり」と言わしめた張本人？です。<br />
<br />
脳の機能の一つに「思考」があります。<br />
<br />
精神世界、宗教の世界でも、「思考偏重」を問題視することがありますし、瞑想や禅はいわゆる雑念などを主とした「思考」を一時的にしろ脳からなくそうとする行為です。<br />
<br />
<br />
<br />
これは私見ですが、これら瞑想や禅の目的はコンピューターにたとえると脳の「再起動」であり、「デフラグ」だと思っています。<br />
<br />
同じような目的で行なっているのが、毎日定期的に行なっている「睡眠」です。<br />
<br />
そして、その作業中にみるのが「夢」であり、しゃべるのが「寝言」。<br />
<br />
歩くのが「夢遊病」？<br />
<br />
これはよく外国アニメで見かけます。f^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
これは余談ですが、そのシーンはたいてい両手を肩の高さにまっすぐ前に伸ばして、足も膝で曲げずに伸ばしたまま歩きますね。 あれも一種の固定イメージですね。<br />
<br />
<br />
<br />
閑話休題。<br />
<br />
要するに睡眠時間が短かったり、取らないでいると、「誤作動」したり「フリーズ」しちゃうのです。<br />
<br />
これらがいわゆる精神病やノイローゼにつながるのです。<br />
<br />
<br />
<br />
所で、私は思考は別に悪いものとは思っていません。<br />
<br />
<br />
<br />
思考は、包丁と同じです。<br />
<br />
うまく料理に使うこともできるし、殺傷に使うこともできるからです。<br />
<br />
<br />
<br />
思考は、車の運転と同じです。<br />
<br />
たとえ正しい道を走っていても、安全運転で走ることもできれば、スピードオーバーや余所見運転、飲酒運転は事故につながる可能性がおおきいのと同じです。<br />
<br />
<br />
<br />
思考は、体力トレーニングと同じです。<br />
<br />
自分の体力に合わせて、トレーニングをしないとかえって体を壊すのと同じです。<br />
<br />
<br />
<br />
案外、私たちは日ごろ「脳」のことを考えていませんよね。<br />
<br />
自分の顔を、リアルタイムに自分では見ることができないのと同じですね。<br />
<br />
<br />
<br />
まあ、日ごろから付き合っているといえば、神経内科医、脳神経外科医、精神科の先生でしょうか。<br />
<br />
でもね、ふと考えてみると、深いですよ。<br />
<br />
だから、健康に注意して「思考」しましょう。(^_^)v<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.10.25  人生はペナントレース？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/10/20081025-65441.html" />
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    <published>2008-10-25T01:03:58Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:05:38Z</updated>

    <summary>私は前にも「人生の意味・価値」について書きました。 人生に意味はないと書きました...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私は前にも「人生の意味・価値」について書きました。<br />
<br />
人生に意味はないと書きましたが、厳密に言えば人生について「今考える」意味はないということになります。<br />
<br />
そんな暇があったら、まずは目の前のことをやれよ！と言いたいくらいです。<br />
<br />
<br />
<br />
そのことについて、最近具体的な例が見つかりました。<br />
<br />
それはペナントレース1位を逃し、さらにCS第二ステージにも出られなかった阪神です。 (-.-;)<br />
<br />
前半はぶっちぎりでトップを走っていたのに、最後はあの結果に終わりました。<br />
<br />
たしか7月だったかその頃にはオーナーとの話で来期も監督をするという話も出ていたように記憶しています。<br />
<br />
それがどうしたのか、後半だけだとガタガタでした。<br />
<br />
「勢い」に欠けていました。<br />
<br />
前半の時期に、誰がこの結果を予想したでしょうか。<br />
<br />
まさに、「勝負は下駄を履くまでわからない」です。<br />
<br />
<br />
<br />
今の私が人生についての意味、価値を言えないのは、野球の試合またはペナントレースと同じだからです。<br />
<br />
まだ私は9回まで来ていないのですから（多分、f^_^;　）<br />
<br />
言うことができない「今」の段階では「ない」と同じです。<br />
<br />
少なくとも考える必要はない。<br />
<br />
<br />
<br />
そういえば、野球選手も試合後のインタビューで言っていますね。<br />
<br />
「とにかく、今は一試合一試合を大事にしていくだけです」ってね。<br />
<br />
<br />
<br />
最終的にその試合を評価できるのはゲームセットになってからですし、ペナントレースから見れば最終試合が終わってから、その結果についての総評をすることになります。<br />
<br />
途中では、最終的な評価はできません。<br />
<br />
<br />
<br />
会社の経営で、帳簿の監査ができるのは、年度末に閉めてからです。<br />
<br />
その理屈でいくと、今の人生の意味、価値、評価が言えるのは、正確には死んでから、あの世(もしあれば)で評価することになるのですが、わからないのでとりあえず死ぬ間際でしょうね。<br />
<br />
<br />
<br />
お釈迦様は「人生は苦だ(※)」と言われたそうですが、私は「総じて良かった」とか「総じて楽しかった」と言いたいです。<br />
<br />
まあ、逆に言えばそう言いたいために今を生きているのかも。(^_^;)<br />
<br />
（※正確にはお釈迦様の言われた「苦」は思い通りにはならないという意味だそうです）<br />
<br />
<br />
<br />
ちなみに、人生というゲームでは、5回を過ぎたら雨天コールドゲームが成立するという野球とは違い、試合が始まれば1回でも雨天コールドゲームが成立するという点があるとも思っています。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.10.22  なぜか今感じること</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/10/20081022-65440.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65440</id>

    <published>2008-10-22T01:04:24Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:05:04Z</updated>

    <summary>ダンマパダ(真理のことば)は、日本では「法句経」として読まれていますが、その原文...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ダンマパダ(真理のことば)は、日本では「法句経」として読まれていますが、その原文であるダンマパダは仏陀の言葉を弟子たちがまとめたものとして、東南アジアでよく読まれているそうです。<br />
<br />
岩波文庫から出ている「真理のことば　観興のことば」にもいろいろなことが書いてあります 。<br />
<br />
短いものばかりですが、423もあります。<br />
<br />
今の世の中ですが、世間を見ていると、このダンマパダの中に何か感じる文がいくつかあります。<br />
<br />
<br />
<br />
旅に出て、もしも自分より優れた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。<br />
<br />
愚かな者を道連れにしてはならぬ。<br />
<br />
<br />
<br />
怨みを抱いている人々のあいだにあって怨むことなく、われらは多いに楽しく生きよう。<br />
<br />
怨みをもっている人々のあいだにあって怨むことなく、われらは暮らしていこう。<br />
<br />
<br />
<br />
悩める人々のあいだにあって、悩み無く、大いに楽しく生きよう。<br />
<br />
悩める人々のあいだにあって、悩み無く暮らそう。<br />
<br />
<br />
<br />
むさぼっている人々のあいだにあって、わずらいなく大いに楽しく生きよう。<br />
<br />
むさぼっている人々のあいだにあって、むさぼらないで暮らそう。<br />
<br />
<br />
<br />
自己こそ自分の主である。<br />
<br />
他人がどうして自分の主となろうか。<br />
<br />
自己を良くととのえたならば、得がたき主を得る。<br />
<br />
<br />
<br />
世の中は泡沫（うたたか）の如しと見よ。<br />
<br />
世の中はかげろうの如しと見よ。<br />
<br />
世の中をこのように観ずる人は、死王も彼を見ることがない。<br />
<br />
<br />
<br />
勝利からは怨みが起きる。<br />
<br />
敗れた人は苦しんで臥す。<br />
<br />
勝敗をすてて、安らぎに帰した人は安らかに臥す。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
額面通りに理解しないといけないということはないと思います。<br />
<br />
大事なことは、自分が、今、何を感じるかです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.10.18  やっぱりというか、さすがポッター</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/10/20081018-65439.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65439</id>

    <published>2008-10-18T01:03:28Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:04:41Z</updated>

    <summary>ハリーポッターの第7巻をようやく読みました。 発刊の時にすぐに買っていたので、子...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ハリーポッターの第7巻をようやく読みました。<br />
<br />
発刊の時にすぐに買っていたので、子供たちはもう読んでいました。<br />
<br />
私は他にしたいことがあったので、読んでいなかったのですが、この時期になぜか読みたくなったのです。<br />
<br />
やっぱり良かったですね。<br />
<br />
小泉さんじゃなくても「感動した！」です。<br />
<br />
<br />
<br />
第一巻から読んでいるので、登場人物にも思い入れがありますし。<br />
<br />
「う～ん」とうなること(ただし、理由はいいませんよ！)もしばしば。<br />
<br />
<br />
<br />
最近は、本でこんなにハラハラすることはありませんでしたが、今回は上巻を読んだ時に、こんな状況からどう収拾をつけるのだろうと思いました。<br />
<br />
言いたいことも結構あるけど、我慢して口チャック！<br />
<br />
<br />
<br />
こんなに思い入れて読めるのは、他には「ゲド戦記」くらいです。<br />
<br />
なかなか含蓄のある言葉もありました。 また、ストーリーに触れない程度にご紹介したいと思います。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.10.11  賢人のおられるところ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/10/20081011-65438.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65438</id>

    <published>2008-10-11T01:02:55Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:04:15Z</updated>

    <summary>今回ノーベル賞を4人の方が一度に受賞することになりました。 日ごろ、地道な研究を...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今回ノーベル賞を4人の方が一度に受賞することになりました。<br />
<br />
日ごろ、地道な研究をされているので、突然脚光を浴びてインタビューを求められても、皆様共通の反応として戸惑いがあるように感じます。<br />
<br />
そして、ほとんどの方が、早くもとの研究に戻りたいと言われます。<br />
<br />
ずっとスポットライトを浴びることに慣れていないこともあるでしょうし、居心地が悪いのでしょうね。<br />
<br />
勿論、その分野では十分に認められているのですが、どうしても「マニアック」な世界ですから、広く一般に知られるというレベルではないという場合がほとんどではないでしょうか。<br />
<br />
目に付く場所にいるから良いとは限らないとつくづく思います。<br />
<br />
どの分野にしても、あまり目立たないところに達人・名人・賢人がいるということも実感します。<br />
<br />
私は、変な表現ですが、「主婦」の賢人、「母」の名人、「子供」としての達人？もいると思いますよ。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.10.06  罪悪感</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/10/20081006-65437.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65437</id>

    <published>2008-10-06T01:02:30Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:03:50Z</updated>

    <summary>もしも脳内のことがすべてだったら、「私」という魂の学びはこの人生限りということに...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[もしも脳内のことがすべてだったら、「私」という魂の学びはこの人生限りということになります。<br />
<br />
私は、今はそう思っています。<br />
<br />
言い方を変えれば、前世も未来も私には見えないので、絶対の否定もしませんが、肯定もできないということです。<br />
<br />
だから、今を見つめることしかできないのです。<br />
<br />
いつ死ぬかわかりませんが、だからこそ「今」を大切にしたい。<br />
<br />
<br />
<br />
「この人生はこの場限り」という考えだと、悟っていない人は、そのまま人生を終えたら、ただそのままということです。<br />
<br />
学ばないまま終わる人も多数いることでしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
それじゃあ　いけない？<br />
<br />
都合が悪い？<br />
<br />
納得いかない？<br />
<br />
<br />
<br />
「あの人は好きなことして死んだ。私は無理して我慢していたのでできなかったことがたくさんある。」という考えを持ち、自分が損した気持ちになる？<br />
<br />
<br />
<br />
そのような不公平感は問題だという発想から、もっと公平かつ安心したいという気持ちから、昔の人は宗教をつくったり、過去から未来へつながる魂を考えたとは言えないでしょうか？<br />
<br />
「いいことをせずに、悪いことばかりしていると地獄に落ちる」という発想も同じ方向です。<br />
<br />
人を苦しめてもなんとも思わない人、自分のことばかりを考えている人たちが、楽しいという世界は許せないのですね。<br />
<br />
だから「天罰」「自業自得」等の言葉を作ったのでしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
でも、その考えだと無理が生じることも最近多いのです。<br />
<br />
それはもともとの考え方自体に問題があると判断せざるを得ないような人たちが関係する犯罪や問題が増えているからです。<br />
<br />
いわゆる通常の人間のもつ概念・考えとちがった認識を持ってしまう人がいると思います。<br />
<br />
<br />
<br />
このような人たちは、社会通念、一般的な認識を持つという自覚がありません。<br />
<br />
こういう場合、この人たちにとって「天罰」は存在するのでしょうか。<br />
<br />
「罰」はその人が多少なりとも自覚して、罪悪感が心のどこかにないと通用しないと思うのです。<br />
<br />
<br />
<br />
本当の意味での「罰」とは、自分の罪を自覚させる事だと思うのですが、どうもその意味を知る以前の人がいるようだと思っています。<br />
<br />
たとえて言うと、日本人がほとんど日本語を知らないアメリカ人に向かって日本語で説明するのと同じようなものです。<br />
<br />
当然、自覚できれば良いのですが。<br />
<br />
<br />
<br />
「願えば叶う」という思想を説いたマーフィーも、「たとえ悪事を働いても、心の底からの罪悪感がなければ、その人に悪いことは起きないだろう」といっています。<br />
<br />
私自身、まだわかっておりませんから、なんとも言えませんが、「魂を磨く」といっても、それでは通用しないような人たちがいるような気がしてなりません。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.09.29  目覚まし時計よ　ありがとう</title>
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    <published>2008-09-29T01:02:28Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:03:14Z</updated>

    <summary>20年近くお世話になった目覚まし時計がとうとう動かなくなってしまいました。 「快...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[20年近くお世話になった目覚まし時計がとうとう動かなくなってしまいました。<br />
<br />
「快獣ブースカ」の時計でした。<br />
<br />
実は朝日新聞の勧誘でもらったやつなんですけどね。<br />
<br />
だからタダ！だった。<br />
<br />
「朝日がサンサン、おはようサン」と甲高いブースカの声が鳴り響きます。<br />
<br />
目覚まし時計の音と緊急自動車のサイレンは、気がつくようにという目的があるからですが、ホント耳障りに感じるようになっていますね。<br />
<br />
でも、新聞勧誘というひょんなご縁も含めて、本当にありがとうございました。<br />
<br />
<br />
<br />
新しく買った時計は、980円！ 電波時計と書いてあり、時刻を合わせる必要がないのだとか。<br />
<br />
何かわからんがスゴイ。<br />
<br />
製造は･･････中国　(・_・）エッ....?<br />
<br />
買ってから気付きました。<br />
<br />
･････まあ、「食べる」わけじゃないから、いいか。<br />
<br />
(^_^;)<br />
<br />
安物買いの銭失いにならないよう、祈ります。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2008.09.27  娘の最後の運動会</title>
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    <published>2008-09-27T01:01:30Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:02:48Z</updated>

    <summary>娘の運動会は先週の土曜日の予定だったのですが、台風のため中止になり、翌日日曜日に...</summary>
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        <![CDATA[娘の運動会は先週の土曜日の予定だったのですが、台風のため中止になり、翌日日曜日に行ないました。<br />
<br />
ところが日曜日も午前11時過ぎから雨が降り出し、結局残りの演目は今週の水曜日に延期という形になってしまいました。<br />
<br />
<br />
<br />
日曜日ですが、娘は最初の方にあった演目、障害物競争に出ましたが、私がPTAの仕事で地域のご老人にお茶を出す係をしていたため、写真は取れませんでした。<br />
<br />
でも、ちゃんと目には焼き付けました。<br />
<br />
2位でした。(^_^)v<br />
<br />
<br />
<br />
写真を取るのは残りの演目でと思っていたのですが、雨天中止になってしまったので結局何も取れていません。(-.-;)<br />
<br />
また、今年は運動会実行委員になっていたので、閉会式で歌を歌う時に朝礼台に上がって指揮をするといっていたのですが、それもみることはできませんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
運動会の残りの演目は、水曜日という平日の開催のため、来られた保護者は少なかったそうです。<br />
<br />
今年は小6で最後の運動会だったのですが。<br />
<br />
まあ、学校側が撮っているであろうスナップ写真を楽しみにしましょう。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2008.09.17  サバンっぽい？</title>
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    <published>2008-09-17T01:01:03Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:02:20Z</updated>

    <summary>先日、テレビでサバン症候群の人たちの特集を見ました。 サバン症候群とは、自閉性障...</summary>
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        <![CDATA[先日、テレビでサバン症候群の人たちの特集を見ました。<br />
<br />
サバン症候群とは、自閉性障害のある者がごく特定の分野に限って、常人には及びもつかない能力を発揮する者の症状を指しています。<br />
<br />
「レインマン」という映画の主人公もそうでした。 ダスティン・ホフマンはこれでアカデミー賞を取りましたね。<br />
<br />
一目見ただけで詳しい絵がかけたり、電話帳やカレンダーを覚えていて即座に答えられたりと、それだけを見るととてつもない能力の持ち主です。<br />
<br />
教義の典型的な人はまだ世界でも数十人しかみとめられていないそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
そのような症状を持った人たちの中で、ある方の日常生活の様子をテレビで見ましたが、たしかに普通とは違う行動です。<br />
<br />
いろいろ動き回っています。ひとところにじっとしていない。<br />
<br />
図書館に行ってもうろうろしていますが、電話帳や本を読むときにはスゴイ集中力ですね。<br />
<br />
<br />
<br />
それでもって、今回の本題に入ります。<br />
<br />
その番組を見ていてのことですが、実は自分の小さい頃のことで聞いたことを思い出しました。<br />
<br />
勿論私は上記のような才能は持っておらず、サバン症候群ではありませんが、その何百分の一程度くらいは似た？ようなこともしていたみたいです。<br />
<br />
<br />
<br />
私には、幼稚園の頃に他の園児たちと室内で一緒にいたかと思うと、突然フラッと一人で外に出て砂場で遊んでいて、また戻ってくるという奇行があったそうです。<br />
<br />
私自身はもう覚えていません。<br />
<br />
先生にたずねたりもせず、遠慮しながらこそこそっと出るのではなく、まったく普通に平然と出入りしていたらしいです。<br />
<br />
まったくKYですね。ｆ^_^;<br />
<br />
どうも周りが全然見えていなかったのでしょう。<br />
<br />
自分の世界に入っていた。<br />
<br />
シュタイナー教育で有名なシュタイナー先生に言わせれば、夢を見ている時期なのでしょう。<br />
<br />
<br />
<br />
所で、その当時の園長先生は、私の奇行を見ていながら、そのまま遊ばしてくれていたそうです。<br />
<br />
中学生のころ、たまたまお会いすることがありましたが、その時にその当時のこのような奇行について教えていただきました。<br />
<br />
ニコニコといつも笑顔の優しい先生でした。<br />
<br />
あまり意識していませんでしたが、私にとっては重要な方だったのかもしれません。<br />
<br />
その当時に、それらを矯正されていたら、今の自分ではなかったかもしれません。<br />
<br />
関係ないとは思っていますが、その番組から自分のことを省みる機会を得ることができました。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.09.08  過去の事実</title>
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    <published>2008-09-08T01:00:03Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:01:51Z</updated>

    <summary>私は今まで歴史は変わらないと思っていました。 「過去の事実」は変わらないけど、「...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私は今まで歴史は変わらないと思っていました。<br />
<br />
「過去の事実」は変わらないけど、「それにかかわった人の受け取り方」が変わるかもしれないだけなのじゃないかと。<br />
<br />
でも、それで十分大きな変化ではないかと思い直しています。<br />
<br />
「見方」が変われば「歴史」が変わったことになると思っています。<br />
<br />
なぜなら、全ての「過去」は今には存在しないからです。<br />
<br />
<br />
<br />
所詮、過去の「事実」というのは、脳の中の「記憶」という曖昧な情報に過ぎません。<br />
<br />
たとえビデオなどの映像に収められているにしても、「空気」や「思い」まではわかりませんし、あくまでも一面的な情報です。<br />
<br />
映像フィルムも舞台劇と変わらないのです。<br />
<br />
フィルムの枠に映っていないところ、つまり舞台裏は計り知れない。 これは戦時中の士気高揚のためのニュースフィルムが典型的な例になります。<br />
<br />
<br />
<br />
まして「絵」や「文章」であればなおさらです。 その作者の思いひとつでどうにでもなるのですから。<br />
<br />
<br />
<br />
ですから、歴史という「過去の事実」すら正確なものではないと思うのです。<br />
<br />
<br />
<br />
たとえば「恨み辛み」や「過去の自慢話」などは、感情が入ってきますからかなり作者サイドに偏った脚色のフィクションに変わっているのではないかと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
また、たとえば「忠臣蔵」は小説でも、映画でもたくさんの作品があります。<br />
<br />
これも、作者の意図によって、いかようにも「表現できる」というか「ゆがめることができる」という例だと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
実際の過去の事実は、記録に残されているストーリーの通りだと思いたいのですが、当事者の思惑によって人物像や状況設定がかなり脚色されてしまいます。<br />
<br />
<br />
<br />
でも、こういうことは是非を問うようなことでもありません。<br />
<br />
ただ、そういうもんじゃないかと思っているだけです。<br />
<br />
<br />
<br />
歴史的な事実に限らず、自分の過去の出来事も同じでしょう。<br />
<br />
誰でも、過去に対する自分の記憶も、結局脳の中で似たような保存の仕方をしているのだろうと思うのです。<br />
<br />
事ほど左様に、人の記憶、思い出とは曖昧なんじゃないかということです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.09.02  人牛倶忘</title>
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    <published>2008-09-02T00:59:39Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:01:22Z</updated>

    <summary>自分に嫌なことが降りかかってきたときのことですが、これはどういう原因があるからと...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[自分に嫌なことが降りかかってきたときのことですが、これはどういう原因があるからと考えますか。<br />
<br />
<br />
<br />
１　自分は、それだけの大変なことも乗り越えられるだけの「魂」であるから、起こるべくしてそれが起こった。<br />
<br />
２　自分は、それだけの大変なことが起こるような身の振り方をしてきたから、その結果として起こるべくしてそれが起こった。<br />
<br />
３　神さま仏さま、または大いなる存在は、その人その人を見て運命をきめているのではない。ランダムに災難が振り掛かってくる。だから運命は「善」とか「悪」と直接の関係はない。<br />
<br />
４その他　　自由に考えてください。 とりあえず「人牛倶忘(※)」にしておきましょう。<br />
<br />
<br />
<br />
１はまさにプラスの方向を持った思考です。<br />
<br />
何が起ころうとも「予定通り」なのです。 最近はこの手の積極的思想を書いた本が多いように思います。<br />
<br />
次から次へとアクション・シーンが続き、それを乗り越えていくインディ・ジョーンズのようですね。<br />
<br />
<br />
<br />
２は「因果応報」ともいえます。 これはどちらかというと過去のことのマイナス面を重視した考え方といえます。 非常に宗教色の濃い思想です。 だから、悔い改めろとか、今の行いを正せとか、ご先祖様を大切にしろという方向に発展していきます。<br />
<br />
<br />
<br />
３は上記の関係を否定しますので、あっさりしています。 これはいわゆる禅宗の考える方向に近いのではと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
どれがいいというのではありませんが、どれが自分にとってしっくりとするでしょうか。<br />
<br />
私自身は、この1年くらいの間でかなり考え方が変わりました。<br />
<br />
まあ、そんなもんです。 だって諸行無常ですから。<br />
<br />
<br />
<br />
※　人牛倶忘は、「十牛図」という悟りを開くまでの十の段階を示した図集の8番目にあります。他の9枚の絵は人や牛、風景などいろいろ描いてありますが、「人牛倶忘」は 白地のバックに黒い丸が大きく描かれているだけです。シンプルな絵柄なので、ここに記載しました。興味のある方は検索するなど調べてみてください。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2008.09.01  マイ・テーマ・パーク</title>
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    <published>2008-09-01T01:00:12Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:00:55Z</updated>

    <summary>早いもので、もう9月ですね。 私の家の庭(と呼べるなら)ですが、雑草のワンダーラ...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
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        <![CDATA[早いもので、もう9月ですね。<br />
<br />
私の家の庭(と呼べるなら)ですが、雑草のワンダーランドというかテーマパーク状態です。<br />
<br />
特に今は草たちが元気？です。<br />
<br />
10年以上前には芝生だったのですが、自然？淘汰されてしまいました。<br />
<br />
ダーウィンの進化理論を地で経験？しています。<br />
<br />
ところで、先ほどは「雑草」という言葉を使いましたが、「雑草」とか「害虫」って言葉は、人間勝手な言葉ですね。<br />
<br />
というわけで、私の家の庭は「自然」というテーマ？に沿っています。<br />
<br />
(^_^;) それなりに四季を味わうことができます。<br />
<br />
もっとも、別名「ほったらかしの庭」とか「庭の手入れをしていない家」とも言うそうです。<br />
<br />
(・_・)エッ....?<br />
<br />
でも時々は刈っていますよ。<br />
<br />
年に何回かは聞かないでください。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.08.30  雷の夜に</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/08/20080830-65428.html" />
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    <published>2008-08-30T00:59:38Z</published>
    <updated>2011-03-30T01:00:27Z</updated>

    <summary>昨日の夜は、雷が光り、鳴り響いて非常ににぎやかでした。 昔、似たようなシーンを見...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[昨日の夜は、雷が光り、鳴り響いて非常ににぎやかでした。<br />
<br />
昔、似たようなシーンを見たような。<br />
<br />
スピルバーグの「未知との遭遇」でした。<br />
<br />
UFOも飛んでいるのかな。<br />
<br />
そんな時にふと思ったのですが、地球上に発生している台風や地震、雷は全て気候や地殻変動から見れば必然なのでしょうけど、人間にとってはまったく予測できないことですよね。<br />
<br />
その場所に何が存在しようとも、雷は落ちるし土砂崩れが起きます。<br />
<br />
人が巻き込まれれば人的災害と呼ばれますが、誰もいない山でも知らないうちに土砂崩れは起きています。<br />
<br />
その場所の木々や虫たちにとってはその生命が失われることがあるのです。<br />
<br />
「生きること」、さらにいえば「在ること」とはすなわち「予測できないこと」なのですね。<br />
<br />
「諸行無常」はいたるところに満ちていました。<br />
<br />
「もっと気付けよ」と言っているようです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.08.18  人生　油絵のごとく</title>
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    <published>2008-08-18T00:58:05Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:59:54Z</updated>

    <summary>またまた私の勝手な仮説です。(^_^;) サマセット・モームは人生を「絨毯を編む...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[またまた私の勝手な仮説です。(^_^;)<br />
<br />
サマセット・モームは人生を「絨毯を編む」という表現で表しました。<br />
<br />
これについては、私も以前に書きました(その日記)。<br />
<br />
私もこれには納得していますが、人生の積み重ねを考えると私は絨毯と言うよりも油絵の方がわかりやすいのではないかと思います。<br />
<br />
油絵は乾いたら、その上に何度も重ね塗りをしていくことができます。<br />
<br />
たとえば昔のルオーという人の作品を見ると、実物はかなり重ねて描いていますので、立体的な感じすらあります。 この盛り上っている迫力がこの人の持ち味になっています。<br />
<br />
<br />
<br />
人生は「境遇」の上に「生来の性格」をベースにして「経験」を重ねていきます。<br />
<br />
まさにコンピューターでいうメモリーの上書きです。<br />
<br />
そして油絵と同じように現時点での「自分」というキャンバスに「経験」という色を付けていくのです。<br />
<br />
日々描いていくのですから、明るい傾向の色合いになることもあれば暗い色合いになってしまうこともあるでしょう。<br />
<br />
でもどんどん全体的にも部分的にも描き足していくのです。<br />
<br />
そう考えれば、現時点での「絵」がどんどん変化してもおかしくはないということがわかります。<br />
<br />
1年前と全然違う画風になってしまっていてもまったく構わないわけです。<br />
<br />
<br />
<br />
また、絵の具が重ねられて表面からは見えなくなった「過去の絵」は、いわゆる「忘れられた記憶」ということになります。<br />
<br />
でも忘れているだけで過去としての積み重ねの一部にはなっているのです。<br />
<br />
盛り上がりの一部になっているわけです。<br />
<br />
<br />
<br />
そこで、「人生の意味」というものを考えますと、この絵の「重ねられた色の厚み」の意味になるのではないでしょうか。<br />
<br />
ですので人生の意味は、この絵の具の厚みに価値を見出す人には意味のあることになりますし、厚みを意識しない人にはそれほどの意味がないものになります。<br />
<br />
でもそれぞれの人がそれぞれの「芸風」で描いているのですから、それぞれの受け止め方で良いのです。<br />
<br />
ですから、人生の意味についての議論というものは、あまり意味がないのかもしれません。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.08.13  夏ですから</title>
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    <published>2008-08-13T00:58:40Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:59:27Z</updated>

    <summary>今日は通勤電車で座れました。静かでいいです。f^_^; 夏は衣食住のうち衣と食の...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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        <![CDATA[今日は通勤電車で座れました。静かでいいです。f^_^;<br />
<br />
夏は衣食住のうち衣と食の仕事量が増えます。<br />
<br />
毎日、大量の麦茶を作り、大量の洗濯をします。<br />
今は全自動だから楽ですが、これを一枚一枚洗濯板で洗っていた頃はホント大変だったでしょうね。<br />
<br />
家事を行っていると、あっという間に時間が過ぎます。<br />
<br />
<br />
<br />
「仕事」という言葉は日常でもよく使いますが、 辞書で調べてみると、 動詞「する」の連用形「し」に「こと（事）」の付いた語で、「仕」は当て字だそうです。<br />
<br />
意味は(1)するべきこと。しなければならないこと。<br />
<br />
(2)生計を立てるために従事する勤め。職業。などです。<br />
<br />
この他にも力学的に使用しますがここでは省略します。<br />
<br />
<br />
<br />
確かに「しなければならない」のですが、そう思っているとちょっと気が重くなるかもしれませんね。(^_^;)<br />
<br />
だもんで、私は「することができる」と思っています。<br />
<br />
生きていることが実感できます。<br />
<br />
他には何も感じる必要はないと思うくらいです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.08.04  いち、にい、サン！　死</title>
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    <published>2008-08-04T00:57:39Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:59:00Z</updated>

    <summary>お盆が近づいてきました。 そう思うと「死」について考えてしまいました。 私は浄土...</summary>
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        <![CDATA[お盆が近づいてきました。<br />
<br />
そう思うと「死」について考えてしまいました。<br />
<br />
私は浄土真宗の檀家に入っておりますが、 浄土経典の一つである「大無量寿経」に 「人、世間の愛欲の中にありて、独り生まれ、独り死に、独り去り、独り来る」とあります。<br />
<br />
みんな死ぬときには独りなんですね。 確かにそうだと思います。<br />
<br />
たとえ臨終の場で、周りに家族がおられたとしても、今回の「自分の人生」を終わろうとしているのは、本人である「自分」だけなんです。<br />
<br />
しかし、最後が「独り来る」で終わるところが、さすが仏教ですね。<br />
<br />
<br />
<br />
また、これは一休さんのエピソードだそうですが、正月にある人から何か書いてくれと頼まれた時に、 一休さんは「父死　子死　孫死」と書いたそうです。<br />
<br />
「正月からなんと縁起の悪い」と文句を言われたそうですが、一休さんは「人はみんな死ぬんだ。だから父から順に死んでいくことが自然だし、一番悲しみが少ないんだ。先に孫が死んだら一番悲しみが大きいだろう」と言ったそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
そういえば、あの有名な「門松や　冥途のたびの一里塚　めでたくもあり　めでたくもなし」と歌ったのも一休さんでした。<br />
<br />
<br />
<br />
読んでいて気がめいりますか。<br />
<br />
最近は「死」というものをあんまり言うのはタブーのような風潮がありますし、みんな「自分はすぐには死なない」とか「自分は病気にはならない」なんて心のどこかに思っていたりすることも影響していると思います。<br />
<br />
かくいう私もそう感じる時があります。<br />
<br />
<br />
<br />
でもね　こういう歌もあるのですよ。<br />
<br />
<br />
<br />
明日ありと　思う心の　あだ桜<br />
<br />
夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは<br />
<br />
<br />
<br />
現代人は、スケジュールに浸りきってしまっていますから、明日が当然存在すると思い込んでいます。<br />
<br />
<br />
<br />
でも、いつも100％そうなるとは限らないんじゃないか？っていうこともふと考えてもいいんじゃないかと思うのです。<br />
<br />
私も、実家が阪神大震災にあいましたし、私が生まれた実家は震災の時の全壊でもうありません。<br />
<br />
<br />
<br />
「いつ、何が起こるかわからない」という気持ちは、もてるようになりました。<br />
<br />
ホント　諸行無常なんです（無情ではありません！）<br />
<br />
<br />
<br />
それから、逆に「死」を安易にというか簡単に考えている輩が、今の無差別殺人を考えるのかもしれません。<br />
ちょっとこれは蛇足ですが。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.07.25  お釈迦様とウルトラマン</title>
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    <published>2008-07-25T00:57:12Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:58:24Z</updated>

    <summary>なんちゅうタイトルでしょう。 罰当たりなのか、アホなのか、その両方か。 お釈迦様...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[なんちゅうタイトルでしょう。<br />
<br />
罰当たりなのか、アホなのか、その両方か。<br />
<br />
<br />
<br />
お釈迦様は対機説法といって、相手に合わせて説法することができたといいます。<br />
<br />
私は凡人なので、そんな事はできません。<br />
<br />
理想は、打たせてとるピッチングみたいなものですが、まだまだです。<br />
<br />
<br />
<br />
となると、どうするか。<br />
<br />
その時、その瞬間の私をぶつけるしかない。<br />
<br />
ぶつけるといっても体当たりではありませんよ。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
今の私をまるまま、１００％使いたいということです。<br />
<br />
でもそれが最善になるかどうかは別ですが。 それでもいいんです。<br />
<br />
だって、それしかないからです。<br />
<br />
<br />
<br />
いかなる展開でも、そうありたいと思っています。<br />
<br />
<br />
<br />
「その場限り」って言葉は、辞書には（其の場限り）ただその場、その時だけであること、と書いてあります。<br />
<br />
一般的にはいい印象の言葉ではないようですが、その場を燃焼させるという意味で重要な意味にとらえています。<br />
<br />
<br />
<br />
そういえば、「その時に全てをぶつける」というお手本がいました。<br />
<br />
胸のランプが赤になってからのウルトラマンです。<br />
<br />
それにしても、何故最初からスペシウム光線を出さない？<br />
<br />
水戸黄門の印籠と同じく、それが演出だから。<br />
<br />
ジュワッチ！(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.07.23  顔</title>
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    <published>2008-07-23T00:56:46Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:57:57Z</updated>

    <summary>他人の顔を見ていて気になることが時々あります。 特に朝の出勤時の電車の中 眉間に...</summary>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[他人の顔を見ていて気になることが時々あります。<br />
<br />
特に朝の出勤時の電車の中 眉間に立てジワ、口がへの字の人があまりにも多いのです。<br />
<br />
本当につらい人もいるでしょうけど、自分で自ら人生を難しく考えている人もいるのでは？<br />
<br />
もっと穏やかな顔はできないのかなと思ってしまいます。<br />
<br />
独り相撲はしていませんか。<br />
<br />
自分の周りに棘や壁を作っていますよ。<br />
<br />
そうやらないと生きていけない社会なのでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
先日、ぶつかりそうになっただけで相手の女性に「このババア！」と怒鳴っている若者がいました。<br />
<br />
ここまでくると、もう気の毒に思ってしまいます。<br />
<br />
<br />
<br />
所で話は変わりますが、自分の顔は自分の所有しているものですが、自分で直接観ることができないものでもあるのです。<br />
<br />
そういうこと考えたことありませんか。<br />
<br />
だって鏡で見たって、左右反対だから実際の顔ではありません。<br />
<br />
「顔」にはそういう特徴があるんですね。<br />
<br />
みんなそうですよ。<br />
<br />
例外はない（幽体離脱できると思う人は除く）。<br />
<br />
自分が所有しているものなのに、生で見ているのは周りの人だけ。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.07.16  今までは・・・・</title>
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    <published>2008-07-16T00:56:44Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:57:32Z</updated>

    <summary>「今まではよかったのに、なんで？　なんでオレ（私）のときになってこうなるの？　め...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「今まではよかったのに、なんで？　なんでオレ（私）のときになってこうなるの？　めちゃめちゃ損じゃん！」<br />
<br />
<br />
<br />
これは日常でもしばしば感じることがあるでしょうね。<br />
<br />
よく考えたら、今はこのフレーズで満ちています。<br />
<br />
<br />
<br />
１　今のお役人に対する「天下り」に対して批判がきており、これからはむずかしいかも<br />
<br />
２　今の社会保険事務所の人たちは、今までのシステムのツケで超忙しくなる一方、いろいろな福利厚生が取りざたされている<br />
<br />
３　医療でも保険診療点数が引き下げられ、かなりの減収になる一方で責任がどんどん重くなっている<br />
<br />
４　お役人も今まではタクシーによる大名帰宅ができたのにこれからは駄目になる<br />
<br />
５　地球温暖化問題で、これから発展していこうと考えている国も都市化、工業化を自粛せざるを得ない<br />
<br />
<br />
<br />
他にも結構思いつきますが、これくらいに。<br />
<br />
それにしても、共通のフレーズだとは思いませんか。<br />
<br />
この「なんで？」はこれからも頻繁に出てくると思いますよ。<br />
<br />
5の問題だって、人口の多い某国はそう思っているでしょうね。<br />
<br />
だって歴史的に考えると、あのイギリスが工業革命を行っている頃なんて、石炭ですからバンバン二酸化炭素出していたでしょうから。<br />
<br />
<br />
<br />
所で、上記の言葉を弱冠変えるだけで、別の意味合いを持ってきます。<br />
<br />
<br />
<br />
「他はやってるのに、なんで？　なんでオレ（私）のとこだけ見つかるの？　めちゃめちゃ損じゃん！」<br />
<br />
<br />
<br />
こうしたら、一連の食品の偽装問題になっちゃいますね。<br />
<br />
ちょっと気の重くなるネタになっちゃいましたね。 (-.-;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.07.09  (愚者＋賢者)＝？</title>
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    <published>2008-07-09T00:55:34Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:57:03Z</updated>

    <summary>なんか数式のような表現です。 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というのはビ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[なんか数式のような表現です。<br />
<br />
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というのはビスマルクの言葉だそうです。<br />
<br />
しかし実際のところ、ビスマルクは「政治家の仕事は歴史から学び、それを今の政治に生かすことだ」といっただけで「愚者は経験から学ぶ」とはあとからつけたされたのだそうです。<br />
<br />
歴史から学ぶことは難しいと思います。<br />
<br />
なぜならそれが適切な道かどうかまではわからないからです。<br />
<br />
<br />
<br />
私は個人的にはこの言葉が好きなほうではありません。<br />
<br />
かといって、嫌いというわけでもありませんが。<br />
<br />
ある一面しか表現していないと思うからです。<br />
<br />
<br />
<br />
人間の行動なんて、そんな簡単に割り切れるものではないと思っているからです。<br />
<br />
<br />
<br />
この「賢者」は現代風に言えば、いわゆるマニュアル人間にもなりかねません。<br />
<br />
経験することを愚者と呼んでいますが、誰でも最初は経験しないとわかりません。<br />
<br />
時には、痛い目にあわないとわからないことだってあります。<br />
<br />
<br />
<br />
勿論、殺人や傷害など経験してはいけないことがありますから、それを「賢者的に」学ぶことは必要だと思います。このようなことを行えば、これは勿論「愚者」です。<br />
<br />
<br />
<br />
個人的にですが、この言葉のあとに補足したいのです。<br />
<br />
生意気なことであり、罰当たりであることは重々承知しております。<br />
<br />
<br />
<br />
「あるときは愚者になり　あるときは賢者になる<br />
<br />
それを学ぶのが人生である　」<br />
<br />
<br />
<br />
「経験」も大切、「歴史」も大切ということですね。<br />
<br />
人間はだれでも（愚者＋賢者）だと思うのです。<br />
<br />
その割合に個人差があるのでしょうね。<br />
<br />
まさにブレンドコーヒー？です。<br />
<br />
<br />
<br />
前にも書きましたが、サマセット・モームが彼の回想録「サミング・アップ」で似たようなことを書いています。<br />
<br />
<br />
<br />
「人間について、もっとも私を驚かせたのは、彼らが矛盾に満ちているということだ。首尾一貫した人間など、ただの一人もお目にかかったことはない。<br />
<br />
まったく相容れない諸性質が同一人物の中に存在し、それでいて、もっともらしい調和を生んでいるのには驚かざるをえない。」<br />
<br />
<br />
<br />
ここにつながっちゃったんですね。<br />
<br />
<br />
<br />
もっとも、私自身は日ごろから愚者とか賢者とかはあまり考えていません。<br />
<br />
愚者にしても、賢者にしても、なにをもってそう判断するのかという推し量るものは何もないからです。<br />
<br />
(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.07.01  自灯明　　法灯明</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/07/20080701-65419.html" />
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    <published>2008-07-01T00:55:29Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:56:34Z</updated>

    <summary>世の中の　人は何とも言わば言え　我が成する事　我のみぞ知る これは坂本竜馬が作っ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[世の中の　人は何とも言わば言え　我が成する事　我のみぞ知る<br />
<br />
<br />
<br />
これは坂本竜馬が作った歌と言われています。<br />
<br />
私も好きな句です。<br />
<br />
<br />
<br />
さすがは竜馬だと思いますが、実はこの歌が書いてある記事で、最近気になる事がありました。<br />
<br />
<br />
<br />
今年３月、土浦８人殺傷事件の容疑者が中学校卒業文集でこの歌を書いているのです。 これはある意味ショッキングな記事でした。<br />
<br />
<br />
<br />
「自分がやること、考えていることは、誰もわかってくれない。」という発想までは、誰でも通過することだと思うのですが、問題はそこからの進み方です。<br />
<br />
前の日記の３　いくら努力しても伝わらないものだから、伝える必要も無い。自分勝手、自分本位でよいという発想です。<br />
<br />
<br />
<br />
「どうせわからないから」と、人とコミュニケーションをとることを逃げています。<br />
<br />
その一方で、自分の考え方を拡大させていきます。<br />
<br />
しかし、「個」を過剰に発展させていくと必ず周りとぶつかってしまいます。<br />
<br />
<br />
<br />
今は「わからないからこそ、人と接するようにしていく」ことができないというか、下手な人が多いような気がします。<br />
<br />
その結果、メールが氾濫していきます。 相手と会わずに事が済みます。<br />
<br />
<br />
<br />
この、「人はわからないものだ」という考えからの分岐点は、たとえば包丁の使い方と同じじゃないでしょうか。<br />
<br />
ちゃんと料理に使うのか、殺傷目的に使うのかでまったく別の世界になってしまいます。<br />
<br />
自分の考え方を守るためなら、何をしてもよいというのでは、もう争いの世界、修羅の世界です。<br />
<br />
<br />
<br />
わからないもん同士なのだけど、だからこそお互いを見つめる。<br />
<br />
たとえ100％でなくてもいい。<br />
<br />
すこしでも、お互いがつながれる接点を見つけよう。<br />
<br />
そこから違った世界になっていくことも可能です。<br />
<br />
<br />
<br />
お釈迦様は、亡くなる前に弟子たちに「自灯明　法灯明」と言ったと書かれています。<br />
<br />
これは弟子たちに「私を頼りにするな。自分自身を生きる拠り所にしろ」と伝えたかったのだとおもうのですが、それだけではありません。その後に「法も拠り所にしろ」とも言っているのです。<br />
<br />
自分を拠り所にするだけでは、間違えば自己中になってしまいます。<br />
<br />
では「法」ってなんでしょう。<br />
<br />
私自身は、「人間は社会で生きていく以上一人じゃないのだから、周りの人ともうまくやっていけよ」と言いたかったのだろうと、勝手に意訳しています。<br />
<br />
<br />
<br />
この人生はたった1回しかないのです。<br />
<br />
せっかくこの世に生まれてきたのです。<br />
<br />
「人間」として、「人の間にいる者」として、学ばないともったいないと思うのです。<br />
<br />
<br />
<br />
でも、書いていて思います。やっぱ、結局これも「欲」ですね。(^_^;)<br />
<br />
この世には、いろんな「欲」があっていいのです。<br />
<br />
<br />
<br />
妄想じみたことを書いていたら、ふと気がつきました。<br />
<br />
今年ももう半分を超えたのですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.06.30  名前の意義について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/06/20080630-65418.html" />
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    <published>2008-06-30T00:55:19Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:56:06Z</updated>

    <summary>論文のような題名ですね。(^_^;) アーシュラ・クローバー・ル＝グウィンは、著...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[論文のような題名ですね。(^_^;)<br />
<br />
アーシュラ・クローバー・ル＝グウィンは、著作「ゲド戦記」シリーズで「名前」についてシリーズの最初の頃はそのものを象徴する非常に重要なものとしています。<br />
<br />
ですから、「ゲド戦記」の中での登場人物は自分の名前を語るときは慎重です。信頼できる人にしか教えません。<br />
<br />
それ以後のシリーズの内容にかかわってくるのでこれ以上は詳しく書きませんが、非常に象徴的なことに感じました。<br />
<br />
<br />
<br />
私は「名前」は「そのもの自体」ではないので、大きな意味は持てないと思っています。<br />
<br />
ただ、区別するためとある程度の情報伝達に役立つことにあるのだろうという感じです。<br />
<br />
固有名詞は区別に役立ちますが、その言葉でそのもの自体の情報を正確には伝達できません。<br />
<br />
抽象名詞にいたっては、かなり人によって受け取り方が違ってきます。たとえば「海」という言葉でも、その言葉から想像する内容はかなり個人差があるでしょう。<br />
<br />
さらに形容詞や副詞を付け足していったとしてもやはり限界があるのです。その形容詞自体の意味すらも解釈に個人差があるからです。<br />
<br />
<br />
<br />
だから、たとえこちらがいくら表現しても、伝えたい情報を100％伝えることは不可能なのです。<br />
<br />
しかし、実はそこから先が問題なんだと思います。<br />
<br />
１　伝わりにくいのだから、できる範囲で伝えようと努め、また情報を精度高く得るように努める。<br />
<br />
２　いくら努力しても伝わらないのだが、ある程度の信頼性を把握し、こんなもんだと思っておく。<br />
<br />
３　いくら努力しても伝わらないものだから、伝える必要も無い。<br />
<br />
<br />
<br />
多くの人が行っているのは1や2だと思いますが、一部の人は3の状態なのでしょう。 この続きはまた次回。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.06.24  人生に意味はあるか</title>
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    <published>2008-06-24T00:54:42Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:55:43Z</updated>

    <summary>ダイレクトな題名ですね。 最近思っていることです。 この人生に意味があるのか。 ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[ダイレクトな題名ですね。<br />
<br />
最近思っていることです。<br />
<br />
この人生に意味があるのか。<br />
<br />
原点に戻っちゃいました。<br />
<br />
私自身は、人生に意味がないとは思いたくないという意味？でスピリチュアルな本や宗教に関する本もたくさん読みました。<br />
<br />
私の中では、因果応報というか、周りの人のことも気遣いながら一生懸命に生きている人と、わがままに自分のことだけを考えている人を同レベルにはしたくないという自分の勝手な思いが強かったせいもあります。<br />
<br />
<br />
<br />
昨年も同じネタで書いていました。<br />
<br />
今読むと、私なりに熱いですね。<br />
<br />
<br />
<br />
今は、むしろ静かな感覚で感じます。<br />
<br />
人生には意味が無いと。<br />
<br />
結局、どの人も同じなんじゃないか。<br />
<br />
脳の中での思考が右往左往させているだけ。<br />
<br />
<br />
<br />
言い換えれば、人生の価値は皆同じ。<br />
<br />
ケンカしようが、傷を舐めあおうが、価値は同じです。<br />
<br />
ただ、その人の中での解釈は違うでしょうけど。<br />
<br />
<br />
<br />
その価値観のレベルをゼロに設定しただけかもしれません。<br />
<br />
ただし、般若心経のごとく「無」にも意味を持たせるのであれば「ある」になります。<br />
<br />
だから、「ある」と「なし」を難しく考えなくてもよいのです。<br />
<br />
言っておきますが、別に人生を捨てたわけでもありませんし、「今」を前よりも大切にしています。<br />
<br />
<br />
<br />
ただ今では、前よりもサマセット・モームの書いた<br />
<br />
『人生には何の意味もなく、「ペルシャ絨毯」の織匠が自己の審美感の満足のために模様を織るのと同じように、人は自分の好みによって人生模様を織っていけばよい』<br />
<br />
がわかる気がしています。<br />
<br />
あくまでも「気」ですが。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.06.10  「背負い」投げ</title>
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    <published>2008-06-10T00:52:49Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:55:06Z</updated>

    <summary>なんちゅうタイトルでしょうね。 この世に生まれてきたからには、この世で生きていか...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[なんちゅうタイトルでしょうね。<br />
<br />
この世に生まれてきたからには、この世で生きていかねばなりません。<br />
<br />
これは逃げられない。<br />
<br />
「人生」とは辞書には<br />
<br />
(1)人間がこの世に生きている期間。人の一生。<br />
<br />
(2)人間がこの世に生きていくこと。<br />
<br />
と書いてあります。<br />
<br />
<br />
<br />
生きていく以上、自分の生き様と正面から向き合うことが必要です。<br />
<br />
これを「(人生を)背負う」と表現しました。<br />
<br />
あんまり「責任」という言葉は使いたくない。<br />
<br />
まず最初にすることは、「人生を背負うことが必要だ」と知ること。<br />
<br />
自分の人生ぐらい、自分の意志で見届けましょうよ。<br />
<br />
そして、次の段階では「しなくてはいけない」というか、「必要」という事を意識しなくてよいと知ること。<br />
<br />
ただ、「人生を背負う」だけです。<br />
<br />
<br />
<br />
そして、その次の段階は、おそらく推定ですが「背負う」も意識しなくても良いと知ることだと思います。<br />
<br />
自分の人生が「有る」です。<br />
<br />
<br />
<br />
元に戻ったようですが、「背負う」を経た後は違うんです。 見た目はたとえ同じでも。<br />
<br />
先に言っておきますが、論理的には説明できかねます。 (^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
有るのは「今」だけなんです。<br />
<br />
人生は「今」を１％とすれば、９９％はもうすでに「過去」です。<br />
<br />
脳の中に、「自分の人生」という「過去ファイル」が随時上書きされているだけなんですね。 余談ですが、このファイルはかなりいいかげんですね。 自分の都合で勝手に編集している。<br />
<br />
<br />
<br />
まあ、どちらにしても自分の人生は「今」だけであり、ほとんど大部分は「有った」という過去のもので占められているのです。<br />
<br />
だから、上記の表現も正確には「自分の人生のほとんどの部分は過去に有っただけ」になりますか。<br />
<br />
<br />
<br />
自分の人生を自分で背負えない人がいます。<br />
<br />
自分の道を人に決めてもらおうとしている人です。<br />
<br />
<br />
<br />
「背負う」ことを投げています。<br />
<br />
これがホントの「背負い投げ」？　(-.-;)さむ～<br />
<br />
投稿者 横浜FCクリニック形成外科 ｜ PermaLink ｜ コメント(0) ｜ トラックバック(0)<br />
2008.06.09 その時の味覚<br />
<br />
私も家の炊事を全面的に行うことになってから、6年経ちました。<br />
<br />
さすがに最初の頃よりはましになったと思います。<br />
<br />
子供たちもうまいといってくれます。<br />
<br />
もっとも、身内であることから義理で言ってくれていることと、味覚が慣れてくれたことが大きな影響を及ぼしていると思いますが。<br />
<br />
ｆ^_^;<br />
<br />
私の料理の特徴は一言でいうと、「アバウト」<br />
<br />
方向性はちゃんと持っていると思いますが、調味料の量などはかなりアバウトです。<br />
<br />
ですので、その都度味が微妙に違います。<br />
<br />
勿論ありえませんが、店には出せません。一定の味が作れませんから。<br />
<br />
<br />
<br />
でも、このことからも学びました。<br />
<br />
<br />
<br />
「一期一会」<br />
<br />
<br />
<br />
今作っている料理の味は、もう二度と味わえないのです。 その時の味を楽しむことですね。<br />
<br />
まずければまずいなりに。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.06.03  「美しい」と言った瞬間に</title>
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    <published>2008-06-03T00:53:44Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:54:34Z</updated>

    <summary>私の好きな漫画に「ブッタとシッタカブッタ」があります。 ４コマ漫画ですが、深いの...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私の好きな漫画に「ブッタとシッタカブッタ」があります。<br />
<br />
４コマ漫画ですが、深いので侮れませんよ。<br />
<br />
この漫画で印象に残っているのがあります。<br />
<br />
ブッタと凡人のシッタカブッタが夕日を見ています。<br />
<br />
シッタカブッタが「夕日が美しい」と言いました。<br />
<br />
するとブッタが「その言葉を言っていいのか。 美しいと言ったとたんに、美しくないものも生まれるぞ。」といいました。<br />
<br />
<br />
<br />
結局、そのものを表現する形容詞は、必ず反対のものも生み出しているのです。<br />
<br />
これは、必然的にそうなってしまいます。<br />
<br />
では、それがいけないのか？<br />
<br />
ブッタはそういうことをいいたいのではないと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
ただ、「美しい」という言葉の裏側には「美しくない」も有るのだということを知っておけということだと思います。 それを「智慧」というのでしょうね。<br />
<br />
その人の表現はあくまでもその人の「表現」ですから、他の人の「表現」ではありません。<br />
<br />
また、表現は「翻訳」ですから、いくらでも存在するんです。<br />
<br />
<br />
<br />
そういう意味では真理は無数にあることになります。<br />
<br />
<br />
<br />
だって、表現した瞬間に「違うもの」に変換されるのだから。<br />
<br />
だからそんな表現で迷う必要はない。 好い加減でよいのですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.05.27  正しいこと？　良いこと？</title>
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    <published>2008-05-27T00:53:05Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:54:04Z</updated>

    <summary>誤解を招くかもしれませんが、私は自分が「正しい」とか「良い」とは思わなくなりまし...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[誤解を招くかもしれませんが、私は自分が「正しい」とか「良い」とは思わなくなりました。 勿論、逆に「正しくない」とか「悪い」と考えているのでもありません。<br />
<br />
これについては、周りの人たちの考えに対しても同じです。<br />
<br />
全て相対的なんだろうと。<br />
<br />
ただ、その人の立場で考えたというだけ。<br />
<br />
何を唐突に？と思うかもしれませんね。(^_^;)<br />
<br />
わかりやすく言うと、阪神ファンはいくら正論的な説得があったにしても巨人ファンにはなれない。 とくに、今は強いですがもう何年も前の最下位常連だったころでもファンだった人間は。(^_^;)<br />
<br />
そんなもんなんです。<br />
<br />
つまり、阪神側にも阪神から見た正論があり、巨人側にもそれは同じことなんです。 でも、対戦すれば真逆なのですよ、勝敗なんですから。<br />
<br />
そう考えれば、自分の考えと違う人がいて当たり前なんですね、立場が違うのですから。<br />
<br />
<br />
<br />
私は、最近はカウンセリングの時に、自分が判断して行うことが可能だと思ったことを説明するように努めています。<br />
<br />
また、事前に予想される術後経過についてはできるだけご説明するようにしています。<br />
<br />
そうやっていても、予想外のことが起こる可能性は当然否定できませんが、かなり確率は低くできると思います。<br />
<br />
<br />
おそらくですが、私のカウンセリングは面白くないでしょうね。<br />
<br />
ホクロは1回では取れないと言うし、シミも1回では取れずに複数回のレーザー治療が必要となる可能性もいいますから、なんと腕の悪い医者だと思うかもしれません。<br />
<br />
しかしこのことは、私にとっては自分が26年間の医師経験からくる現実なんです。 ようやく、自分にとって等身大に近い説明になってきたと思います。<br />
<br />
でも、まだまだという気持ちはあります。<br />
<br />
これが私にとっての「欲」なのでしょうね。<br />
<br />
<br />
<br />
今の私には、自分のカウンセリングが「正しい」とか「良い」という判断はしていませんし、できないのです。<br />
<br />
はっきりとはわかりませんが、これからもどんどん変わっていくでしょう。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.05.26  顔立ちから性格がわかるか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/05/20080526-65413.html" />
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    <published>2008-05-26T00:52:43Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:53:35Z</updated>

    <summary>顔立ち、その形態的な特徴と性格とはつながりがあるのでしょうか。 言ってみれば「人...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[顔立ち、その形態的な特徴と性格とはつながりがあるのでしょうか。<br />
<br />
言ってみれば「人相学」といえるかもしれません。<br />
<br />
私はまだ仮説ですが、つながりがあると思っています。<br />
<br />
逆に言うと、顔貌からその人の今世における人生の目的というか学ぶべきことがわかるのではないかと思っています。<br />
<br />
ただ、こんな顔はこんな目的、ってわかるわけではありません。<br />
<br />
そんな単純なものではないということも承知しています。<br />
<br />
でも、何かあると感じて仕方ないのです。<br />
<br />
私なりにたくさんの人と出会って感じていることです。<br />
<br />
この「人生の目的」ですが、大きな柱は変わらないと思います。<br />
<br />
しかし、細かい事項はその時その時において変化していくと思います。<br />
<br />
性格判断などで見られるような、イエス・ノーで答えていくとそれぞれの方向に進んでいくようなものです。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.05.12  不思善　不思悪</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/05/20080512-65402.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65402</id>

    <published>2008-05-12T00:51:42Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:52:28Z</updated>

    <summary>前回は利己主義をテーマに書きましたが、そもそも「自分のため」というのは自然な発想...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[前回は利己主義をテーマに書きましたが、そもそも「自分のため」というのは自然な発想です。<br />
<br />
生物は基本的に自分の生存を優先させています。<br />
<br />
<br />
ただ人間の世界では、「度」を越しているのが問題なんです。<br />
<br />
「人間」という言葉を見てもわかるように、生物学的にヒトである生き物が「人間」であるため人は「人と人の間」にいなければなりません。ということは、自分の周りに他の人たちが存在する共存共栄の世界であるはずです。<br />
<br />
だから、周りの人たちの不利益をなんとも思わずに自分の短絡的利益だけを考えるということは、共存共栄を難しくします。<br />
<br />
ある程度はお互い様という歩み寄りが必要になってきます。<br />
<br />
今「度」という単位？を書きましたが、この「度」はそのときその時によって変化します。<br />
<br />
この状況によって変化する「度」に対応して行動することが「空気を読む」になるのでしょうね。<br />
<br />
<br />
今日は「相対的」というテーマです。<br />
<br />
般若心経にも「不垢不浄」「不増不減」など形容詞による比較を否定しています。<br />
<br />
他にも「善」と「悪」、「良い」と「悪い」など日常によく使っていますね。<br />
<br />
<br />
このような形容詞の差は本当に有るのでしょうか。<br />
<br />
これはその人がその人の立場で考えていることによって決まってしまいます。<br />
だから絶対的なものじゃありません。<br />
<br />
たとえば、昔のアメリカ映画です。ハリウッド全盛の頃にはスターを使っての西部劇が数多く作られました。<br />
<br />
私もジョン･ウェインやゲーリー・クーパーは大好きです。<br />
<br />
その時に、まず設定で決まっていたのが「騎兵隊に象徴される白人側」は「善」で「インディアン(先住民族)」は「悪」というパターンでした。（もっとも、映画のほうでも、1960年くらいからは、あまり先住民族を悪者扱いにしない映画も作られるようになってきました。）<br />
<br />
しかし、そもそも先に住んでいたのは先住民族の方たちです。後からヨーロッパの人たちが押し寄せてきた。<br />
<br />
これはもしも先住民族の立場からストーリーを作ったとしたら、まさにHGウェルズの宇宙戦争と同じじゃないでしょうか。<br />
<br />
先住民族が人類で、襲撃するエイリアンがヨーロッパから来た人々です。<br />
<br />
マヤ文明を滅ぼしたスペイン軍なんて、そのものじゃないでしょうか。<br />
<br />
<br />
見る立場が変わればこうも違うもんなんです。<br />
<br />
人間の立場だって地球全体から見れば他の生物と同じというか、そんなに偉いもんじゃないよという発想が昔の小説にありました。<br />
<br />
<br />
スイフトの「ガリバー旅行記」です。<br />
<br />
これは人間の立場を他の生物が見た場合にどうなるかというメッセージですね。<br />
<br />
小さい人間から見れば人類はモンスターですし、巨人から見れば人間も小さな虫と同じです。<br />
<br />
また知性があるからといっても、ひょっとしたら馬のほうが賢いかもしれません。多分そうでしょうね。<br />
<br />
さらに空中に住むほどの科学を持っている人間の危うさも描いています。<br />
<br />
<br />
<br />
やはり現代でも愛読されるような古典はちゃんとメッセージを持っているのですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.05.09  超利己主義　(・_・）エッ....?</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/05/20080509-65401.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65401</id>

    <published>2008-05-09T00:51:09Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:52:10Z</updated>

    <summary>「利己主義」と聞くと、あんまり良くない印象を受けると思います。 辞書でも「自分の...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「利己主義」と聞くと、あんまり良くない印象を受けると思います。<br />
<br />
辞書でも「自分の利益を最優先にし、他人や社会全般の利害など考えようとしない態度。身勝手な考え方。エゴイズム。自己主義。」とあります。<br />
<br />
一方、利他主義というのがあります。これは辞書によると「自分を犠牲にしても他人の利益を図る態度・考え方。愛他主義。」ということですが、まさにマザー･テレサですね。 これは自分にとっては正直難しい。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
利己主義の話に戻しますが、自分の利益という定義も問題になりそうです。<br />
<br />
自分にとっての「利益」はなんでしょうか。単にお金があるとかでもないと思います。<br />
<br />
また、同じように「得」も最終的に本当に「得」であるのかなんて最初からはわかりません。 一見「災い」のようでも結局「福」になることはことわざにも有るくらいですから。<br />
<br />
<br />
<br />
というわけで、最終的に何が自分にとって「利益」「得」や「福」になるのかが最初はわからないのが人生なんです。<br />
<br />
だから、面白いともいえるし、大変と思えば大変かもしれないし、徳川家康が言ったように人生を重荷と思えば重荷になるのでしょうね。<br />
<br />
どう認識するかは自由ですが、重荷と思って楽しいというM的な？人は少ないと思います。<br />
<br />
<br />
<br />
多分、自分の人生に降りかかってくることすべてを結局は自分にとっての「福」になるものと考えて受け入れていくことが、「平安」につながるのではないかと思っています。<br />
<br />
そのためには日々、目の前のことに真正面から取り組む必要があります。<br />
<br />
良い加減を保ちつつ、前向きに取り組みます。<br />
<br />
<br />
<br />
「全てのことが、結局は自分のため」という考えも、ある意味では「利己主義」と思います。<br />
<br />
少なくとも自分の心を平安に導くことは可能ではないでしょうか。 というわけで、表題になっちゃいました。f^_^;<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.04.26  姿勢と心のあり方</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/04/20080426-65399.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65399</id>

    <published>2008-04-26T00:50:07Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:51:17Z</updated>

    <summary>姿勢や立居振る舞い、動作が心に及ぼす影響は非常に大きいと思います。 逆に言うと、...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[姿勢や立居振る舞い、動作が心に及ぼす影響は非常に大きいと思います。<br />
<br />
逆に言うと、姿勢を意識することで心にもよい影響を与えることができます。<br />
<br />
私の中での仮説ですが、あながち荒唐無稽な話ではないと思っています。<br />
<br />
<br />
まずシャンとまっすぐに歩くことです。<br />
<br />
<br />
<br />
これを意識していくことで、目的意識を明確にすることができると思います。<br />
<br />
イチローやタイガー・ウッズの歩き方って、本当にシャンとしていますね。<br />
<br />
逆に、野球の日本代表チームの監督である星野さんですが、中日の投手だった現役時代は背筋がまっすぐだったように記憶しています。しかし、最近は若干ですが猫背気味の感じがします。<br />
<br />
これはやはり、ご本人の責任感からも、かなりのプレッシャーを背負われていることが原因と勝手に思っております。くれぐれも健康に気をつけていただきたいです。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、足の向きですが、がに股や内股になっているようなら、まっすぐに足の長軸を歩く方向に向けるように意識して歩きます。 膝のお皿を歩く方向にまっすぐ向けるようにすれば、足先も向きます。<br />
<br />
がに股は、その性格がどちらかというと外向的な傾向を意味していると思います。逆に内股は性格が内向的な傾向を表していると思います。「外面が良い」や「内弁慶」は、その代表例です。<br />
<br />
<br />
<br />
また、O脚の人は膝の内側を寄せて歩くように意識します。O脚はがに股に関係が深いです。一方X脚は内股に関係が深いです。<br />
<br />
逆にX脚の人は膝の間に柔らかい枕を意識して歩きます。<br />
<br />
<br />
<br />
足先の向く方向の意味ですが、目的に向かっていくプロセスでの性格的な傾向を意味していると思います。歩く時の真正面、つまり前方が「目的」に相当します。<br />
<br />
これはできれば歩く時の「前方」である正面に対してまっすぐ足先が向く「ニュートラル」が良いのではないでしょうか。<br />
<br />
このように足先の方向を意識して、目的意識をぶれないようにします。<br />
<br />
<br />
<br />
足の裏に感じる重力ですが、足の裏のどこか局所にかけるのではなく均等にかかるイメージが良いと思います。 もしも局所的にかかるとしたら、土踏まずからかかとの辺りが重要です。<br />
<br />
身体のあり方を意識すれば、脳が活発化します。<br />
<br />
そして心にそのあり方をアウトプットします。<br />
<br />
それにしても、人間の脳は余計なことを考えさせますね。f^_^;<br />
<br />
だから今の社会ができているのですけど。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2008.04.25  心と身体</title>
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    <published>2008-04-25T00:49:17Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:50:47Z</updated>

    <summary>今日はダブルで書いています。 心と身体 この二つは非常に密接な関係であり、二つで...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今日はダブルで書いています。<br />
<br />
<br />
<br />
心と身体 この二つは非常に密接な関係であり、二つで一つです。<br />
<br />
一つであり二つ<br />
<br />
半分だけど全部、全部だけれど半分<br />
<br />
切り離しては考えられない。<br />
<br />
その身体があるから、その心がある。<br />
<br />
その心があるから、その身体がある。<br />
<br />
しかし、捉え方は様々なようですね。<br />
<br />
<br />
<br />
所で心と体とではどちらが優位なのでしょうか。<br />
<br />
対等なレベルなのでしょうか。 身体を動かそうとする意思は心側にあります。<br />
<br />
しかし、その心に知覚をおくるのは身体側にあります。<br />
<br />
言い換えれば現場と本部の違いでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
現代人はどうも心側に重きを置いているようです。<br />
<br />
私を含めてですが、どうも心が欲することを優先し、身体にその内容について従わせています。<br />
<br />
どういうことかというと、夜更かし、深酒、喫煙、肥満、やせ、その他の自虐的行為など身体に無理を強いることを、わかっていてもしてしまうという傾向が有るからです。<br />
<br />
昭和の時代は、「わかっちゃいるけどやめられない」と歌った人もいるくらいですから。<br />
<br />
私が最近強く思うことなのですが、もう少し身体側の言い分も聞かないと、と思うのですね。<br />
<br />
よ～く耳をすましていると、何か言っていると感じるのです。<br />
<br />
「現場のことも考えろ」と、織田裕二のように（たとえ似ていなくても）叫びましょう。<br />
<br />
レインボーブリッジを閉鎖してはいけません！ (^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2008.04.25  満点は玉虫色</title>
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    <published>2008-04-25T00:49:14Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:50:24Z</updated>

    <summary>人間が決める「満点」はいいかげんなものだと思っています。 何を持って「満点」とい...</summary>
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        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[人間が決める「満点」はいいかげんなものだと思っています。<br />
<br />
何を持って「満点」というのかが曖昧なこともあるからです。<br />
<br />
そう思ったのは、かなり古い話ですが1976年のモントリオールオリンピックで、体操のコマネチが10点を連発した時です。<br />
<br />
私は、自分の定義からは「完全、完璧は存在しない」と思っています。<br />
<br />
人間のすることだから、どこかにたとえ細かいことでもミスというか問題点はあるものだと思っているからです。<br />
<br />
ただ、「限りなく満点に近い」という状態があるとも思っています。<br />
<br />
これも私が医者として駆け出しの頃のことですが、ある先輩の先生の手術についていた時のことでした。<br />
<br />
皮膚を縫っているときに、糸が切れたのです。<br />
<br />
その時に先輩の先生は「くっそ～、完璧だったのに」と言ったのです。<br />
<br />
その頃の私は「ふ～ん」と何も感じずに、そんなもんなんだなあと思っていただけなのですが、今では私なりの考えがあります。<br />
<br />
それは、「もしもその縫合が完璧だったのなら切れなかったんじゃないの？」という考えです。<br />
<br />
でも、完璧に近かったとは思っています。すごく上手な先生でしたから。<br />
<br />
私は根本的に「100％という状況は無い」という考えですので、逆に言うと「どんなに低い確率のことでも、起こるときには起こる。」とも考えているのです。<br />
<br />
そういう考え方ですので、「このホクロは1回で取れますか？」と聞かれても「必ず1回で取れるとは限りません」と言ってしまいます。<br />
<br />
大まかな目安としての確率みたいな表現はできますが、降水確率と同じですね。<br />
<br />
これは、誤解を招くことがあるかもしれませんが、実は私なりの誠意なのです。<br />
<br />
(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2008.04.18  個性という作品</title>
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    <published>2008-04-18T00:48:46Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:49:58Z</updated>

    <summary>その人の顔、身体、立居振る舞い、全てがそれまでその人が出産というスタートから、そ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[その人の顔、身体、立居振る舞い、全てがそれまでその人が出産というスタートから、その人なりに経験してきたこと全てによって積み重ねられた集大成であり、言い方を変えれば一つの「作品」です。<br />
<br />
これを「個性」といいます。<br />
<br />
これは、完成することがあるのでしょうか。<br />
<br />
そう考える以前に、「完成」が何を意味するのかを考えないといけませんね。<br />
<br />
人によっても「完成」の定義は違ってくるでしょう。<br />
<br />
私自身、自分の定義からは「完成」はないと思っているほうです。<br />
<br />
この作品は、どんどん形が変わっていきます。<br />
<br />
途中で良い様に感じていても、悪く感じてしまうかもしれないし、逆に悪いと思っていたことが、結果的に良かったりします。<br />
<br />
とりあえず、死ぬ直前がその人の集大成としての作品という事でしょうか。<br />
<br />
大切なことは、その時にその形がどんな作品であっても、それを受け止めることでしょうね。<br />
<br />
そしてその時までやっていくことで、私が重要だと思っていることは「焦らない」事です。<br />
<br />
兎角、現代の多くの人間は結果を早く求めたがり、急ぎたがる傾向がありますからね。<br />
<br />
これからしばらく、日記で心と身体のことについて書きます。<br />
<br />
ちょっと考えが溜まってきたもので。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.04.09  桜とツツジ</title>
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    <published>2008-04-09T00:48:44Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:49:37Z</updated>

    <summary>桜の花の魅力について私なりに考えました。 前から、何か他の花と違う気がしていたの...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[桜の花の魅力について私なりに考えました。<br />
<br />
前から、何か他の花と違う気がしていたのですが、ふと気がつきました。<br />
<br />
普通、一般的に子供が木を描くとしたら、木の幹を描いて、枝を描いて、葉を描きますよね。 ところが、桜には花が咲いている時には「葉」がないのです。<br />
<br />
(・_・）エッ....?<br />
<br />
「そんなの当たり前じゃ」と言われれば、それまでですが、これがみんなに感銘を与えるインパクトの要素の一つと思います。<br />
<br />
まったく葉のない枝に、冬の間に貯めていたエネルギーをバァーっと一気に吐き出す感じです。<br />
<br />
そこに、華麗さと同時に刹那的なはかなさも感じさせるのでしょう。<br />
<br />
「これからあったこうなるで～。みんな、シャンとしいや～」とハッパ？をかけます。<br />
<br />
<br />
<br />
一方、これから５月にはツツジやサツキの花が咲く季節になります。<br />
<br />
もっとももう咲いているところもあるでしょうね。<br />
<br />
ツツジの花は、いわゆる「フル装備」の花です。 だってちゃんと葉が茂っていますから。<br />
<br />
「赤」と「緑」のコラボは、鮮やかさと芳醇さを感じさせます。 たくさんあると圧巻ですが、桜の花とは違う魅力です。<br />
<br />
<br />
<br />
桜もツツジもどちらも素晴らしい。<br />
<br />
これがまさに「柳は緑、花は紅」ということですね。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.04.08  「使い込む」派と「先見の明」派</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/04/20080408-65394.html" />
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    <published>2008-04-08T00:48:08Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:49:05Z</updated>

    <summary>「使い込む」派と「先見の明」派についてです。 勝手な命名なので、わからないですね...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「使い込む」派と「先見の明」派についてです。<br />
<br />
勝手な命名なので、わからないですね。f^_^;<br />
<br />
医者の中でも、この傾向があるように思っています。<br />
<br />
「使い込む」派は、お金ではありません。(^_^;)<br />
<br />
今自分が使用している医療器械を使いこなすことです。<br />
<br />
当初の使用法以外にも何か応用できないかと言うことを常に考えています。また、従来の使用でもコツというかより有効なやり方を考えます。<br />
<br />
これは医療機器だけでなく、埋没法などの手術手技も同じです。<br />
<br />
私自身はこのタイプです。<br />
<br />
一方、いろいろな器械や術式に目を向けることが好きな先生もおられます。<br />
<br />
別に気が多いという意味で行っているのではなく、「先見の明」的能力がより抜きん出ているという意味で使用しています。<br />
<br />
美容に関する医療でもここ数年でもいろいろな手技や器械が市場に出ています。しかし、その中にもいわゆる「もひとつ」であったりするものも少なくないと思っています。<br />
<br />
中には本当は良いのだけれど、現時点ではまだ理解されていなかったり、マニュアルが確立されていないなどが原因で流行らないものも含まれていると思いますが、「先見の明」派はこの嗅覚が優れているのです。<br />
<br />
医療に詳しいだけでなく、ビジネス感覚も必要かもしれません。<br />
<br />
私も少しはこの嗅覚があると思っていますが、どちらかというと使いこなす方が性に合っています、というように思っています。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.03.29  母親と似ていると思った時</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/03/20080329-65393.html" />
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    <published>2008-03-29T00:46:53Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:48:27Z</updated>

    <summary>親と似ていると言われた時には、「肯定したい派」と「否定したい派」の二通りあるので...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[親と似ていると言われた時には、「肯定したい派」と「否定したい派」の二通りあるのではないでしょうか。<br />
<br />
「どっちだっていい派」も入れれば3つになりますが。(^_^;)<br />
<br />
今回の「似ている」は顔のほうを意味していますが、落語などにもこの話題は登場します。<br />
<br />
昔は母親が子供に「勉強しないとお父さんのようにはなれないわよ」と言われていたのが、今では「勉強しないとお父さんみたいになるわよ」と言われたりするという枕ネタです。<br />
<br />
こちらは顔より性格というか生き様でしょうかね。<br />
<br />
他にも、まじめで通している旦那が、実は無茶苦茶遊び人で、遊び人の息子と色町のお茶屋でばったり会うという「親子茶屋」というネタもあります。<br />
<br />
こんなとこでネーちゃんとイチャイチャしている最中に息子と出会ったら、すごいでしょうね。 もっとも奥さんと会うよりはマシですか。<br />
<br />
おっと、今回はこんなネタではなかったのです。 f^_^;<br />
<br />
<br />
<br />
私は自分では顔はあまり母親に似ていない方だと思っていました。<br />
<br />
ただ、最近鏡を見ていると目の辺が似ているかなと思うようになったのです。<br />
<br />
ようやく、と言うべきでしょうか。<br />
<br />
また、自分で似ているかどうかを評価するのと、他人から見るのとでは当然違っているでしょうね。<br />
<br />
私も娘を連れていると、しばしば娘を見て「お父さんに似ているね」と言われますが、娘には気の毒です。<br />
<br />
(^_^;)<br />
<br />
私の評価はちょっと違うのですがネ。<br />
<br />
親子の似具合。<br />
<br />
これには、人間の数だけ様々な思いがあるのでしょうね。<br />
<br />
親の生き様をどう評価しているかも、その感情に影響していると思いますし。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.03.28  人生高飛び込み</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/03/20080328-65392.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65392</id>

    <published>2008-03-28T00:45:46Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:48:00Z</updated>

    <summary>生活が苦しいのか楽しいのかは人様々だとは思います。 楽しいと思って生活しても、苦...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[生活が苦しいのか楽しいのかは人様々だとは思います。<br />
<br />
楽しいと思って生活しても、苦しいと思って生活しても、そりゃあ自由です。<br />
<br />
この感情は、どちらにしても単なる「自分の思い」だけなんです。<br />
<br />
「かゆい」という気持ちと同じ。<br />
<br />
脳がそういう感情をアウトプットしているだけ。<br />
<br />
だとすると、この1回の人生を、同じアホなら踊りゃな損損という感じで、楽しまにゃあ損だと私は思います。<br />
<br />
別にお葬式の時に楽しめと言っているのではありません。<br />
<br />
そりゃぁ～　ショッキンぐ～です(^_^;)<br />
<br />
ただ、「その瞬間」の中に本気で飛び込めと言いたいだけです。<br />
<br />
私はやったことはありませんし、また今のところやる気もありませんが、高飛び込みのあの瞬間にかける集中力と決断でしょうね。<br />
<br />
当然、私の勝手な思い込みです。<br />
<br />
なんか「ワクワク感」に通じる気がするんです。<br />
<br />
何も考えずに、無意識に日々行っていることも、一度ぶっ壊して自分に問うてみるのも面白いのでは？<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.03.26  こんな考え方はいかが？</title>
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    <published>2008-03-26T00:45:44Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:47:34Z</updated>

    <summary>一つの仮説として、です。ちょっとシュールです。 人生は、各自が参加しているRPG...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[一つの仮説として、です。ちょっとシュールです。<br />
<br />
<br />
人生は、各自が参加しているRPGのゲームのようなもの。<br />
<br />
ゲームをやっているのは、いわば「脳」。<br />
<br />
ゲームの中で自分が動かしているキャラクターが「今の自分」。<br />
<br />
<br />
<br />
みんなで通信し合って、ゲームに参加しており、時には対戦？している。<br />
<br />
自分の身の回りを主体にした舞台であり、通信しあっている者同士にとってはこの世は｢共有した世界｣と言えるが、「まったく同じ世界」ではないと思う。<br />
<br />
それぞれの立場から、参加している。<br />
<br />
ただ統一した世界のように見えるだが、それぞれが別の世界なのではないか。<br />
<br />
対戦しているとしても、対戦相手からみればまた別のストーリーになっている。<br />
<br />
そして、普通のゲームと違うところは、1回でゲームオーバーになること。<br />
<br />
<br />
<br />
「何故、人を傷つけたり、人を殺すことはいけないのか」と言う質問に対して、的確な答えになるかどうかはわかりませんが、「誰もがたった1回の参加しかできないのだから、そのゲームをあなたが終わらせる資格は無い」 という考え方ができます。<br />
<br />
それからね、このプログラムは非常に精巧であり、膨大な情報量が入っており、繊細なので新たに作ることができないとすると、作れないものは壊すなということになります。だから殺人はいけないのだと。<br />
<br />
<br />
<br />
最近「誰でもいいから殺したかった」という動機の犯罪が増えています。<br />
<br />
ますます人間が狂ってきましたね。<br />
<br />
今のような世界では、必然の経過なのかもしれません。<br />
<br />
(・_・;）<br />
<br />
どこかで軌道修正したり、この流れを止めることができるのでしょうか。<br />
<br />
私にはわかりません。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、このゲームのプログラムを作ったのは、やっぱり「神」になるのかな？<br />
<br />
だとすると、このプログラムにケチをつけることはできませんね。(^_^;)<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.03.19  医師らしくない医師</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/03/20080319-65390.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65390</id>

    <published>2008-03-19T00:45:48Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:47:03Z</updated>

    <summary>私はどちらかというと「医師らしく見えない」と言われることが多いです。 自分として...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私はどちらかというと「医師らしく見えない」と言われることが多いです。<br />
<br />
自分としては、普通のつもりですが。(^_^;)<br />
<br />
私は、放課後児童保育を行っている施設に子供を行かせており、また役員にもなっていますが、おそらく私の仕事を知っている人はほとんどいないのではないかと思っています。<br />
<br />
もしも、大学病院などで働いているバリバリの外科医のイメージから見れば、おそらく職の臭いというか、雰囲気は感じないでしょう。<br />
<br />
それには私なりの理由があります。<br />
<br />
私にしてみれば、医療関係者ではない人がいわゆる「お医者さん」というイメージを持つ時に、どちらかと言えばマイナスのイメージとして持つもの、たとえば「気難しい」「偉そうである」「尊大である」「高飛車である」「逆切れしやすい」というような傾向が無いように、ただ極力気をつけているだけなのです。<br />
<br />
それから、他の先生に比べて、お一人の方への時間が長い傾向があると思います。<br />
<br />
話好きなのでしょうね。<br />
<br />
外来患者さんにもいろいろ質問を聞かれたりすると説明が長くなりますし、少しクドイかもしれません。(・_・;）<br />
<br />
実際、大学にいた頃には、ある先生から「お前の話はクドイ」と、面と向かってはっきり言われた事があります。「かも」じゃなくてそうなんでしょうね。<br />
<br />
話がはずんでしまうと、ついつい診察時間が長くなってしまう傾向があります。<br />
<br />
これはどうも性分のようです。(-.-;)<br />
<br />
話好きという点では、明石家さんまの気持ちは良くわかります。f^_^;<br />
<br />
知らず知らずのうちに時間が過ぎているのです。<br />
<br />
話が長けりゃいいってものでもないということは判っているのですが。<br />
<br />
もう一つ、話が長くなってしまう理由がありました。<br />
<br />
今はインターネットなどで情報をすぐに検索して調べることができますから、美容関係で自分の興味のある内容をすぐに把握することができます。<br />
<br />
でもその弊害もあるようです。<br />
<br />
なぜなら、ご自身の症状とはまったく関係のない内容を心配されている方や、まったくのデマのような情報を信じている方が多くなったのです。そのため、それらの内容を訂正したり説明したりすることも増えたので、時間がかかるようになったのです。<br />
<br />
<br />
<br />
今では、私が医者になった頃に比べれば、だいぶ柔らかい感じのお医者さんは増えているとは思います。<br />
<br />
それがいいのか悪いのかは判りません。<br />
<br />
なぜなら、医者としての資質はこれ以外にもたくさんありますし、最終的には医師がシャンとしていないといけないと思うからです。<br />
<br />
柔らかくても、歯ごたえが合って、腰がある、なんだか食材のようですね。(・_・）エッ....?<br />
<br />
私にとっては、今の私が私の中で考えている、現時点での「医師らしい医師」なので、この調子がこれからも続くと思っています。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2008.03.17  心と体の関係（妄想編）</title>
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    <published>2008-03-17T00:46:16Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:46:35Z</updated>

    <summary>心と体についての係わり合いを考える時に、私にはある一連のイメージがあります。 「...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[心と体についての係わり合いを考える時に、私にはある一連のイメージがあります。<br />
<br />
「体」を「車」にたとえると、「心」は「ドライバー」に該当すると思っているのです。<br />
<br />
もう少し厳密に言えば、ドライバーは車における視力であり、聴覚でもあるわけです。<br />
<br />
車も最初は新車ですが、走り続けているうちに徐々に各部品に消耗による劣化が起こります。まさに体と同じですね。「車検」はいわば「定期健診」であり「人間ドッグ」でもあるのです。<br />
<br />
<br />
<br />
また、車との接し方も様々です。<br />
<br />
車を単なる移動する道具としてしか見ない人もいれば、運転技術を上げようとする人、車の装飾にこだわる人、単に目立ちたい人など、車との接し方で性格も見えてきます。<br />
<br />
美容的なことを好まれる方は、この分類でいうと車の装飾にこだわる方と言えます。<br />
<br />
「美しさ」というこだわり方にもいろいろありそうです。こまめに拭いてきれいにすることにこだわる人と、ボディの色や模様にこだわる人、ホイールベースなどパーツの個性を向上させようとする人などです。<br />
<br />
逆に車よりも自分の運転マナーや技術を上げようとする方は、人間でいいますと、いわば精神修行の好きな方といえるでしょう。<br />
<br />
ドライバーのマナーと技術のみの向上を目指し、どんな車であろうがそれは二の次という方は、精神論を重視される方と言えそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
さらに妄想？を進めていきます。<br />
<br />
普通、人の性格は単純には見えないわけですから、車でいいますと車の窓ガラスがいわばスモークのようになっているということでしょうね。もっとも、運転手にとっても、助手席や後部座席との間に見えない仕切りがあるのでしょう。<br />
<br />
となると、スピリチュアルにいろいろ見える人というのは、窓ガラスが透明に見えて中の人が見える人なのでしょうか。<br />
<br />
では車の後部座席や助手席に座っている人がいるとしたら、その人は誰なのでしょう？<br />
<br />
ひょっとしたらグループソウルなのかもしれませんね。<br />
<br />
文字通り「後ろの人」ですね。(^_^;)<br />
<br />
たとえ、運転手は見えなくても、走行中の車の 様子を見ていると、性格がわかるということがあるものです。こんなことを考えると、車の運転も面白いですね。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2008.03.11  アクセプタブル・エイジング的生き方</title>
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    <published>2008-03-11T00:43:13Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:44:45Z</updated>

    <summary>「アクセプタブル・エイジング」は、今の自分を認めた上で、さらに磨きをかけていこう...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「アクセプタブル・エイジング」は、今の自分を認めた上で、さらに磨きをかけていこうという考え方です。<br />
<br />
そして、物質的・現実的思考を重視した方にとっても、精神面を重視した思想に重きを置かれている方にとっても、共存できる考え方なのです。<br />
<br />
「心に起こった思い」を元にしてこれからのアクションを開始するのですから、単に選択肢が違うだけです。<br />
<br />
それぞれが立派な一手なのです。<br />
<br />
だから、言い換えればこの人生で「自分で納得した一手」を打って欲しいということです。<br />
<br />
ただ、何をするのもありといいましたが、「周りがするから自分もする」ではなく、「自分にとっては～だから～したい」という考え方を持つことは必要ではないでしょうか。<br />
<br />
「自分の心で決めたこと」を優先してください。 ただし、自分と他人に危害を加えることは駄目です。人間はただでさえ大なり小なり周りに迷惑をかけているのですから。<br />
<br />
<br />
<br />
今の社会では多くの誘惑するものが出現し、次から次へとめまぐるしく移り変わっていきます。<br />
<br />
ですから、自分で「今何をすべきなのか」「自分は何がしたいのか」を見極めていかないと、自分の生き方がわからなくなります。どうしても周りを見てしまうし気になってきます。その結果「比べてしまう」ということをやってしまいます。<br />
<br />
「比べる」人生で一番楽な生き方は、「回りを見ながら、なんとなく流れに乗っていよう」という生き方です。そういう人生も、言ってみれば「一つの人生」ですから、否定はしません。死ぬ時に「この人生でよかった」と思えるのでしたら、それでいいです。<br />
<br />
<br />
<br />
ですが、もしも自分の生き方を変えたいと思われる方は、定期的には自分の生き様を見直すことが必要なのではないかと思います。<br />
<br />
「これでいいの？」「他にやるべきことはないか？」という気持ちです。<br />
<br />
自分の生き方を決めるための材料として周りを見つめることは、有意義なことだと思います。<br />
<br />
そして、自分の次の一手を納得して、容認して(アクセプトして)打つ歳の取り方（エイジング）をしていれば、いつの間にか時間は経っています。<br />
<br />
それでよいのではないかと思います。<br />
<br />
楽しいひと時って、時間の経つのが早いですね。それと同じに考えてください。<br />
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2008.03.11  アクセプタブル・エイジングの先にあるもの</title>
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    <published>2008-03-11T00:42:52Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:46:06Z</updated>

    <summary>私は、「加齢」の向こうにある「死」への恐れも、アンチ・エイジングに気持ちが走るこ...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[私は、「加齢」の向こうにある「死」への恐れも、アンチ・エイジングに気持ちが走ることに拍車をかけているのかもしれないと思っています。<br />
<br />
現実的には、認知症になることへの不安や、動けなくなることへの不安があると思います。<br />
<br />
自分もつらいし、周りの者にも迷惑がかかるということで、不安だらけになります。<br />
<br />
これは実際にどうなるかはわかりません。<br />
<br />
私もポックリ死ぬかもしれないし、寝たきりになってしまうかもしれません。<br />
<br />
家族やもし施設にいれば施設の人に、それなりの迷惑をかけることになるでしょうね。<br />
<br />
<br />
<br />
ここに至っては、私も回答と呼べるものは持ち合わせておりませんが、考え方が一つはあります。<br />
<br />
<br />
<br />
初期の仏教の経典に、「一夜賢者の偈」があります。<br />
<br />
これは短いお経です。<br />
<br />
<br />
<br />
一夜賢者の偈中部経典131<br />
<br />
<br />
<br />
過ぎ去れるを追うことなかれ<br />
<br />
未だ来たらざるを願うことなかれ<br />
<br />
過去　そはすでに捨てられたり<br />
<br />
未来　そはいまだいたらざるなり<br />
<br />
<br />
<br />
されば現在するところのものを<br />
<br />
それがあるところにおいてよく観察すべし<br />
<br />
揺らぐことなく　動ずることなく<br />
<br />
そを見極め　そを実戦すべし<br />
<br />
ただ今日まさになすべきことをなせ<br />
<br />
<br />
<br />
たれか明日死のあるを知らんや<br />
<br />
誠にかの死の大軍と逢わずというのはあることなし<br />
<br />
かくのごとく　よく見極めたるものは<br />
<br />
心をこめ昼夜怠ることなく実戦せん<br />
<br />
かくのごときを一夜賢者といい<br />
<br />
または心鎮まれるものとはいうなり<br />
<br />
<br />
<br />
「一夜賢者」というのは、お釈迦様のように完全に悟りを開いたという人(賢者)は非常に少ないが、一晩くらいの短い時間であれば「悟り」に近づける人はいるだろうということで名づけられたそうです。<br />
<br />
今風に言えば「プチ賢者」です。<br />
また、言葉を作ってしまいました。(^_^;)<br />
<br />
<br />
<br />
私はこの偈が好きなのですが、何故この偈をここに書いたかといいますと、御覧のように「今」と「死」について両方とも書いてあるからです。<br />
<br />
「たれか明日死のあるを知らんや 　　誠にかの死の大軍と逢わずというのはあることなし」と書いてありますように、「誰でも明日にでも死ぬかも知れないのだ。今までにも死ななかったという人はいないのだ」ということです。<br />
<br />
一夜賢者は、昨日も未来も重視しません。<br />
<br />
あるのは「今」だけであるという考えです。<br />
<br />
<br />
<br />
この偈を私のなかで解釈すると、<br />
<br />
<br />
<br />
今までのことにもこだわらず<br />
<br />
未来のことにも不安を持たず<br />
<br />
今、目の前にあることをよく観て<br />
<br />
楽しみながら、やるべきことをやろう<br />
<br />
いつ死ぬかはわからないが<br />
<br />
少なくとも死ぬまでは、何かを、やれることをやろう<br />
<br />
ジタバタするしかできないなら、しっかりとジタバタしよう<br />
それでOK<br />
<br />
<br />
これは私の理想ですから、今この心境には至っておりません。(^_^;)<br />
<br />
今後私の運命がどうなるかは、わかりません。<br />
この考え方も変わるかも知れません。<br />
<br />
でも、それまでは、こんな感じで生きたいと思っています。<br />
<br />
なんだか、アクセプタブル・エイジングからここまで来ちゃいました。<br />
いいんですかね。<br />
<br />
まあ、人生や生き方を見つめながら診療を行う美容クリニックが一つくらいあってもいいでしょうか。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.03.10  「あるがまま」と美容との折り合い</title>
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    <published>2008-03-10T00:43:19Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:44:14Z</updated>

    <summary>「あるがままでいいんだよ」という考え方ですが、私は、これは基本的に「今、悩みなど...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[「あるがままでいいんだよ」という考え方ですが、私は、これは基本的に「今、悩みなどを持っていて不安な気持ちが強い人」にとっての一種の治療薬のような言葉と思います。<br />
<br />
たとえば、他人と自分を比べることで強い劣等感を持っている人 や自信をなくしている人は、幻であるにもかかわらず自分が作ってしまった基準より自分を下に置いています。<br />
<br />
そういう人に対して、「比べることはないんだよ。自分は自分でこの世に一人しかいないかけがえのない存在なんだ。そのままの自分に自信を持ってください。 」というメッセージをこめての言葉と思います。<br />
<br />
いわば病気の人に治療薬を投与するようなことです。そう理解することで、気持ちが楽になる人への薬です。<br />
<br />
すでに日ごろから「あるがまま」 に生きられている方は、おそらくこのような悩みは持たないはずです。ですので、そのような方には「あるがまま」というメッセージは不要なのです。<br />
<br />
ちょうど健康な人に薬が必要でないのと同じです。<br />
<br />
<br />
<br />
それから、この「あるがまま」とはどこまでの範囲をさしているのでしょうか。<br />
<br />
実は、この解釈が美容との折り合いをつけることになるのです。<br />
<br />
私は、「あるがまま」とは身体のみのことをさしているのではなく、その身体に共に存在する「心」もさしていると考えます。つまり「あるがままの心でいいんだよ」ということです。<br />
<br />
ですから、もしも今の自分の身体について悩むことがあってそれを治したいと思うのなら、その心に起きたその思いもあるがままでよいと考えるのです。<br />
<br />
ということは、もしもシワを治したいと思う人はそうすれば良いし、頬のたるみの治療をしたい という方は、ご自身の方針に合った手段を選べばよいのだと思います。<br />
<br />
つまり、「あるがまま」という考え方も美容的な治療を受けたいという気持ちも共存できるということになります。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.03.10  心身まとめて容認しよう</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/03/20080310-1-65385.html" />
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    <published>2008-03-10T00:43:15Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:44:06Z</updated>

    <summary>今の自分に満足するも良し、気になるところがあれば治そうとするも良し、そのままを容...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[今の自分に満足するも良し、気になるところがあれば治そうとするも良し、そのままを容認するも良し、変わりたいと思う自分も容認することです。<br />
<br />
私は、「年なんだから仕方ないのだ」とか「年なんだから諦めろ」と言っているわけではありません。<br />
<br />
逆に「そのままでいいんだよ」とだけ言いたいわけでもありません。<br />
<br />
「今の自分を変えたい」という気持ちが起こるようであれば、その気持ちも容認しますし、「今のままでいい」と考えるなら、それでいいと言っているのです。<br />
<br />
なんでもありです。<br />
<br />
ただ、大事なことはその気持ちが「諦め」の気持ちからくるものであったり、現実を逃避または否定している状況ではいけないと言うことです。<br />
<br />
納得の上で「今のままでいい」と思う場合はそれでよいのですが、もしも現状に満足しているわけではないのなら、対応策を考えた上で現状を維持するのか何かするのかという判断をしてほしいのです。<br />
<br />
だから、その方にとって必要があれば「いわゆるアンチ・エイジング」も肯定しているのです。いかなる手段を選ぼうとも、その運命を背負えばよいのです。<br />
<br />
その運命を背負うというとなんだか大変そうですが 、そういう意識を持つだけで違うと思うのです。これは私も以前日記に書いたことがあります。<br />
<br />
現実的に、私もいわゆるアンチ・エイジングとしての施術を行っております。そのことを否定する気はありません。むしろ、「現状を何とかしたい、改善させたい」という気持ちを尊重したいのです。<br />
<br />
<br />
人生を「学び」と表現すると、「どの手段を選んでも、それぞれにおける学びがある」ということになります。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.03.10  アンチ・エイジング治療を望みたくなる理由</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/03/20080310-65384.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65384</id>

    <published>2008-03-10T00:32:19Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:43:10Z</updated>

    <summary>アクセプタブル・エイジングはまずは自分の「加齢」を容認することです。 少なくとも...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[アクセプタブル・エイジングはまずは自分の「加齢」を容認することです。<br />
<br />
<br />
<br />
少なくとも否定したり、逃避してはいけないのです。できれば楽しむくらいの境地である方がいいと思います。<br />
<br />
しかし、そんなことを言うと、「年を取ることを楽しめるわけがないじゃないの！」という声が聞こえてきます。<br />
<br />
そもそも何故アンチ・エイジングを望みたくなるのでしょうか？<br />
<br />
「綺麗でいたい、または維持したい」、「体力を維持もしくは増進したい」という欲望も理由の一つでしょう。<br />
<br />
他には、現時点で結構ご自身の「美」に自信、満足感がある方もおられるでしょう。その方たちの場合は、「今の優越感やプライド、自己満足感を維持したい」をいう気持ちもあると思います。しかしその結果、際限なく続く欲求から「あせり」などを感じて、その状況に対抗しようとします。そして、さらなる焦りを生じます。<br />
<br />
これらの状況の根源はなんでしょうか。私は、そのキーワードは「何かと比べる」だと思います。<br />
<br />
何と比べているかというと、「昔の自分」であったり「今、自分の周りにいる自分より若い人たち」であったりするのです。<br />
<br />
「比べる」ことは「基準を作る」ということになります。その基準から判断しているのです。<br />
<br />
でも、その基準って絶対的な、普遍的なものでしょうか？<br />
<br />
「昔の自分」といってもいつごろの自分を基準にされるのかで違ってくるでしょう。また、周りの人と比べる場合も、その周りの人たちの年齢層が違えば、当然比較した結果も違ってきます。<br />
<br />
そして一番大事なポイントになることは、その「判断」自体を、その人自身が行うということです。ですから、これも人によって違ってくるのです。<br />
<br />
私の外来にも、顔のシワを治したいという希望で来られる方もたくさんおられますが、皆さんそれぞれ治したいといわれる部分が違っています。<br />
<br />
額のシワを気にされる方もおられれば、いわゆる法令線を気にされていたり、目じりのシワであったりします。<br />
<br />
今度は「それぞれ顔が違うのだから当たり前じゃないの！」と言われるかもしれませんね。(^_^;)<br />
<br />
だとしたら、「比べること」はどうなのでしょうか。やっぱり無理があるとは思いませんか？<br />
<br />
自分自身も時間と共に変わっていく存在なのです。と、同時に周りの他人とも考え方が違うのです。<br />
<br />
そうだとしたら、客観的に比べることができる基準はどこにもないとは思えませんか？<br />
<br />
結局「比べる」ことは、「今の自分」を否定していることと同じなのです。<br />
<br />
<br />
<br />
「比べてはいけないのだったら、今のままでいいんじゃないの？治そうとする事もいけないのじゃないの？」 という方もおられるでしょう。<br />
<br />
確かに、「人間はあるがままでよい」という考え方があります。<br />
<br />
書店で、宗教や思想に関する書籍をおいてあるところには、 そのような考え方について書かれている本がたくさんあります。私も何冊か読んだことがあります。<br />
<br />
それで私も悩んだことがあります。「あるがままでよい」という考え方からいうと、私が行っている形成外科、美容外科の領域の治療は間違っていることにはならないか？という疑問です。<br />
<br />
これについては、次回にしましょう。<br />
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008.03.08  アクセプタブル・エイジングって何？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/2008/03/20080308-1-65382.html" />
    <id>tag:www.yokohama-fc-cli.com,2008:/blog//1575.65382</id>

    <published>2008-03-08T00:39:16Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:42:41Z</updated>

    <summary>アクセプタブル・エイジングとは、今までに書いていますように、私の造語です。 私の...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
        <uri>http://www.yokohama-fc-cli.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=1575&amp;id=458</uri>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[アクセプタブル・エイジングとは、今までに書いていますように、私の造語です。<br />
<br />
<br />
<br />
私の中にあるイメージを書きます。<br />
<br />
<br />
<br />
１　まず結論から書きますが、自分の「老い」を楽しむことです。少なくとも今の自分を否定したり、逃避してはいけないと思います。そんな戸籍年齢にはこだわらないことです。<br />
<br />
<br />
<br />
２今の自分をまずは認めること。ここからスタートします。その結果、今の自分に満足するも良し、気になるところがあれば治そうとするも良し、そのままを容認するも良し、変わりたいと思う自分も容認するのです。<br />
<br />
仏教では「心身一如」という言葉がありますが、まずは「身」を認めるのです。そしてそれに対応する「心」の動きも認めるのです。そうしてバランスの取れた「心身」にするのです。<br />
<br />
<br />
<br />
３　だから、「いわゆるアンチ・エイジング」も肯定しています。美容手術もケミカルピーリングもシミのレーザー治療も肯定しています。「治したい」という心の願望も認め、応援するのです。ですから、「このシワを取りたい」というご希望も「このシミを取りたい」というご希望もOKです。また、「私は今のままでいいです」という方がおられても結構なのです。その時のご自身の体と気持ちを大切にしてください。<br />
<br />
<br />
<br />
４　しかし、あくまでも「アンチ」ではありません。加齢に対抗するわけでも、戦うわけでもないし、そもそも勝てるものではないのです。太陽が東から昇り西に沈むのを止められないように、「加齢」自体は不可避なことであると認識することが大切です。<br />
<br />
<br />
<br />
５　高齢になってきますと、「老い」の向こう「死」を漠然と感じたり、恐れたりすることも、アンチ・エイジングに拍車をかけているのかもしれません。<br />
<br />
<br />
<br />
６　「不老不死」を追い求めることは「現代の錬金術」と同じであると思います。少なくとも、今の医療ではまだ完成されていません。しかし、この人生を意味のあるものとするために、肉体を管理することや心を見つめることは意義のあることだと思います。<br />
<br />
言い換えれば「不老不死」ではなく「満老満死」です。<br />
<br />
また、造語を勝手に作ってしまいました。<br />
<br />
これは「満ち足りた老」であり、「満ち足りた死」です。これは充実した人生をおくり、しっかりと生きた後、この人生に納得して死を迎えることです。<br />
<br />
<br />
<br />
７　「北風と太陽」という童話がありますが、この童話での北風と太陽の立場から言えば、アンチ・エイジングは力ずくでコートを脱がそうとした北風でしょうか。一方、アクセプタブル・エイジングは無理矢理という考えではなく、本人が納得の上でコートを脱ぐようにさせた太陽的発想になります。<br />
<br />
<br />
<br />
８　アクセプタブル・エイジングは、「今の自分」を認めた上で、さらに磨きをかけていこうという考え方です。<br />
<br />
<br />
<br />
９　現実的に顔のシワ治療をされたい方も、「加齢」を精神面から考えようとする方も、すべて心の反応であると認識し、肯定します。極端に言えば、それぞれの方の「脳の反応」なのです。<br />
<br />
<br />
<br />
以上、徒然なるままに書きましたが、今後は詳しく説明していきます。<br />
]]>
        
    </content>
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    <title>2008.03.08  アンチ・エイジングが「アンチ」でないとすると</title>
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    <published>2008-03-08T00:39:14Z</published>
    <updated>2011-03-30T00:40:36Z</updated>

    <summary>前日の続きです。 アンチ以外にアンチ・エイジングと類する内容を意味する適切な言葉...</summary>
    <author>
        <name>横浜FCクリニック形成外科</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yokohama-fc-cli.com/blog/">
        <![CDATA[前日の続きです。<br />
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アンチ以外にアンチ・エイジングと類する内容を意味する適切な言葉はないのでしょうか。<br />
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話は変わりますが、私が大学を卒業してすぐに入った医局は整形外科でした。<br />
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もう25年以上も前のことになりますが、その頃のことに実は「キー・ワード」があったのです。<br />
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その整形外科は街中の総合病院で、整形外科の中で専門ごとに別れて診療をしていました。そして、部長先生は病院長も兼任されていましたが、専門的には「外傷」を担当されていました。整形外科領域で外傷を扱うということは、骨折を扱うことになります。<br />
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その部長先生が骨折を整復してギプス固定をしたあと、レントゲンで確認する時に良く使う言葉がありました。<br />
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「よし、これでアクセプトしよう」です。<br />
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<br />
このアクセプト(accept)ですが、意味は受け（入れ
